ミルクティーの香水
有くつろ
ミルクティーの香水
私は自分が気持ち悪い事を自覚していた。
周りの少女達の恋話を聞く度思う。純粋で可愛い、と。
あの大好きな男子が好きって言ってたアニメ、私も見ちゃった。あの大好きな先輩が付けてたイヤリング、買っちゃった。
そんな話をよく聞く。
青春だな、と思う。
淡い青がその綺麗な恋を包んでいるんだ、と。
私は好きな人の事を全て知りたいと思う。
その人に近づけるよう、何かのきっかけで話しかけてもらえるよう、私は貴方の真似をする。
コンシーラーで少ない顔のホクロを隠し、アイライナーで貴方と同じ位置にホクロを書く。左目下に一つ、右目下に二つ、首の中心に一つ。
貴方が好きだというキャラクターのぬいぐるみを買う。
貴方がSNSにアップしていた写真を待ち受けにする。
そうでもしないと、頭の中が貴方でいっぱいになって破裂してしまいそうだから。
冷たい真顔を崩さない貴方の事を知るのは難しい。
そんな貴方の衝撃的な情報が入ってきた。
あんたの推し元カノいるらしいよ、と友達に言われる。
付き合っていた人が居るという苦しさよりも、女子とも付き合えたという微かなチャンスに対する喜びの方が大きかった。
ある日の部活の後、カバンを部室に置いてきた事をふと思い出す。
用事も待たせている人も居なかった私は、とくに急ぎもせずに部室に戻った。
机のガタガタと動く音が聞こえてくる部室。
まだ人居たんだな、顧問だろうか、などと思いつつドアを開ける。
そこに居たのは部長の、他でも無い貴方だった。
貴方は椅子に座って、机についた両手で顔を抱えていた。
泣いて、いる。
「......先、輩?」
声なんてかけるつもりなかったのに、言葉が溢れるように口から出ていた。
貴方は私を上目遣いで見ても、涙袋を濡らすのを止めない。
勝手な解釈かもしれないけれど、貴方が助けて、と言っているように思った。
私は気づけば貴方を両手で抱きしめていた。
貴方は嗚咽を漏らしながら泣き続ける。
「ごめんなさい......」
誰に言っているのかも分からない謝罪の言葉を呟く貴方。
細い体から大量の涙が出るのを見て、何故か罪悪感が湧いた。
泣かないで、と心の底から思った。
次週の部活から、毎回貴方は私に目配せをしてくる。
私の鼓動は良い意味でも悪い意味でも速度を上げた。
緊張かドキドキか。
私と貴方は毎回部活後に部室に残るようになった。
いつの日だったか、貴方はいたずらに笑って「付き合う?」と聞いた。
答えの選択肢は複数も無かった。
夕日の差し込む部室で重ねた貴方の唇は、ミルクティーの味がした。
貴方が大好きな私は知ってる。貴方が毎週金曜日、学校の自販機でミルクティーを買っている事。
気の所為だろうか、その日から毎日貴方に会う度ミルクティーの香りがふわっと鼻をくすぐる。
放課後、誰も居なくなった時間に貴方と帰る。
貴方はその辺のカップルみたいに腕を組んで、手を繋いでキャーキャー騒いだりしない。
ただ私の少し前を歩き、高いポニーテールを揺らす。
それだけで私は心が満たされるのを感じた。
振り向いた貴方の横顔が世界で一番整っているのを私は知っている。
正面から見た顔も、横顔も、後ろ姿も、見たことがある。
でも仰向けの貴方を見るのは、棺桶に入っている貴方を見るのが初めてだった。
貴方の姿を見なくなってから思う。
私何の為に生きていたんだっけ、とか。
貴方が居なかったら私は誰に触れればいいんだっけ、とか。
居眠りトラックが突っ込んできた、とか言われても分からない。
何でそんな理由で貴方は私の前から居なくならなければいけないの?
だったら貴方となんて関わらなきゃ良かった、と思う。
ミルクティーを飲む人とすれ違う度に思う。
貴方がミルクティーを片手に手を振りながら、戻ってきてくれたんじゃないか、と。
ミルクティーの香水 有くつろ @akutsuro
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