第12話 傷ついたのは、傷つけたのは

 あ、まずい。そう思ったときにはもう遅かった。


「ほら、また笑ってる。ねえ、なんで笑うの? 笑ったらごまかせるって全部なかったことにできるってそう思ってるの?」

「ちが……」

「ねえ、今何を考えてるの? 私、たまに彩楓の考えてることが全然わかんないよ!」


 否定したほうがいいとわかっていた。けれど彩楓の心の浅さを見透かしたような藤乃の目に何も言えなくなる。それに彩楓がいろんなものをごまかすために愛想笑いを浮かべているのは間違いないのだ。

 黙ってしまった彩楓をフォローするように、朱莉は「まあまあ」と間に割って入ってくれる。


「藤乃、言い過ぎ」

「でも!」

「でもじゃない。彩楓のこと追い詰めてどうするの」


 藤乃がチラッとこちらを見たのがわかった。


「は~~。わかったよ」


 面倒くさそうに言う藤乃にもう一度だけ「ごめんね」と謝ると「もういいよ」とだけ返ってきた。

 もう『気にしてないから』いいよ、ではなくて、もう『どうでも』いいよ、だということは藤乃の声のトーンでわかってしまう。

 それでも気付かないフリをして彩楓は笑うしかできない。だってそうする以外にどうしていいのかわからないのだから。



 藤乃と揉めたまま昼休みを迎えた。表面上は朱莉が間に入ってくれて取り成してはくれているけれど、どこかよそよそしいというかピリついた空気が流れているのがわかっていた。

 無理に笑ってみせるけれど、彩楓が笑えば笑うほど藤乃の機嫌が悪くなる。そうなると、もう彩楓はどうしていいかわからない。結局、藤乃とは話をすることなく逃げるようにして教室を出てきてしまった。

 昼休みが終わったら教室に戻らなきゃいけないと思うだけで気が重い。


「今日、元気ないね。大丈夫?」

「え、あ、ご、ごめんなさい!」


 お弁当に入っていたミートボールをお箸で転がしていた彩楓は、響弥の声でハッと我に返った。教室から逃げ出したあと、響弥と合流して中庭でお昼ご飯を食べている途中だった。

 心配そうな響弥に慌てて笑顔を作ってみせる。


「ちょっとボーッとしてました」

「何かあった?」

「い、いえ。別に……」

「本当に?」


 小首を傾げるようにして彩楓の顔を覗き込んでくる響弥の目は真っ直ぐに彩楓を見つめていた。ジッと見られると、ふいっと目を逸らしてしまいそうになる。けれど今、目を逸らせばきっと不自然に思われてしまう。どうしたらいいんだろうと焦っている彩楓に、響弥は優しい笑みを向け同じ言葉を繰り返した。


「何かあったんじゃない?」

「……っ」


 押しつけがましいわけでもなく、でも思いやってくれていることが伝わってくる響弥の言葉に、彩楓は胸の奥がきゅっとなるのを感じた。


「わた、し」


 自然と口が開き、言葉が紡がれる。口角だけは必死に上げてみせるけれど、上手く笑えている自信はなかった。


「友達を、怒らせちゃって」


 響弥は静かに相槌を打つ。寄り添いながら彩楓が続きを話しはじめるのを待ってくれていた。


「私が、悪いんですけど。でも、どうしていいかわからなくて」

「友達が怒った理由はわかってるんだ?」

「はい……。揉めたくなくて、私が本音を言うことから逃げたから……笑ってごまかそうとしたから……」


 上辺だけでごまかして、怒っている理由から目を背けて逃げようとしたから。だから藤乃は怒っていた。怒られても仕方がないと思う。

 けれど響弥の考えは、どうやら彩楓のものとは違うようだった。


「そっか、じゃあそれは怒ってるんじゃなくて悲しんでいるのかもしれないね」

「悲しんで……? で、でも藤乃はたしかに怒ってて……」


 あのときの藤乃を見ていないからそんなことが言えるのだと言うと、響弥はふっと小さな笑みを漏らした。


「言葉だけ聞くとね、怒っているように思うよね。でもその裏に隠れているものは違うんじゃないかな」

「裏に、隠れているもの?」


 理解できずに聞き返す綾乃に、響弥は嫌な顔ひとつせず、話を続けた。


「だってその子は彩楓ちゃんが本音を言ってくれなくてごまかそうとしたことに怒ったんだよね」

「そうだと、思います」

「それってつまり、本音で話してくれなかったことが、ごまかそうとしたことが悲しかったってことでしょ?」

「え……」


 響弥の言葉に彩楓は、思わず目をしばたたかせた。

 本音ではなさなかったことを、悲しいと――?


「そんなこと……」

「ないって言える?」

「それは……」

「彩楓ちゃんならどうかな。友達が辛い思いしてたり悲しい気持ちだったりするときに、本音を隠して「大丈夫だよ」って言ってたら」


 もしも藤乃や朱莉が彩楓と同じように自分の気持ちを呑み込んで、無理してわらっていたとしたら。


「嫌、です」

「どうして嫌なの?」

「私のこと信じてくれてないから話してくれないのかなって、そう……あっ」


 口元を押さえた彩楓に、響弥は諭すように優しく頷く。


「そうだよね。そう思っちゃうよね。……でも、だからと言って俺は彩楓ちゃんの行動を責めるつもりもないんだ。彩楓ちゃんは彩楓ちゃんなりに友達のことを思って行動したんだって思うから」

「先輩……」

「きっとそれは友達もわかってると思うよ。俺以上にね。でも、きっと寂しく思っちゃったんじゃないかな」

 

 今なら、響弥が言っていることの意味が理解できる。

 あのとき、藤乃が怒っていると彩楓は思っていた。だけど違う。あれはきっと、傷ついていたんだ。彩楓が本音を言わずに隠してしまったせいで、傷つけてしまった。


「私、謝らなきゃ」

「そう思っているのは、彩楓ちゃんだけじゃないみたいだよ」

「え……?」


 響弥の言葉に視線の先を追いかけるとそこには――朱莉の後ろに隠れるようにして立つ藤乃の姿があったあ。

 

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