第4話 彼の笑顔と優しさと
ガタンゴトンと揺れる電車の中で、彩楓は隣に並んで立つ響弥をそっと見ていた。初めて話す人とこうやって一緒に帰る、どころか付き合うことになってどうしようかと不安に思っていたけれど。
「どうかした?」
彩楓がジッと見ていることに気付いた響弥は「ん?」と、口角を上げて首を傾げる。
「あ、い、いえ」
見ていることに気付かれた。それが恥ずかしくてつい顔を背けてしまう。けれどすぐに変な態度を取ってしまったことを後悔する。
嫌な思いをさせなかっただろうか。笑っているところが好きだと言ってくれたのだから『えへへ』と照れ笑いを見せるのが正解だったのでは。今からでもしたほうがいい? でも、今さらそんなことしても遅いかも。
答えなんてないはずなのに、どうしても正解をさがしてしまう。そんな彩楓に響弥はふっと笑い声を漏らした。
「え?」
「彩楓ちゃん、百面相してて可愛い」
「かっ……、可愛く、なんか……!」
「ふふ、困らせちゃったかな」
おかしそうに笑う響弥の姿に彩楓は。
「先輩、からかいました……?」
「ん? どうかな」
「ひどい!」
笑う響弥の隣で、彩楓は声を上げる。怒っているようで、でも自然と笑顔になっていた。
響弥は凄い。いつだって愛想笑いを浮かべてしまう彩楓の笑顔を、自然と引き出してくれるのだから。
ふと気付くと、車内に彩楓が乗り換えのために降りる駅へ到着するというアナウンスが流れた。
「あの、私、次で下ります」
「そっか。じゃあ、気をつけて」
電車がスピードを緩め駅へと入っていく。ひらひらと手を振る響弥に頭を下げると電車を降りた。
「彩楓ちゃん」
電車のドアが閉まる寸前、響弥が彩楓を呼び止めた。
「また明日ね」
そう言って手を振りながら響弥が笑みを浮かべるから。
「はい、また明日」
彩楓も自然と微笑みながら、そう返していた。
響弥が乗った電車がホームから出て行くのを見送ると、彩楓は乗り換えのため線路を挟んで反対側のホームへと向かう。
緩みっぱなしの頬に気付いて、慌てて表情を整えた。
「また明日、かぁ」
帰り道、他の女子生徒から向けられた視線と言葉を思い出すと、なんとも気が重い。明日学校に行ったらなんて言われるか想像も付かない。
でも、それでも。
響弥とまた話ができることは、ほんの少しだけ、楽しみかもしれない。
翌日、少しだけ重い気持ちを引きずりながら、彩楓は電車の乗り換えのために駅構内を歩いていた。昨日、ひとりでここを歩いたときは響弥とまた話ができるのを楽しみだと、そう思っていた。けれど時間が経つにつれて、胃の奥に重くジクジクした痛みが広がっていく。
みんなからなんと言われるだろう。陰口だって叩かれるかもしれない。嫌がらせをされたらどうしたらいい? もしかしたら学校に行ったら誰も彩楓と話してくれないかもしれない。
ネガティブなことばかりが頭の中に浮かんできて、足取りもどんどんと重くなっていく。あとこの階段を上がってホームに向かうだけ。たったそれだけのことなのに、どうしてもためらってしまってさっきから階段下に立ち尽くしたまま動けないでいた。
彩楓よりもあとから来た人たちが隅っことはいえ階段の前に立ったままの彩楓に迷惑そうな視線を向けながらホームへと向かう。電車の接近を知らせるアナウンスが流れる。これに乗らないこと遅刻してしまう。でも、どうしても足が動かない――。
「彩楓ちゃん?」
「え……?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。そんなわけないと思いながらも顔を上げると、そこには響弥の姿があった。
「どう、して」
「その、一緒に行こうと思ってホームで待ってたんだ。でも、彩楓ちゃん全然来ないから心配になって」
響弥の最寄り駅からなら乗り換えをせずに一本で学校まで行ける。なのに彩楓のためにわざわざ途中の駅で電車から降りて待ってくれていた。
でも、いったいどうして。
「一緒に学校まで行きたいなって思って」
「どうして……」
「どうしてって、少しでも彩楓ちゃんと一緒にいる時間を増やしたいなって思ったんだけどダメかな?」
「ダ、ダメってわけじゃないんですけど」
まっすぐに視線を向けて言われると、恥ずかしくなってつい目を逸らしてしまう。そんなふうに思ってくれるなんて考えもしなかった。
「あの、ありがとうございます」
「ううん。そんなのは全然いいんだけど、それより彩楓ちゃんは大丈夫? しんどそうに立ち止まっていたけど」
心配そうに顔を覗き込む響弥に、彩楓は慌てて背筋を伸ばした。
「だ、大丈夫です! 朝ご飯食べてなかったからお腹すいちゃって、それで」
へへっとわざとらしく笑う彩楓。ご飯を食べていないのは本当だったけれど、別にうずくまるほどではない。けれど本当の理由を響弥に言うわけにはいかなかった。
「そっか……。あ、そうだ。ちょっと待ってね」
そう言ったかと思うと、響弥は自分のカバンの中に手を入れる。そして。
「これあげるよ」
「チョコレート、ですか?」
「そう。お腹すいて動けないときはこれがいいよ」
「え、あ、ありがとう、ございます」
お腹がすいて、と言い訳したからには受け取らないわけにはいかない。おずおずと受け取った彩楓は包み紙を開け、チョコレートを口に放り込んだ。
「美味しい……」
甘さと僅かなほろ苦さが口の中に広がっていく。普段食べているチョコレートより美味しい気がした。
「ならよかった。具合落ち着いたら学校に行こうか」
「はい。あっ」
気付けばあたりに人はまばらになっており、電車が出発してしまったことに気付いた。
「ごめんなさい、私のせいで電車……」
慌てて謝る彩楓に、響弥は優しく笑いかけてくれる。
「そんなこと気にしなくていいよ。どうせならふたりでゆっくり行こう。ね?」
表情だけでなく、響弥の仕草や態度も優しくて、彩楓は小さな声で「はい」と頷いた。
学校に行くのが不安だったけれど、響弥と一緒なら少しはマシかもしれない。そんなことを思いながら、響弥の背中を追いかけるようにしてさっきまで上がることのできなかった階段を一歩ずつ上がりはじめた。
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