ムラトの理由 後半


バスタオルを巻いたままのムラトが、気絶したアリスを担いで浴室から出てきたとき、神薙空は目を丸くした。


「おい、どうしたんだ?」空は驚いた様子でムラトに駆け寄った。


ムラトは肩をすくめ、顔を少し赤らめながら「何でもない」と誤魔化した。「ちょっとした誤解があっただけだ」


空は疑わしそうにムラトを見つめたが、それ以上追及することはしなかった。「まあ、アリスをソファに寝かせておけよ。少し休ませた方がいい」


ムラトは頷き、アリスをソファにそっと寝かせた。空が心配そうにアリスの顔を覗き込むと、ムラトは話題を変えるために声をかけた。


「そういえば、空。お前が生物庁に入ったばかりの頃の話を聞かせてくれないか?」ムラトは興味なさそうに見えたが、実は少し気になっていた。空の過去には何か特別なものがあるような気がしていたからだ。


空は一瞬考え込み、過去の思い出に浸るように目を細めた。「新人の頃か…そうだな。あの頃は本当に大変だったよ」


ムラトは床に座り込み、興味深げに空を見つめた。「どんな感じだったんだ?お前のことだから、すぐに慣れたんだろ?」


空は苦笑いを浮かべ、「そう簡単にはいかなかったよ。生物庁は厳しいところで、特に新人には容赦がなかった。最初の任務なんて、全くの失敗だったからね」


ムラトは少し驚いたように目を見開いた。「お前でも失敗することがあるのか?」


「もちろんさ」と空は笑いながら言った。「最初の任務は、危険な生物の捕獲だったんだけど、その生物は予想以上に強くて、チーム全員が手を焼いた。俺も含めて何度も危険な目に遭った」


ムラトはさらに興味を引かれたようで、少し前のめりになった。「それで、どうやって乗り越えたんだ?」


空は少し考え込みながら答えた。「上司のレナがいてくれたからだよ。彼女は本当に優れた指導者で、俺たち新人を一人一人見守ってくれた。失敗しても、その度に教えてくれるんだ。どこが間違っていたのか、どうすれば次は成功するのか」


ムラトは静かに頷きながら聞いていた。「レナって、そんなにすごい人だったのか」


「うん、本当にすごい人だった。彼女がいなかったら、今の俺はないだろうね」と空は感慨深げに言った。「それに、仲間たちとの絆も強かった。お互いを信頼し、助け合うことで、どんな困難も乗り越えることができた」


ムラトは少し考え込みながら、「お前が生物庁で経験したことは、今の俺たちにも活かせるかもしれないな」と静かに言った。


「そうだな」と空は頷いた。「俺たちも同じように信頼し合い、助け合えば、どんな困難も乗り越えられるはずだ」


ムラトは少し微笑みながら、「まあ、そういうことなら、少しはお前を信頼してみるか」と冗談交じりに言った。


空は笑いながら、「それでいいさ。お互いに信頼し合って、これからも頑張ろうと言えばいいんだよ」と答えた。


ムラトはソファに寝かせたアリスを見つめながら、「もう少し落ち着けばいいんだけどな」と呟いたムラトはその言葉に静かに、再び目を閉じた。彼女の中で何かが少しずつ変わり始めているように感じたが、それを認めるにはまだ時間が必要だった。


リビングでトランプをしながら、楽しい会話が続いていた。アリスが少し元気を取り戻し、ムラトも無愛想ながらもゲームに参加していた。空はゲームの進行を見守りながら、時折笑い声を上げていた。彼らの間に流れる和やかな雰囲気は、日々の緊張を一時的に忘れさせてくれた。



楽しい時間が過ぎる中、時計の針は10時を指していた。空はふと時計を見て、「もうこんな時間か。そろそろ寝る準備をしないと」と言った。


「そうだな」とムラトは頷き、トランプを片付け始めた。「俺はリビングで寝るよ。お前たちはベッドを使え」


空は驚いて、「いいのか?ムラトがリビングで寝るなんて…」


ムラトは肩をすくめて、「俺はどこでも寝られるから気にするな。お前たちが楽に寝られる方がいい」


空は感謝の気持ちを込めて、「ありがとう、ムラト」と言った。


ムラトは押し入れから布団を取り出し、窓側に敷いた。彼女の動きは慣れていて、手際よく布団を整えていく。その姿に、空は少し感心しながらも、「本当にありがとうな、ムラト」と再度感謝の意を伝えた。


「いいよ」とムラトは淡々と答えた。「さあ、空、ここで寝ろよ。俺はリビングで寝るから」


空は布団に入ると、その心地よさに安心感を覚えた。窓から入る夜風が心地よく、リラックスした気分になった。「おやすみ、ムラト」


ムラトは軽く手を振りながら、「おやすみ」と一言だけ言ってリビングに戻った。


リビングでは、ムラトがソファに横になり、しばらく天井を見つめていた。彼女の頭の中には、今日の出来事や過去の記憶が次々と浮かんでいた。空の新人時代の話を聞きながら、自分の過去と重ねて考えることが多かった。


「俺も、あいつらみたいに信頼し合える仲間がいたら、もっと違った人生を送れたのかもしれないな…」ムラトはそんなことを考えながら、徐々に眠りに落ちていった。


一方、空は布団に包まれながら、今日の出来事を思い返していた。ムラトとアリスとの会話、過去の記憶、そして未来への不安と希望。全てが入り混じりながらも、の心はどこか穏やかだった。


「明日も、頑張らないとな…」空は静かに呟き、目を閉じた。彼女の心には、仲間たちと共に困難を乗り越えていく決意が強く芽生えていた。


夜の静けさの中、リビングと寝室にはそれぞれの思いを抱えた二人が静かに眠りに落ちていった。夜風が窓から入り込み、穏やかな夜を演出していた。空とムラト、そしてアリス。彼女らの絆は少しずつ深まりながら、新たな一日を迎えようとしていた。



夜中の3時、アリスは急に目が覚め、トイレに行きたくなった。暗い部屋の中で静かに起き上がり、寝ている空とムラトに気を遣いながら足音を立てずに廊下へ向かった。静寂に包まれた家の中を歩くと、廊下の薄暗さが一層強く感じられた。


アリスはそっとトイレのドアを開け、中に入った。狭い空間の中で用を足すと、少しホッとした気持ちになった。静かな夜の中で、トイレの中の一人きりの時間が妙に落ち着くように感じられた。


用を済ませたアリスは、手を洗うために洗面台に向かった。鏡に映る自分の顔を見つめながら、少しぼんやりとした意識の中で手を洗った。冷たい水が指先を通り過ぎる感覚が、彼女を少しずつ目覚めさせた。


その瞬間、何か異常な気配を感じた。アリスは鏡越しに後ろを振り返ろうとしたが、反応する間もなく、鋭い痛みが後頭部に走った。激痛すぎて声も出ない。アリスは意識を保とうと必死に耐えようとした。しかし、それもむなしく、視界がぼやけていくにつれて意識が失われていった。

暗闇の中、襲撃者の影が静かにアリスの上に立っていた。その人物は無感情な表情で、彼女の意識を完全に奪ったことを確認した。襲撃者はアリスの見つめると静かに廊下を進んだ。ムラトと空が眠っている部屋の前を通り過ぎるとき、襲撃者は一瞬だけそのドアに視線を向けたが、何も言わずに進んでいった。夜風が窓から入り込み、静かな音を立てていたが、誰もその異変に気づくことはなかった。夜中の中、ムラトは微かな音と風に目を覚ました。何か異常を感じ取り、即座に身体を起こした。耳を澄ますと、廊下の方から微かな気配がした。彼女の経験された感覚が何かがおかしいと警告を発していた。ムラトはそっとソファから起き上がり、音を立てないように廊下を進んだ。暗闇の中を目を凝らして進むと、トイレの前でアリスが倒れているのが目に入った。「アリス!」ムラトは低い声で叫び、急いで彼女の元に駆け寄った。彼女の脈を確認し、まだ生きていることを確かめると、すぐに空を呼ぶ必要があると感じた。

「空!起きろ!」ムラトは廊下の向こうにリビングで寝てるはずの空に呼びかけた。だが、その返事はなく、ムラトは不安と焦りを感じた。空は何か異常事態に巻き込まれたのだろうか?ムラトは再びアリスに駆け寄り、呼吸を確認した。まだ生きていることを確認すると、今度は空の安否を確認するため、リビングに向かった。

静まり返ったリビングで空がソファで横になっていた。しかし、その姿を見た瞬間、ムラトは何か違和感を感じた。それはまるで何かがおかしいという直感だった。ムラトは恐る恐る近づき、空の様子を確認した。肩を強く叩き、起こそうとすると空は驚いて飛び起上がった。空はムラトを交互に見つめ、困惑の表情を浮かべたが、すぐに状況を理解できたのかすぐに顔色が変わった。空は言葉を交わすこともなく、トイレに向かった。まるで何かから逃げるように急いで廊下を駆け抜け、トイレの前に到着したとき、空は廊下の奥を見つめて立ち止まった。啞然とした空を見たムラトは状況範囲内で説明した。

「誰かがアリスを襲ったみたいだ。私が起きるときには既にうつ伏せで倒れていた。呼吸や心拍を確認してみたが、何も問題はなかった。しかし、少し混乱しているみたいだからゆっくり休ませることにした」

ムラトはそれだけ言ってアリスの様子を伺うと、空はアリスの傍らに膝をついた。二人はアリスが意識を取り戻すのを静かに待った。しかし、10分待っても一向に意識を取り戻し始めない。

ムラトは諦めて廊下に戻り、再び周囲を確認し始めた。ムラトは自分の部屋のドアを開けて中を見渡したが、何も異常はなかった。しかし、アリスが襲われたことが気にかかり、すべてを調べ直す決意をした。捜査はハード、未解決に近い

の難しさを感じながらも、ムラトは一人でその事態に立ち向かうことを決意した。彼女は自分自身の安全も保ちつつ、事件の全貌を解明しようとした。彼女はまず、アリスが倒れていた場所から調査を始めた。


部屋の中を慎重に見回しながら、彼女は足音一つ立てないように動いた。部屋の隅々を確認し、何か異常な物や証拠がないか探し回った。しかし、現場には目立つものは何も見当たらなかった。それでも諦めることなく、彼女はアリスの部屋と他の部屋の間にある廊下の細部まで目を通した。


次に、ムラトは襲撃者が何かを落とした可能性があることを考え、床や家具の裏を念入りに調べた。細かいほこりやゴミの中に、何か異物が混じっていないか、彼女の鋭い観察力を駆使して検査した。このような状況では、最も些細な手がかりが事件を解明する鍵になることもある。


ムラトはまた、事件発生時の状況を再現しようと試みた。どのような経路で襲撃者が侵入し、またどのように退出したのかを推理し、可能な限りその動線を追いかけた。彼女は窓や扉、換気口など、外部と繋がる可能性のある場所を確認し、そこに不審な痕跡がないかを調べた。


空もムラトの捜査に参加し始めた。彼もまた、何かを発見するために細部まで目を光らせた。彼らは共に、事件に関連するどんな小さな痕跡も見逃さないように、細心の注意を払いながら部屋を調べた。


窓際のカーテンの裏で、空は何か光るものを見つけた。それは小さな金属片だった。彼は慎重にそれを拾い上げ、ムラトに見せた。「これは何だろう?」と空は尋ねた。ムラトはその金属片を検証し、それが何かの工具から剥がれた部分かもしれないと推測した。これが事件の解決への重要な手がかりになるかもしれないと考え、彼女はさらにその金属片の起源を探ることに決めた。


その後、ムラトと空はセキュリティカメラの映像を確認することにした。幸い、彼らのアパートには共用部分にカメラが設置されており、その夜の記録を確認することができた。映像をじっくりと見ていくと、一人の不審な人物が廊下を通り抜ける様子が確認できた。その人物は何かを持っているように見えたが、顔ははっきりとは映っていなかった。


ムラトと空はその映像から、襲撃者が使った可能性のある出入り口や逃げ路を特定しようと努力した。彼らはこの情報を元に、アパートの管理人に連絡を取り、その夜の来訪者リストを確認することにした。管理人は彼らの協力を約束し、必要な情報を提供するために協力してくれた。


さらに、ムラトは近隣の住人たちにも話を聞き始めた。もしかすると、誰かが何か異常なことを目撃しているかもしれないと思ったからだ。住人たちの中には、その夜に不審な音を聞いたという人もいたが、具体的な情報は得られなかった。


捜査が進むにつれ、ムラトと空は犯人の特定に近づいていくように感じた。彼らは手分けして、さまざまな角度から事件の謎を解明しようとした。ムラトは犯罪心理についての知識を活かし、犯人の動機や行動パターンを分析し始めた。空は技術的な側面からアプローチし、証拠となり得る物の科学的な分析を行った。


セキュリティーカメラにはスーツ姿の小さい子供セキュリティーカメラに映っていたのは、スーツを着た小さな子供の姿だった。この映像は更なる混乱を招いた。子供がどのようにしてこのような事件に関与しているのか、その理由は一体何だろうか。ムラトと空は、この意外な発見に戸惑いながらも、調査を続けることを決めた。


彼らはまず、その子供がアパートにどのようにして入ったのか、出入り記録を詳しく調べ始めた。管理人が提供した情報によると、その夜には特に子供を伴う来訪者は記録されていなかった。これは、子供が何らかの方法で無許可で建物内に侵入した可能性があることを示していた。


午前4時35分、ムラトと空はセキュリティカメラの映像をさらに詳細に確認し、小さな子供が建物内にどのように侵入したかの手がかりを探し続けた。彼らはビデオの一時停止と早送りを繰り返し、子供の動きを詳細に追跡した。ビデオを注意深く見ると、子供が非常階段を使って上階へと移動している様子が映っていた。その動きは敏捷であり、一般の子供とは思えないほど慣れたものだった。


ムラトは、この子供が何らかの訓練を受けている可能性を考慮に入れ、その背後にいる組織や人物がいるかもしれないと推測した。彼女は事件の背後に何か大きな陰謀があると感じ、その解明がますます重要になってきたことを実感した。


一方、空は技術的な面からアプローチを変え、建物のセキュリティシステムがどのようにして侵入されたのかを解析し始めた。彼はシステムのログを調べ、不審なアクセスがあったかどうかを確認した。ログを精査すると、その夜にシステムが一時的にダウンしていた記録があり、その間に子供が侵入した可能性が高いことが判明した。


この新たな情報をもとに、ムラトと空はさらに詳細な捜査を進めることに決めた。彼らはこの事件が単なる窃盗や傷害ではなく、もっと複雑な背景があるかもしれないと考えた。彼らは地元警察に連絡を取り、事件の調査を公式に依頼した。警察は彼らの報告を受け、すぐに捜査チームを組織し、アパートとその周辺を捜査することになった。


その間神薙空とムラトは犯人の逃走ルートや隠れ場所を推測しながら、さらなる手がかりを求めて周辺地域を探索し続けた。彼らは、事件に使われた道具や証拠物が捨てられている可能性がある公園や路地を調べた。


この過程で、ムラトは近くのゴミ箱の中から何枚かの奇妙なちり紙を発見した。紙には何か周波数暗号のような記号が記されていた。ムラトはこれが何かの手がかりになるかもしれないと考え、それを空に見せた。空はその記号を詳しく調べるため、彼の知識を活かしてデコードを試みた。


「…3…5…170894、136、881808終わりです」


この数字と記号が意味するものを解析する過程で、ムラトはそれが特定の座標を示している可能性に気付いた。また、これが何らかのスケジュールや計画の一部である可能性も考えられた。空は、この情報をもとにさらに詳細な調査を行うことを提案した。


確認するために、ムラトと空は地図とその数字を照らし合わせてみた。座標が指し示すのは都心駅だった。これがただの一致ではないことを感じ取ったムラトは、その場所が何らかの重要な役割を果たしている可能性があると考えた。


「逃げる気か?普通空港で逃げるかと思ったけど意外だな」


「確かに、空港の方が一般的だけど、この情報が正しいなら、何か理由があるはずだ。もしかしたら、都心駅で何かを受け渡すつもりかもしれない。あるいは、誰かを待ち合わせているのかもしれないね」


確認するために、ムラトと空は計画を立て、都心駅に向かうことにした。彼らは、そこで何か手がかりを得られるかもしれないと考えた。


彼らはまず、その座標が指す具体的な場所を特定しようとした。地図と数字を照らし合わせ、座標が都心駅の特定のホームや店舗の近くを指しているかを確認した。空はインターネットでそのエリアの店舗や施設の情報を調べ、何か特定のイベントが予定されているかも調べた。


行う中で、空が発見した情報によると、都心駅での大規模なアート展示が予定されており、国内外から多くの人々が集まることが予想されていた。このイベントは、特定の座標で何かが起こる可能性があるため、彼らにとって完璧なカモフラージュとなり得るとムラトは考えた。


「この展示が何かのフロントかもしれない。大勢の人々が集まることで、何かを隠すのに最適な状況だ」


ムラトと空は、そのアート展示が開催される日を確認し、その日に合わせて都心駅に行く準備を整えた。彼らは自分たちが不審者と見られないよう、カジュアルな服装で行くことにし、必要な機材を小さなバックパックに詰めた。


展示会当日、彼らは都心駅に到着し、人々の中に紛れながら周囲を警戒した。ムラトは特に人々の行動や態度に注目し、何か異常な動きをしている人物がいないかを探した。一方、空は持ち込んだ機器を使って、周囲の無線通信を監視し、何か異常な信号がないかを確認した。


彼らはしばらく周囲を観察した後、座標が指す場所に近づいた。そこはアート展示の一角で、特に注目される大きな彫刻作品が展示されていた。ムラトは彫刻の周囲を注意深く調べ、何か異常があるかどうかをチェックした。彼女は彫刻の台座の隅に小さな隙間を見つけ、そこに何か挟まっているものを発見した。それは小さなUSBメモリだった。


「これは何だろう?」ムラトは低い声で空に尋ねた。


空はUSBを慎重に取り出し、持参したラップトップに接続して内容を調べ始めた。ファイルの中には複数の文書と暗号化されたデータが含まれていた。彼はすぐにデータの解読を試み、少しずつ内容を明らかにしていった。


「これ、見て。何かの取引の記録だ。しかも、かなり大規模なものみたいだ」


データには、国際的な武器取引に関連する情報が含まれており、特定の日時と場所での取引が計画されていた。この情報は、子供が関与している事件が単なる地元の問題ではなく、はるかに大きな犯罪組織の一部であることを示していた。


読み進めると、文書にはさまざまな国のコードネームが記されており、これが国際的な問題の規模をさらに示していた。ムラトはこの情報を元に、警察や国際機関と連絡を取り、彼らが追跡を開始できるように協力を申し出た。


警察はこの情報に基づき、即座に捜査を開始し、関連する国々の法執行機関と連携して国際的な協力体制を整えた。ムラトと空は警察と協力しながら、さらに深い情報の探索を続けた。


この間に、ムラトは子供の行動パターンや訓練の背景についても更に調査を進め、彼がどのような組織に属しているのか、その組織の目的や構成員についての情報を詳しく探った。彼女はその子供が特殊な訓練を受けており、非常に高度な技能を持っていることを突き止めた。彼がただの使い走りではなく、組織の重要な役割を担っていることが明らかになった。


一方、空は技術的な側面からアプローチを続け、USBに含まれていた暗号化されたデータの解読に成功した。そのデータから、武器取引に使用される予定の口座情報や、取引に関連するさまざまな連絡先が明らかになり、これが事件解明に大きな進展をもたらした。


「ムラト、方舟だ。株式市場を乗っ取たり、独立したネットワークを構築している可能性が高い。この組織はただの犯罪集団を超えて、国際的な影響力を持つ何か大きなものに関与しているかもしれない。黒だ」



ムラトはこの新たな情報に驚いたが、同時に、彼女と空がこれまでに解明したすべての糸がつながり始めていることにも気づいた。彼らは、事件の裏にはただの犯罪行為以上のものがあることを確信し、その背後にある組織の正体と真の目的を突き止めるために、さらに調査を深める決意を固めた。


空は続けて、USB内のデータから抽出した情報を基に、関連する銀行口座とそれに紐づく国際的な取引パターンを調査し始めた。彼の技術的なスキルとネットワークを駆使して、隠された金融の流れを解明しようと試みた。同時に、ムラトは地元警察や国際機関との連携を強化し、彼らが提供する情報と彼女たちが持っている情報を組み合わせて、より大きな絵を描き出す作業に取り組んだ。


この過程で、彼らはその子供が所属する組織が非常に巧妙に隠された複数のシェルカンパニーを使い、国際的な影響力を持つ大規模な作戦を展開していることを発見した。これらの会社は表向きは合法的なビジネスを営んでいるように見えるが、その実態は軍事、情報工作、そして政治的影響を目的とした活動を行っていた。


さらに深掘りすることで、ムラトと空はその組織の最終的な目標が何であるかについての手がかりを得ることができた。それは、特定の政治的事件を操作し、特定の国々の政治バランスを変えることを意図しているように見えた。この発見は、彼らがこれまでに経験したどの事件よりも重大なものであり、その影響は単なる国内問題にとどまらない国際的な危機につながる可能性があった。


ムラトは、この情報を基に、さらに多くの捜査協力を求めることにした。彼女は自身の接触を通じて、県外の情報機関と連絡を取り、共同でこの問題に取り組んだ。


しかし、アリスを襲った唯一の理由が全く情報に触れていないため、ムラトはアリスがなぜ標的にされたのかについてさらに深く掘り下げる必要があると感じた。


「空、アリスと出会ったとき組織に関連する何かの情報を知っているか?」


空はムラトの問いに少し考え込んだ後、答えた。


「そういえば確かアリスは昔、『何者かの組織に襲われるかもしれない』と警戒していたことがあった。彼女の過去の職場で、いくつかの怪しい取引に関連していたかもしれないという話を聞いたことがある。もしかしたら、その繋がりが今回の事件に関係しているのかもしれないね」


「それだな。だが、それだけじゃあ証拠が不十分だ。とっとと犯人を逮捕して洗いざらい白状させなければならない。空、奴の行動はどこかしらの駅を使うかもしれない。市内のすべての駅の映像をチェックして、奴が使ったかもしれない出入り口や逃走経路を特定しよう」


空はムラトの指示に従い、すぐに地元の警察と連携を取り、駅周辺の監視カメラの映像を調べ始めた。彼らは特に過去数日間の映像に注目し、犯人が使用したと思われる経路を丁寧に追跡した。


監視体制が万全な状態でムラトは、周囲の人だかりを持ち前の観察力で検証し続けた。彼女は人々の小さな動きや表情に注意を払いながら、不審な行動をしている者がいないかを警戒した。一方、空は技術的な側面からアプローチを続け、監視カメラの映像を精査し、犯人の動きを詳細に追いかけた。


彼らの努力が実を結び、ついにある重要な映像が見つかった。映像には、バスターミナルの近くで、不審な人物が行動している様子が捉えられていた。その人物は何度も周囲を見回しながら、急ぎ足で駅に入る様子が映っていた。


「こちら神薙空。現在犯人は海草道線へ走り続けてる。黒スーツで髪は黒のツィンテールの容姿、以上」


空は、この人物がアリスを襲った犯人である可能性が高いと考え、ムラトにその映像をすぐに報告した。その特徴を記憶し、犯人の特徴を詳しく分析することに集中した。服装や持ち物、歩き方から、その人物の身体的特徴を詳細に記録した。ムラトはその情報を元に、犯人の逃走を阻止するために人を避けながら猛ダッシュで犯人を追跡し始めた。彼女は急いで犯人が最後に見えた方向へ向かい、息を切らしながらも周囲の状況に細心の注意を払い続けた。


ムラトは改札口での混雑を利用し、目立たないように犯人の後を追い続けた。彼女は人々の間を縫うようにして犯人に近づき、同時に通信機で空に状況を伝えた。


「今、犯人を目視している。改札を抜けてすぐの場所だ。手を抜かずに追いかけてる」


空は、ムラトの情報を受けて追加の支援を要請し、駅の他の出口も監視するよう警察に連絡を入れた。一方、ムラトは犯人になるべく近づき、彼女の動きを正確に読み取りながら、機会を伺った。


犯人は人混みを巧みに利用して逃走を図り、階段を駆け下りると急行線のホームに向かった。ムラトは息を切らしながらも、冷静さを保ちつつ追跡を続けた。彼女は犯人が急行電車に向かおうとしているのを見て、すぐにホームへと降りた。


電車のドアが閉まる直前、ムラトは犯人を捕まえることに成功し、彼女を地面に押し倒した。犯人は抵抗を試みたが、戦闘経験あるムラトには抵抗することは無駄であった。ムラトは犯人を確保し、地面に押さえつけたまま空の到着を待った。


「やぁ、アリスを襲った容疑者。捕まって残念だったね、あと少しで逃げ切れたのに残念残念」


ムラトは冷静に犯人に話しかけたが、彼女の表情は厳しいままだった。犯人は少し焦った様子を見せながらも、何も答えなかった。その時、空が駆けつけ、彼もまた息を切らしていた。


「大丈夫か、ムラト?」


「問題ない、ただし、この子を早く警察に引き渡さないと。」


空とムラトは、犯人を警察に引き渡し、その後の捜査でさらに多くの情報を得ることを期待していた。その瞬間、犯人は拳銃をムラトの脳天に向けて発砲し、その場にいた人々は悲鳴を上げた。しかし、アビリティーインデックス2位の相手に敵うはずもなく、腰にぶら下げてる剣を取り出し反射的に振り払った。剣の一閃が光り、犯人の拳銃を弾いた。その焦りで犯人は6発の弾丸をムラトに向けたが、ムラトは驚異的な速さで動き、その全てを弾いた。彼女の動きは練達された戦闘スキルの表れであり、犯人にとっては想定外の出来事だった。


ムラトは瞬時に距離を詰め、犯人の手首を掴み、拳銃を地面に叩きつけた。その迅速な行動で、状況は一瞬にして静まり返った。周囲の人々は安堵のため息をつき、同時にムラトの技術に驚嘆した。


「もう終わりだ。雑魚が」冷たく言い放ちながら、犯人を地面に押さえつけ続けた。警察が到着するまでの間、彼女は犯人から目を離さず、周囲に警戒の視線を送り続けた。この一連の出来事は、彼女がこれまで培ってきたスキルと経験の集大成であり、その場にいた誰もがムラトの戦闘能力と冷静さに圧倒された。


手錠をかけ、壁にもたれさせられた犯人をムラトと空は一息つくことができた。その間、犯人は絶え間なくムラトと空の注意を引きつけ、彼らの質問に答えることを拒否し続けた。しかしながら、犯人の目には確かな恐怖が宿っており、彼が何かを隠していることが明らかだった。


「おい容疑者。何か話したらどうだ?」


ムラトが低く、冷たく犯人に問いかけると、犯人はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「...話しても無駄だ。君たちには理解できないだろう」


「理解できない?何を隠しているのか、教えてもらわないと僕もムラトも困るけど」


空が追加でプレッシャーをかける中、ムラトは彼の表情から何かを読み取ろうと集中した。犯人の目は恐怖に満ちていたが、どこか決意のようなものも見え隠れしていた。この瞬間、ムラトは犯人がただの小物ではなく、何か大きな背景に繋がっていることを確信した。


「話したくないのは分かった。でも、君が話さなくても、私たちはすでに多くを手に入れている。USBの情報、国際的な武器取引、そして君の組織の動き。これ以上隠し事をしても、時間の無駄だ」


犯人はムラトの言葉に少し動揺した表情を見せたが、すぐにまた沈黙を貫いた。更にムラトは追い打ちをかけるように仲間のことについても話し始めた。「君の仲間はとてもやる気あって関心するな。でも君の組織に入ってしまうなんて残念だ。知りたくないなら、君の仲間たちを捕まえる。これから君がどうするか、それ次第で君の未来も変わるかもしれないよ」


ムラトの言葉には冷静さと確信が込められており、犯人はそれを聞いて明らかに動揺した。彼は顔を曇らせ、しばらくの沈黙の後、口を開いた。


「分かった、話します。私の名前は浅井鈴美です。シンフォニアという政府を監視する組織に所属してます」


鈴美はしばらくの間、深い息を吸い込み、目を伏せたまま話を続けた。


「私たちは、政府や大企業が行う不正や陰謀を暴露するために活動している。ただ、今回は...少し事情が違ったんだ。私たちのリーダーが、ある情報を入手して、そのために動いた。アリスが標的になったのも、その情報に関わっているからだ」


ムラトと空は真剣に耳を傾けた。鈴美はさらに言葉を紡ぎながら、次第に自分が関与してしまった出来事の深刻さを理解していくようだった。


「その情報は、ある巨大企業が軍事兵器を違法に取引しようとしている証拠だった。アリスは、その情報を知ってしまった。彼女はもともと、私たちのメンバーだったんだけど、彼女がその企業と関わりを持っていたことをリーダーが知った。だから、彼女を襲ったのは、彼女が情報を流すのを防ぐためだったんだ」


鈴美の言葉は、ムラトと空にとって重要な手がかりとなった。彼女たちは、ただの犯罪組織ではなく、より大きな政治的陰謀の一端に関わっていることを知った。


「なるほど。つまり、君たちは正義のために戦っていると信じている。でも、その方法が間違っていると感じたことはないのか?」


ムラトは冷静に問いかけた。鈴美は少しの間沈黙した後、目を伏せて答えた。


「...わかってる。けど、私たちは正義を信じている。だからこそ、こうするしかなかったんだ」


鈴美の言葉に、ムラトは小さく息をついた。


「正義かー。株式市場を乗っ取ったり、違法に密輸するそんな正義がどこにいるの?政府監視と名乗る行為が人を傷つけ、法律を無視するものだとは思えない」


「そうですね罪人ですもんね。実は、ある集団が日本を滅亡しようとする計画を立ててたのです。私たちはそれを阻止するため活動していたんです。でも、その過程で私たちのやり方が正しいのかどうか、疑問を感じることもありました。特に今回の件で、アリスに危害を加えたことは許されない行為だと思います。それでも、私たちは止まるわけにはいかなかった…」


鈴美の声は次第にか細くなり、彼女の罪悪感が表れていた。ムラトと空は彼女の話を聞きながら、シンフォニアの活動や動機についてさらに深く掘り下げようとしていた。


「君たちが追い求めている正義が真実だと仮定しても、そのために無関係な人々を傷つけることが正しいとは思えない。法律や秩序を無視して自分たちのやり方を押し通すことは、結果的に新たな混乱を生むだけだ。」ムラトは冷静に、しかし断固たる口調で続けた。


空もまた、鈴美に向けて問いかけた。


「今日の件はアリスが秘密の資料を知ってしまったからではなく、君たちが何か大きな脅威を阻止するための一部であり、その情報を知ってしまうとアリスがその秘密を暴露する可能性があったからだと、そういうことでよろしいでしょうか?」


鈴美は困惑した様子で頷いた。「そうです。私たちは彼女がその情報を外部に漏らすことを恐れていました。彼女はその企業と深い関わりを持っていたため、私たちはリーダーの命令で行動しました」


鈴美の言葉と気持ちに考慮し、空は深く考え込んだ。彼らは鈴美の言葉に誠実さを感じつつも、彼女の組織が行った行為の重大さを無視することはできなかった。彼女が行った行為がどれだけ大きな代償を伴うものであったか、そしてそれが正義として許される範囲を超えていたことを指摘せざるを得なかった。


「浅井が何を阻止しようとしているのか、僕たちはまだ完全には理解していません。でも、浅井が言ったように、日本を滅亡させる計画が本当に存在するなら、それを阻止する方法は他にもあるはずです。暴力や違法行為に頼らずに、正しい手段でその脅威に立ち向かう方法を見つけるべきではないだろうか?」


鈴美はしばらくの間、空の言葉に耳を傾けていた。彼女の表情には迷いと葛藤が見え隠れしていた。やがて、彼女は小さく息を吐き出し、静かに答えた。


「そうですね、私たちは恐らく間違っていたのかもしれません。正義のためにと信じて行動していたけど、結果的には多くの人々に害を及ぼすことになってしまった。今のあなたたちの言葉で、少しだけ自分たちの行いを見直すことができました。」


鈴美の言葉にムラトと空は一瞬の沈黙を挟んだ後、空が口を開いた。「今、君がこの事件について話してくれたことは大きな進展だよ。それに、君の言う『日本を滅亡させる計画』についても詳しく調査していく。その情報が真実であるならば、我々一同その阻止に協力する。」


鈴美は涙ぐみながら、「ありがとう」と小さな声で言った。彼女の顔には決意の表情が浮かんでいた。その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。ムラトと空は、これ以上の情報を得る時間がないことを悟った。警察が到着し、鈴美を引き渡すことになるだろう。


鈴美は手錠をかけられ、警察に連行される準備が整った。その間も、彼女の目には複雑な感情が浮かんでいた。ムラトは彼女に最後に何か伝えたいことがあるかと尋ねた。


鈴美は一瞬考えた後、静かに言った。


「アリスをお願いします」ムラトは軽く頷き、鈴美の言葉を心に刻んだ。パトカーと共に去った後、ムラトと空は改めて今回の事件の全貌を考え直した。シンフォニアという組織が抱える正義の名の下に行われた活動がどれだけの影響を及ぼしているのか、そしてそれがもたらす危険性を理解した彼らは、さらなる調査が必要であることを痛感していた。


「彼らの言う日本を滅亡させる計画、空知ってるか?」



「日本を滅亡させる計画について詳しい情報は持っていないが、シンフォニアのような組織がそれを阻止するために活動しているとすれば、それは相当な規模の危機だろう。なので全く分からない」


空が分からない以上同じ質問を聞くことはなかった。ムラトと空は、鈴美から得た情報とシンフォニアの存在が示す潜在的な脅威について考えを巡らせた。彼らはシンフォニアがどれほどの力を持ち、どのような情報を持っているのか、そしてその情報がどのように日本を滅亡させる計画に結びつくのかについて深く掘り下げる必要があると感じた。


その時、空のポケットから着信音が鳴り響いた。空は急いでポケットからスマートフォンを取り出し、耳を当てた。


「はい、神薙です」


「空!どこ行ってたの!あたしは今病院だから速く来てよね!あと焼きそばパン買ってきて!」


電話の向こうから、アリスの元気な声が響いた。空は一瞬驚いたが、すぐに安堵の表情を浮かべた。ムラトもそれを見て、ほっとした様子で肩の力を抜いた。


「はいはい、今すぐ行くよ。焼きそばパンも忘れないから、安心しろー」と空は優しく答えた。


通話を終えた空は、ムラトに向かって、「アリスが無事らしいから今すぐ病院に向かおう。ついでにコンビニ寄っていく」と微笑んだ。ムラトも微笑み返し、二人は一緒に病院へ向かう準備を始めた。

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闇に飲まれた謎のメトロノーム 八戸三春 @YatoMiharu

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