第12話 刑事部屋

「お疲れさん」


 刑事部屋に戻ると課長がまだ残っていた。


「ただいま帰りました」


 伊藤は要点だけを手際よく報告する。


「なるほどなぁ。で? お前の見立ては?」


「誰が犯人だと言っても不思議ではないというところでしょうか。逆に言うと誰も犯人とは思えないって感じですね」


「おいおい、珍しく曖昧だな」


 課長がポケットから煙草を取り出して出入り口を指さした。

 刑事ドラマなどで山盛りの灰皿が置かれたシーンがよく描かれているが、実際は違う。

 喫煙は非常階段の踊り場が暗黙のルールで、そこに灰皿などは無く、消火用と大きく書かれた赤いバケツに水が張ってあるだけだ。

 

「出そうか?」


「持ち出した形跡は無いので、敷地内を徹底的に探すしかないでしょうね」


「久しぶりの総出でもしてみるか? それにしても本当に持ち出してないと思うか?」


「紛失発覚からすぐに通報、執事の機転により現場はその時点で封鎖されています。隙があったとすれば、当主が倒れて夫人が使用人を呼ぶために部屋を出た時か、まだ紛失に気付かず、当主を全員で寝室に運んだ間でしょうか。どちらも数分のことで、当主が倒れることも、当主を全員で運ぶことも、すべて計算通りでないと成功しない計画です。あまりにも他力本願過ぎる」


「たまたま無人の部屋に高価な宝石があって、つい手が出たというわけじゃないものな。かなり場当たり的な犯行に見えるが……さっき全員で運んだと言ったな? 本当に全員だったのかな。あらかじめ誰かを潜ませておくというのは無いか?」


「いや、考えるべきでしょう。逆に言うとその方が自然です。当主の寝室に全員が集まっている間に抜け出すことも可能ですからね。しかしそうなると絶対的な協力者が必要です」


「後から来たのは医者か?」


「ええ、主治医の山本充72歳です」


「そいつは?」


「ずっと詰めていますよ。寝室を出たのは我々の聞き取りの時だけで、今も屋敷にいるはずです。屋敷は完全包囲させていますから動きがあれば連絡が来るでしょう」


「面倒な事件だな。被害額は大きいが、そもそも盗まれたのか紛失したのかの確定からか。被害届は出てるのか?」


「まだです。明日中には出されるでしょう」


「……飯は?」


「まだです。藤田が買いに行っていると思います」


「帰らんのか?」


「帰りますよ。飯食ったら帰ります」


「大きなヤマは無いから、明日は全員連れていけ。総出でガサだ」


「了解」


 それから二人は星もない夜空を見上げながら、二本目の煙草に火をつけた。


「無事に産まれたかな……」


 課長がその言葉に反応した。


「お前……二人目ができたてのか?」


「違いますよ。猫ですよ、猫。斉藤家の飼い猫が産気づいたんで、当主の側を離れられない執事に代わって病院まで運んでやったんです」


「お前が?」


「ええ、凄くきれいな猫で、腹がパンパンに膨れて苦しそうでした。もしかすると猫に飲み込ませて運び出すかとも思ったので、自分で名乗り出て病院に運びました。もしそうなら病院の場所と顔も確認しておきたかったので」


「えらく絶妙なタイミングで産気づいたものだな」


「俺もそれは思いましたが、まさか猫に演技はできないでしょう?」


「そりゃそうか。では本当に出産ってことか」


「どうでしょう。明日にでも病院に行ってみますよ」


「もしビンゴなら楽なんだけどなぁ」


「ええ、楽なんですけどねぇ」


 二人は煙草をバケツの中に投げ入れる。

 ジュッという音と共に、少しだけ不快な匂いが鼻を突いた。

 刑事部屋に戻ると、藤田が大量のハンバーガーを前に困惑していた。

 

「お前……そりゃいくら何でも買い過ぎだ」


「違いますよ。俺は牛丼を買いに行ったんです。帰ってみたら受付にこれが届いていて、添えられた手紙を見たら斉藤小夜子からというじゃないですか。配達に来た店員も困っていたので一応受け取りました」


「どうします?」


 伊藤が課長の顔を見た。


「パトカーを猫の救急車にした礼ということなら問題ないさ。差し入れということでいただいておこう。さすがにハンバーガーで忖度するとは思ってないだろう?」


「そうですね、お礼の電話をしておきます。おい、藤田」


 課長の許可が出たので安心したのか、藤田が紙袋に手を伸ばそうとしている。


「電話で確認するまで待て」


「あ……そうですよね……はい。待ちます。でも温かい方が絶対に旨いので、すぐに電話をお願いします」


 残念そうな藤田の顔を睨んでから電話に手を伸ばす。

 すぐに出たのだろう、伊藤が慎重に話している。

 さり気なく礼を言いながらも、届いた詳細を相手に言わせているところがテクニックか。

 電話を切った伊藤が振り返った。


「間違いありません。斉藤家の執事が当主夫人の指示で手配したようです。猫を運んだ礼ということでした。それにしてもどうします? 他の部署にも持っていきましょうか」


 課長がドカッとソファーに座った。


「ああ、そうしてやれ。一課は全員残っているだろうし、二課にも賄賂は必要だ」


 そう言いながらもさっさとハンバーガーを三個確保している。


「ポテトも旨いんですよ」


 こういうものを食べ慣れているのだろう。

 藤田が選んだのは今年発売されたという新商品と、定番のハンバーガー二個。


「俺もお前と同じやつにする」


 頷いた藤田が伊藤の分も確保した。


「では残りは持っていきますね」


 両手に紙袋を抱えた藤田を見送りながら、伊藤がインスタントコーヒーの瓶を手に取った。

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