第2話 刑事到着

 山中が電話をしている間中、微動だにせず夫の枕元に佇む小夜子。

 そんな女主人の姿に同情の視線を送りながら、山中は電話を切った。

 ほどなくして駆け込んできたのは、斉藤をずっと診てきた主治医の山本だ。

 山本は斉藤と同じ年の医師で、斉藤の援助で開業した総合病院の院長席を、数年前に息子に譲り、今は斉藤専属医となっている。 

 苦虫を嚙み潰したような顔で横たわる斉藤に、注射を施した山本医師が振り返った。


「発作だな。まあこいつの病気は治るようなものじゃないけど、余程のことが無い限りここまでの発作は起きないと思っていたんだけどね。かなり弱っているから、本当なら入院させるべきなんだけど……こいつとの約束があるからね。落ち着くまでは私が詰めることにしよう」


「先生、お手数をおかけしますがよろしくお願いします」


 小夜子が頭を下げた。


「うん、奥さんも大変だろうけれど頑張ろうね。ところで何かあったのかい? 若い頃から修羅場をくぐり抜けてきたこの男が、これほどまでに驚くことがあるかね……」


 小夜子が山中の顔を見たとき、玄関チャイムの音がした。


「私が行きます」


 山中が寝室を出た。

 千代と美奈も後に続く。

 3人を見送った山本医師が小夜子に声を掛けた。


「奥さんも顔色が悪い。貧血かもしれないから座っていなさい」


「はい……」


 山本医師が小夜子の手を取って、ソファーに座らせる。


「手が冷たいね。やはり貧血かな……それにしても何があったんだ?」


「それは……」


 小夜子が言葉を発しようとするのを押しとどめるように寝室のドアが開いた。

 入ってきたのは山中と2人の男だ。


「奥様、こちらは刑事さんです。お名前は……」


 山中が言うより早く、2人のうちの年嵩の男が口を開いた。


「私は池波署の刑事で伊藤大吉と申します。こちらは藤田建造です。こういった事件は初動が肝心ですので、早速ですがよろしいですか?」


 よろよろと立ち上がる小夜子に山本医師が手を貸した。


「私はこの家の主である斉藤雅也の主治医で、山中という者だ。患者が寝ている。部屋を変えてくれないか」


「それは失礼いたしました。ご当主のご容態は?」


「長く心臓を患っているからね。発作が起きたようだが、今回のは少し酷かった。今は投薬で眠らせているから大丈夫だ」


「そうですか。ひとまずは安心ということですね」


 そういうと伊藤刑事が山中の顔を見た。


「こちらへどうぞ」


 山中が2人の刑事を客間へ案内する。

 それに小夜子も続いた。


「君の状態も心配だな……私も同行しよう」


 山本医師が腰を上げた。


「でも旦那様が……」


「あいつは大丈夫だ。しっかり薬が効いているから寝返りも打たないさ。心配ない」


 山本医師は自分の娘よりずっと若い小夜子の肩を抱くようにして寝室を出た。


 客間に集まったのは、当主夫人である小夜子と主治医の山本。

 そして執事としてこの屋敷の全てを把握している山中と2人の刑事、伊藤と藤田だった。

 千代と美奈はお茶の準備のために厨房に下がっていたが、お茶を配り終えるとそのまま残るようにという伊藤刑事の指示に従った。


「ご主人が大変な時に申し訳ありませんが、先ほども申しましたように初動が大切なのです。我々は先行しましたが、まもなく鑑識班が到着します。それまではできるだけどこにも触れないようにして下さい」


 全員が無言のまま頷いた。


「通報された山中さんのお話によると、ご当主の宝石コレクションが盗まれたとか?」


 一瞬だけ山中の顔を見た小夜子が頷いた。


「はい、主人は貴重な宝石を集めておりました。全部で何点かは私も知らないのですが、特に気に入ったものは執務室の金庫に保管しておりまして。毎日2回ほどそれを取り出して眺めるのを日課にしておりました」


 伊藤刑事が驚いた顔をした。


「貴重な宝石をご自宅で保管されていたのですか?」


「ええ、数点だけですが。特に気に入っている物は毎日見たいと申しまして。他のコレクションは銀行の貸金庫に預けてあります」


「お気持ちはわかりますが……それはかなり危険な事をなさっていたのですね」


 黙って聞いていた山中が口を開いた。


「確かに危険ではありますが、特注の金庫で開け方はご主人様しかしりません。ご主人様はもう何年もお出かけになっておりませんし、この屋敷が無人になることは絶対にありません」


「なるほど。では金庫に触るのもご当主の斉藤雅也氏おひとりということですか?」


 不信感を隠そうともしない伊藤刑事の声に、その場にいる全員に緊張が走る。

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