12歳年下の男の子たちと魔王を倒しに行くことになったけど、いつの間にか主導権握られてた。

矢口世

第1話 出会い


「あ、若い」



 あたしは水のない噴水の前で手紙を読んでいたのだが、あきらかにあたしに向けられたその言葉に、イラッとした。


「なに?」


 横目で二人の男を睨みつける。せっかく素敵な手紙をもらって喜んでいたのに、台無しだ。



 そこにいたのは二人の若い男の子だった。



 一人は薄いベージュの瞳にオレンジ色の髪。前髪が眉毛の上で切りそろえられていて、全体がマッシュルームのようになっている。

 もう一人は、紫色の瞳に、紺色の髪。髪は顎下くらいまであってパツッと切り揃えられている。前髪もパツッと短めに切ってある。


「いたっ!」


 パッツンが、きのこ頭を肘で小突く。


「ムイっ! なんてこと言うんだ!」


「ごめーん! あーーー!」


 きのこ頭は自分の髪を両手でぐちゃぐちゃにして悶えていた。


「初対面で失礼じゃない? 30はもうおばさんだって言いたいの?」


「いえ! そんなことはありません」


 パッツンが姿勢を正し、あたしを真っ直ぐ見つめる。というか、めちゃくちゃいい声だ。こう、なんていうか、お腹に響くような重低音。


「ありません!」


 きのこ頭の声は高くてガチャガチャしてて、耳がキンキンする。



「とてもおきれいです。ウエーブのかかった茶色の髪をあえて少し低めの位置で一つくくりにしているところがとても上品で、緑色の瞳と同じ色のピアスは主張しすぎない絶妙な大きさで、ユラユラと揺れているとついつい目で追ってしまいます。羽織っている深緑のジャケットはクールで、首からさげているシルバーのリングが黒のインナーにとても映えています。グレーのパンツは長身のスタイルの良さを際立たせていて、シルエットが美しいです」


 怖っ。パッツンがいい声であたしを褒める。なんでとっさにそんな言葉がでてくるの。


「ちなみに俺たちは18歳! 独り身で、足は短め!」


「えっ? 僕短くないけど」


「えっ? 二人とも短いでしょ?」


 なんなのこのちょっとおバカそうな子たちは。


 あたしは二人をまじましと観察した。あたしと同じような黒のインナーにグレーのパンツ、上着はそれぞれの瞳の色と同じものを着ている。二人とも手ぶらだが、腰に剣をさしている。魔王を倒しに来た剣士だろうか。


 あたしは手紙をズボンにしまい、腕を組んだ。


「何か用?」


 上から目線で尋ねる。実際あたしのほうが少し背が高い。


「身長……高いですね」


「177よ」


「!? 俺たちより……高い!?」


 二人はなにやら衝撃をうけていた。

 「だまされたー」と、きのこ頭がうなだれていたが、いったいあたしのことを誰からどんなふうに聞いてきたんだ。

 まあ確かにあたしくらい高い女性は珍しいし、たいてい驚かれるけど。



「で、何の用?」


 あたしは再度聞く。


「俺たち、魔王を倒したいんだ!!」


 きのこ頭が威勢よく答える。


「あ、そう」


 やっぱりそうか。この街に来る人はだいたいそうだ。魔王を倒し、勇者になれば、一生遊んでくらせる報酬と、好きな魔法を一つ授けてもらえる。そのためにみんな我先にと魔王を討伐したがる。

 この街は魔王がいる場所から一番近いと噂されていて、ここで準備をしてから探しに向かう者が多い。


「だから、僕たちと一緒に魔王を倒しましょう!」


 ……え、なんて言った?


「……一緒に?」


「はい!」

「はい!」


 満面の笑みであたしを見る二人。どうして一緒に行かないといけないの。意味がわからない。


「魔王は一人で倒すから、ついてこないで」


 あたしはドスの効いた声で突き放した。


 なのに二人はさらに嬉しそうな顔をするもんだから、ますます意味がわからない。


「ダンテ、どうする!?」


「ムイ、慌てるな。僕に秘策がある」


 ダンテと呼ばれたパッツンはあたしの前に膝まづき、片手を伸ばしてきた。


「お姉さん、僕たちと一緒に、魔王を倒しに行きませんか?」


 ものすごく真剣な顔、そしてやっぱりとてもいい声だ。だけど……。


「そんなふうにお願いされても、無理」


「お願いします。どうか、この手をとっていただけませんか」


 そんな顔で見ないでほしい。


「俺は、料理が得意だよ!」


 きのこ頭も隣に膝まづく。


「お姉さん! これ俺が作ったクッキー! お姉さんのことを思って作ったんだ! どうか、食べてくれない?」


 可愛らしい小袋を持った手をあたしに伸ばしてくる。


「ムイ、そうじゃないだろ! 一緒に行きましょうだろ! なんだよ食べてくれませんかって。食べるだけで終わっちゃったらどうするんだ」

 

 パッツンが小声できのこ頭に注意する。全部聞こえているけど。


「あ、そっか…。ええーっと、お姉さん! あなたのご飯、魔王を倒すまで、俺がずっと作るから! どうか、連れて行って!」


「………」


 あたしが絶句していると、ヒソヒソと話し声が聞こえてきた。


「何だあれ」

「プロポーズでもしてんのか?」

「二人から?」

「こんなとこでよくやるよ」

「ていうかあれカーラじゃねえか?」

「最強って言われてる? まさかあ」



 これはまずいと思い、あたしは何も言わずにそのまま早足でその場を去った。







「ついてこないで」


 時刻は午後4時。あたしは森を歩いていた。   広場で盛大に注目を浴びてしまい、変な噂をたてられても困るので、落ち着くまで魔物でも倒そうと森へやって来た。

 のだが……。


「僕、たち、結、構、強いん、です」


「俺た、ち、いっぱ、い、修行し、たん、だよ」


 あたしは話かけられても無視しながら大股でズンズン歩く。二人はあたしを見失わないように大きく腕を振り、あたしよりさらに大股歩きになって必死についてくる。


 フン、フンと二人の鼻息が交互に聞こえてくるのがなんだかおかしかったのだが、笑ったら負けだと思った。



「僕、たち、役に、たちます、から」


「……役に?」


 あたしはバキッと木の枝を踏みつけ足を止まめた。


「役に立つって何?」 


 パッツンのその言葉がひっかかり、後ろを振り向く。


「なんであたしの役に立ちたいの? あなたたちは自分の事情があって魔王を倒したいんでしょ? あたしの役に立って、なんの特があるの? 役にたってもらう必要なんてない。誰もそんなこと頼んでもない」


 あたしは冷たく言い放った。少しでも距離を詰めたら終わりなんだ。仲良くする気がないのだから、早々に嫌われてどこかへ行ってもらおう。


 二人は地面を見つめ固まり、すぐに答えなかった。先程のハツラツな雰囲気とはうってかわって、どこか暗い影があるように見えた。


 少し間をおいて、きのこ頭が口を開く。


「村の人たちを見返したくて」


「……村?」


 きのこ頭が頷く。


「僕たち二人、ある村にいたんですけど、ずっとイジメられて、見下されてたんです。親が小さい時に死んでしまって、5年前ある人に助けてもらうまで、ずっと苦しい思いをして……」


 パッツンの声は広場のときとは少し違い、落ち着いた声だった。



 彼らには悪いけど、よくある話だなと思った。このご時世、親がいない子供はどこにでもいる。満足に生活できなくて当たり前、大人になる前に死ぬ子供も大勢いる。


「勇者になれば、見直してもらえるわけ?」


「そうなればいいなと思っています」


「どうして二人だけで行かないの?」


「俺たち二人だけじゃ、勝てないんだ」


「結構強いって自分で言ってたじゃない」


「だけど、まだ足りなくて……」


 きのこ頭が悔しそうな表情を浮かべ、手にぐっと力をいれる。



「ものすごく強い人がいるって聞いたんです。勇者に一番近いって」


 あたしのことだ。


「なるほど。自分たちだけじゃ到底魔王を倒せないから、あたしと一緒に行きたいと」


 二人は黙った。図星か。


「悪いけど、他をあたって」


 あたしはくるっと前を向き、また大股で歩き出した。


「お姉さんは強いんだ! めちゃくちゃ強い! 俺たちが会った誰よりも強い!」


「お願いです! 一緒に行かせてください!」


「嫌」


 二人が後ろで叫んでいるが、もう知ったこっちゃない。



 すると後ろから「うぉーー!」っと言う声がして、あたしの両隣をサッと風が通り抜けた。

 目の前にはゼエゼエと息を切らしてあたしの行く手を阻む二人がいた。


 そしてきのこ頭が右手をピーンと上にあげる。


「えっ? 何よ?」


 あたしは不覚にもビクッとした。


「はい! 今から自己紹介します!」


 自己紹介?


「こっちは『ミスター見掛け倒し』こと、ダンテ」


 きのこ頭がダンテを指差す。


「こっちは『ミスター口だけ』こと、ムイ」


 パッツンがムイを指差す。


「おいムイ! どうしてそれを言うんだよ! 僕は見掛け倒しじゃない」


「ダンテこそ、俺は口だけ男なんかじゃない! いつだって有言実行だ!」


 もう付き合ってられない。


「はい、さよならー」


 あたしは手をヒラヒラさせて、右へ曲がった。


「えっ!?」

「待ってよ!!」


 そのとき、森の奥からスーッと魔物があらわれた。3メートルを超える熊のような魔物だ。


「魔物か」



 魔物。

 魔王が作った生き物のことで、全身が真っ黒でまるで影のような姿をしている。たいてい動物に似た姿をしているのだが、闇夜に潜まれるとなかなか見つけられず、気配を探ることも難しい。



「こいつ、強い。ムイ! やるぞ!」


「お姉さん! ここは俺らに任せて下がっ」


 その言葉を聞き終わる前に、あたしは右手を魔物へ向け、魔法をぶっ放した。砲撃が魔物の顔面に直撃し、首から上が跡形もなく消し飛んだ。魔物の体は音もなくその場に倒れ、黒い塵となり消えていった。



 一瞬の出来事に、二人は顎が外れるくらい口をあけて驚いていた。



「ほら、これでわかったでしょ? この程度の魔物だって、あたしには余裕なの。あなたたちの力はいらない。だから他を…」


 と言いかけて二人を見ると、


「げっ!? なんで泣いてんのよ!?」


 鼻水を垂らして号泣していた。


「やっぱすごいーー!」


「死ぬまでづいでいきますー!」


 なぜ泣く。そしてなぜついてくる。


 はあー。


「いったいなんなのよ……」






 だけどあたしはまだ知らなかった。

 二人がどうしてついてくるのか、その本当の理由を。

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