夕暮れの学園

まんぼ

第1話 朝の学校

夕暮れ時、または逢魔が時ともいう。一日の中で最も現実とあちらの境目が合間になる時間帯だ。午後五時二十五分私は校舎で得も入れぬ怪物と相対していた。



「おはよう」

「ああ、おはよう」


朝6時半の校舎、この早朝に学校に来る人間は殆どおらず、教室は閑散としているが、毎朝私よりもはやく早く登校してくる男がいる。


「毎朝はやいな」

「早く目が覚めるとやることないんだよ。まあしかし、学校に来たとて、やることといえば読書くらいなものだが」


この挨拶も毎朝恒例のものになりつつある。大抵の生徒は、7時半ぐらいに登校してくる。毎朝それまで1時間程度私達は二人の時間を過ごしている。


「今はなんの本を読んでいるんだ?」

「ざっくりいうと各地に伝わる妖怪の話をまとめたものだな、それぞれの地方によって違いが出ていて結構面白いぞ」

「また妖怪か。お前も好きだな」

「妖怪の魅力を語ろうと思えば一日中話すことも可能だ。聞きたいか?」

「よしてくれ。それでこの前は地獄を見た」


そうか。と一言つぶやき男は目の前の紙に視線を移す。私も特にやることもないので数学の問題集を取り出し隣でガリガリと解いていた。30分くらい経過したとき、ふと男が呟いた。


「事八日という言葉を知っているか?」

「何だ藪から棒に。多分初めて聞く言葉だな。何かの日付か?」

「旧暦の二月八日と十二月八日のことを指す言葉だ。これは昔の日本で、一年の始まりと終わりを表す日でな。二月八日に祭り事を初めて、十二月八日に締めくくる。日本の風習みたいなものだ。まあ、今はもう廃れつつあるんだがな」

「なるほどな、節分にちかいものって感じだな。今読んでいる本にでも書いてあったのか?」


私がそう言うと男は栞を挟んでぱたんと本を閉じ、こちらに視線をやった。


「いや、前から知っていたことではあったが、そういえば今日は旧暦で言うところの二月八日だったことを思い出してな。というのは一つ目の妖怪が出やすい日だとも言われているんだ。有名なとこだと、一つ目小僧とか一目入道あたりかな」

「ほほう、じゃあ今日はもしかしたらそれらの妖怪が見れるかもしれないという妖怪が好きな君にとっては絶好の日というわけか」

「そうだな、もしこの目で見ることができるならこう上なく嬉しい。だがしかし、やはり多くの恐ろしい妖怪も語り継がれているわけだから、見れてしまったときにはこの世からいなくなってしまうかもしれんな」

「朝から物騒な話だな。なんだか寒気がしてきた」


男は怯える私を目に写して笑った。







「君の話もっと真面目に聞いとけばよかったな」

「いや俺もちょっとした豆知識ぐらいのつもりで話してたんだがな」


吹奏楽部の合奏と、運動部の掛け声がか細く響く私達二人しかいない閑散とした廊下には、大きな一つ目を持ち、黒い和服に刀を二本も携えた大男が少し離れたところに立っていた。


「明らかに人間という雰囲気ではないな」

「だろうな、第一あれが仮に人間だったとしても銃刀法違反で即逮捕だ」

「間違いなく妖怪やら化生やらの類だぞ。その目で実際に見ることができてよかったじゃないか」

「いやしかし、この状況で生きた心地はしないね」


私達が下校していたとき、ふと私が忘れ物に気づいた。先に帰っていてもいいと入ったが、男は暇だから。といってついてきた。そうしたらなぜか忘れ物を取った帰り道にこんな事になっている。


「一応確認なんだが、外に出るのにここ以外の道は?」

「北校舎と南校舎の連絡通路は各階に一本ずつしかなくて、二階と三階はどちらも工事中で通れない。玄関は北校舎にしかないから、僕たちが今日温かい布団で寝るためにはここを通り抜ける他に道はないな」

「たちの悪いドッキリか何かだったらいいんだがな」


カチャリ


一つ目の男は大きな刀に手をかけた。


そのとき風がやんだ。すべての音が消え、廊下に響いていた音が消え静寂が訪れた。ぐっと逃げ足に力を込めた瞬間。大きな目が眼前に現れ思わず驚いて転けたとき、鼻先を鉄臭い匂いがかすめていった。



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夕暮れの学園 まんぼ @haruto0610

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