第6話

 では、やはりこの方は私を反逆者の娘として差し出そうとしているのかもしれない。


 私は出口の扉まで距離を測った。


 でも今の自分では直ぐに捕まえられてしまうだろう。


 私の視線で気づいたのか、彼は鼻で笑った。


「逃げるのか?」


「それは……」


 私は青年を見上げた。


 でも一体、どこに助けを求めたらいいのだろう? お父様だって、お祖父様ならと私を王都に遣ったのだろうし。他には……。


「……君の出方次第では、私が君たち親子を助けてもいいだろう」


 青年の申し出に思わずまじまじと彼を見てしまった。


 私を見る彼のグレイの瞳は凍りついたように冷たかったのだ。


 彼の言うことは本当なのかしら? 


 でも、今の自分にはこの申し出に縋るしかない。


 それに大公家ほどの方が動くなら、父も助けられるかもしれない。


「セーラローズ。よく考えるんだ。まだ他に手だてが……」


 考え込む私にピーター様が引き留めた。


「ピーター賢者(サージュ)殿、これは、ここからは私たちの取引だ。少し席を外してもらいたい」


「大公閣下。だが、私は彼女の……」


 ピーター様が彼との間に盾となって迷ったものの彼に相談してみようと思った。ピーター様も顔見知りだっようね。


「ピーター様。お願い、彼の話を聞くだけでも……」


 何故なら、頼みの綱の祖父までもが……、一刻も早く父や祖父を助けたい。


 そんな、私を見てピーター様は渋々部屋を出てくれるようだった。


「だが、私は直ぐ側で控えている。物音や悲鳴がしたらドアを破ってでも飛び込む」


 きっと大公を睨んでで行った。


 二人きりになった部屋では重苦しい沈黙が続いた。彼は相変わらず憎しみの籠ったような冷たい眼差しを送ってきた。


「では、お嬢さん、取引といこうか……」


「ええ」


「エクレール伯爵はどうなっているのだ?」


 私は逃げてきた経緯を説明してみた。


「その監査官達はいつもの人か?」


「いいえ、初めて見る方々でした」


 彼らの名前を青年に告げた。


「なるほど……」


 そう言って心当たりがあるのか彼は何かを考えているふうだった。


「それで、君はどうしてもらいたい?」


「それはもちろん……お父様を助けたいです」


 それから私は父から預かった手紙を見せた。


 でも、それは祖父宛であり、今は当人に渡すことのできないものだった。


 開封すると、そこには最近、宮廷から増税や娘である私を彼らに差し出すようにといった要請があって、断るために祖父の協力が欲しいといった内容だった。


「分かった。では、無事を確認して必要なら助け出そう」


「ああ、ありがとうございます!」


「では、代わりに君は何を引き換えに願う?」


「お礼は父と相談して……」


「これは、君の願いだ。だから君が払うのが筋だ」


「え? でも、それは?」


 ――どういうことだとろうか? でもお金や財産は私の一存で決められない。例え……、


 すると彼は私をいきなり抱き寄せた。


「は、何を……」


「この体で払ってもらおう」


「それは……結婚ということでしょうか?」


「まさか、……君ごときが、せいぜい楽しませてくれる愛人止まりだろう」


「あ、愛人とは?」


「ふっ。お堅いご令嬢は存在も知らないか」


 私もそれがどんなものかは知っている。貴族にはそれなりに必要なことも。だけど、それは……。


「……」


「できないなら、この話もなかったことにしよう」


 そう言うと彼は私を放した。


 だけど他に今の私にはあまりにも選択肢がない。領地から出ず、社交をしてこなかった結果がこれだったのだから。


 彼がピーター様を呼びにドアへ向かった。慌てた私は、


「い、いえ。でもこちらも条件があります!」


 彼は足を止めて振り返ると、


「どのようなものだ」


「では、無事に父を助け出せたなら、元気だと一筆もらってください」


「それくらいならば……」


「代筆されても困りますので、署名の後には伯爵家の印章も必ず。父の署名と印章の二つが揃っているなら、この身をあなたに……委ねましょう」


 最後の言葉はどうしても震えてしまった。


 願うように手を胸元で合わせてたた懇願するしかなかった。


 それにも彼は蔑んだ視線を送ってくるだけだった。



「愛人契約だって? セーラローズ!」


 部屋に入ってきたピーター様に簡単に説明をすると非難の声を上げた。


 そして、公爵閣下にも恐れず鋭い視線を向けた。だが、彼はそんな視線も無視して窓の方を眺めていた。


「では、契約はなされたなら、急ぐので、あなた方はここでゆっくり休むといい。使用人にもそう伝えておく」


「あ、あの、ご家族の方は?」


 私は何気なくそう尋ねた。その時、彼の足は止まり、ゆっくりと私の方を見ると彼は凍えるような視線を向けた。


「今は、もう、誰も……。私だけだ」


 そう言って背中を向けると出て行った。



 その後、私は流石に強行軍の疲れがでてしまったのか昏々と眠り続けていた。


 目が覚めた時には二日も経っていた。

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