猫の恋♡

三愛紫月

僕の飼い主

人間というやつは、厄介なものだ。

だけど、僕には関係ない。

だって、僕の飼い主は大人なのだから……。


お母さんは、とてもいい人なのにこいつは駄目だ。

最近は、お母さんをよく困らせている。


「ショコラ、ご飯よ」

【ミャーオ】


ありがとうと言ったって聞こえないのは、わかっていてもお母さんにはありがとうと毎日言いたいのだ。

だって、お母さんは二年前冬の川で元飼い主に捨てられた僕を助けてくれたのだから……。


「母さん、またショコラが俺のダウンで寝てたよ!毛まみれじゃないか」

「はいはい。用意してる間にコロコロ当てとくから」

「よろしく」


お母さんの息子である陽一よういちは、高校生だ。

陽一は、嫌いだが陽一のダウンはフカフカで僕のお気に入りだ。


この家のお父さんは、単身赴任ってやつをしている。

だから、基本的にお母さんと陽一の二人暮らしだ。


平日の昼間は、お母さんはパートに出かけ陽一は学校に行っている。

だから、僕は自由だ!

お母さんは、全部を戸締まりして行くのだけど……。

いつも、洗面所の小窓を閉め忘れてくれる。


だから、僕はそこから外に出て行くのだ。

まあ、暗くなる前に帰ってくるから一度も怒られた事はない。


2月だというのに、最近は暖かい。

まずは、何故僕がここに来たのかを説明しよう。

あれは、二年前の2月だった。


「ごめんね、パイン。もう飼えないんだよ」


もうすぐ二歳だった僕を連れて、小学5年生のひかる君は、歩いていた。


「ミャー、ミャー」

《嫌だよ、ひかる君といたいよ。大人しくするから、悪戯はやめるから》


何度叫んでもひかる君には届かない。


僕がダンボールに入れられて、どこかに連れて行かれてるのには理由がある。


昨日の夜中、大好きなちゅるりんの匂いがしたから、僕は急いで棚によじ登った。

その時、お母さんが大切にしていたグラスに足が引っ掛かった。

何とか助けようとしたんだけど。

この手じゃ助けられなかった。


パリン……。

床に叩きつけられるグラスを見ているだけしか出来なかった。

朝、お母さんは割れたグラスを見て僕の寝床を覗いた。


「悪い子ね。悪い子ね」

「ニャ、ニャー」

《痛いよ。やめてよ》


お尻を何度も何度もぶたれて、僕は痛みに泣いたんだ。

そこにひかる君がやってきた。


美枝みえさんやめてよ。パインをぶたないでよ」

「この猫。さっさと捨ててきなさい。じゃなきゃ、あんたも捨てるわよ」

「わかった」


ひかる君は、僕をダンボールに入れて外に出た。


「パイン、ごめんね。お母さんが飼ってくれたんだけどね。美枝さんは、パインがいると嫌がるんだ」

「ニャー」

《知ってる》


「美枝さんの赤ちゃんの真理ちゃんも引っ掻いただろ?それは、よくない事なんだ」

「ニャーオ」

《わかってるけどひかる君の為だった》


「パイン、幸せになるんだよ」


河川敷の橋の下に僕は捨てられた。


「ニャー、ニャー」

《行かないで、もう悪い事はしないから。新しいお母さんをちゃんと好きになるから。赤ちゃんをいじめないから》


僕の声は、ひかる君には聞こえなかった。

悲しかった。

お腹がすいた。

だけど、薄汚れたダンボールには何も入っていなくて……。


「うわーー、猫がいる」

「ほんとだ!流そうぜ」

「やろう、やろう。死んだらジュース奢りな」

「いいよ」

「お前、俺らの縄張りにいた罰だからな」


僕はダンボール事、川に捨てられた。


「ニャー、ニャー、ニャー」

《助けて、助けて、助けて》


必死で鳴いて、必死で叫んだ。

ダンボールに冷たい水が入ってくる。

僕は、このまま死ぬんだ。

死んじゃうんだ。


「あんた、危ないな」

「ニャー」

《誰?》

「猫は、泳げんの?」

「ニャー」

《無理無理》

「体冷たいじゃん。うちに連れてってあげるよ」


僕を拾ってくれたのは、毎朝河川敷を走っている今のお母さんだ。

お母さんの名前は、櫻井小町さくらいこまち

そして、息子が陽一。

お母さんは、僕を家に入れるとすぐにタオルで体を拭いてくれた。

耳元でうるさい風を当てられて、僕の毛はフワフワになった。


「日曜日には、お風呂に入れるからね」


今日が何曜日かは、知らなかったけれど。

大嫌いなお風呂に入れられるのがわかった。


そして、次の日に僕はお風呂に入れられて……。

大嫌いな病院に連れて行かれて、櫻井ショコラになったのだ。


それから、僕はこの家にいるんだけど。

ひかる君が心配で、心配で。

こうやって出て行っては見に行ってるんだ。

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