君は怠惰 5
僕がいつも使ってるベッドの横の床に、厚めの敷布団を敷く。いつもなら厚すぎると感じるくらいには分厚いんだけど、今日みたいな寒い日にはいかにももってこいだね。ふわふわ盛り上がる布団を見て、僕は小さいころ夏祭りで食べた薄ピンク色のわたあめを、久しぶりに思い出してしまったよ。
「ヒダカはどっちで寝たい? ベッドか布団か」
「選んでいいの?」
「もちろん。ヒダカが好きなほう、どちらでも」
「ふわふわな布団も気持ち良さそうだけど、ベッド使ってもいい?」
「うん。いつもヒダカは敷布団で寝てるもんね。たまにはベッドもいいと思うよ」
「ありがとう」
のそのそと僕がいつも使っているベッドの中へと潜り込んでいくヒダカ。見慣れた空間に、見慣れない人。なんとなくむず痒いような、そんな気がしてくる。
「じゃあ、電気消すよ」
「うん」
年ごろの女の子と暗い部屋で二人っきり。ヒダカは一人だと眠れないようだったけど、僕からしたら二人のほうが眠れないと思う。いつもなら聞こえないはずのヒダカの呼吸音も、今ならよく聞こえる。ヒダカも、ほんとに生きてるんだね。
「……私のいた世界ではね、」
こんな言い伝えがあるの。
「眠れない夜は、自分が本当に信用できる人と一緒に寝る。そうすれば、少しずつ心が穏やかになっていって、自分でも気づかないうちに夢の中に行けるんだ」
「私はね、エイトのこと、一番信頼してるんだよ」
怠惰な少女。僕のヒダカに対する第一印象は、そんなだった。怠惰ってのは悪いことだし、許すべからざるもの。ヒダカは、最初僕の目にはそんな風に映ってたんだ。
でもね、今はもう違う。怠惰というか、ヒダカはヒダカなりのペースってのを持ってるんだ。自分なりの考えってのを持ってて、知らない世界の中でも、流されず自己を持って生き抜いてる。
そんなヒダカが、僕を信頼している。右も左も分からない世界で、僕を信頼してくれている。
ヒダカには、知り合いがいない。じゃあさ、僕がヒダカを守らなくて、誰がヒダカを守るんだ? 誰がヒダカのこの世界での正しい在り方を保証してくれるんだ?
僕が、ヒダカの、
「僕も、ヒダカのことを信頼してるよ」
「……ありがとう」
「だからさ、一つ教えて欲しいんだけど」
「なに?」
「今朝、なんであんなに元気がなかったの」
物憂げな表情をするヒダカを、僕は朝からずっと見続けていた。まるで作ったような笑いをしたあとでそんな哀しげな表情をされると、僕まで少し不安になってくるんだ。僕って、今間違ってるのかなって。
「……そんなに大したことでもないんだけどね。ただ、このままこの世界で生きていって、私はこれから幸せになれるのかなって、ちょっと怖くなっちゃっただけ」
「ちょっと口悪くなっちゃうけどね。私はさ、この世界に生きる人たちはさ、生きる楽しみってのが分かってないって、そう思うんだ」
全員が勤勉であり続ける世界。みんなが絶え間なくそれぞれ努力をし続けて、無駄な娯楽なんかが発展しなかった世界。そんな世界でも、というかどんな世界でも、少なからず時代の波に乗り切れずに社会から排除される人間ってのは、絶対に存在する。
俗に言う「社会不適合者」。言い換えれば、時代の潮流に乗らない天邪鬼。反骨精神の権化。
ヒダカは、もうその境界線のすぐ手前まで来てるんだ。あと一歩足を踏み出してしまえばもう一生戻れないような、一方通行の一本道にまで。
間違っていると分かっていながら、進まないといけないときもある。それは、どれだけ怖いことなんだろう。
結末だけは、分かってる。
僕のお母さんが、そうだったから。
「ごめんね、暗い話ばっかりだったよね。なんか楽しい話をしようよ、エイト」
「そうだね」
「じゃあさ、エイトはさ──」
「そろそろ眠くなってきたし、僕もう寝ようかな」
「私も眠くなってきたかも」
「おやすみ、エイト」
「おやすみ、ヒダカ」
なんかもう、色々疲れたな。
そう悩める僕は、もう勤勉じゃないのかもしれない。
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