間違った幸福 2

 ヒダカと出会ってから、およそ半年が経過した。季節は、もうすっかり冬になっている。


 ヒダカの勉強の進捗はと言えば、もうそれは驚くほど順調に進んだよ。

 というのも、ヒダカはとてつもなく頭が良かったんだ。単に賢いだけじゃなく、記憶力や暗記力も人一倍長けていて、文字から教え始めてまだ半年しか経っていないというのに、すでにヒダカは簡単な文章なら話すことができるようになってるんだ。

 ヒダカがあまりに勉学の才能があったから、僕のお父さんは「ヒダカを学校に入れてみないか」なんて提案までしてみたんだけど、当の本人がそれを嫌がったので、結局その話は無しになった。

 どうやらヒダカは勉強を強制されるのが嫌いらしい。自分で好きなときに勉強できて好きなときに僕に質問をできるこの状況が、ヒダカにとっては最適な学習環境だということなんだってさ。

 ヒダカは多少怠惰なところがあるから、自宅ならまだそれを隠蔽できるかもしれないけど、学校ともなるとそれを隠すのは難しい。ヒダカの生命を守るためにも、学校には行かないほうが良いということで、話はまとまった。



    *    *    *



 ある日、ヒダカも含めて僕たち家族が夕食を食べているときだったかな。僕のお父さんは、ヒダカの語学力をさらに伸ばすために、こんな提案をしたんだ。


「ヒダカ、お前『歴史館』には興味ないか?」


 ヒダカは口の中に米を運んで咀嚼したのち、それをごくん、と飲み込んでから、答える。


「興味は、ちょっとあるかも」

「そろそろ座学メインでの言語学習も行き詰まってきたころだろう。うちに篭りっきりだと、話せる相手も俺たち家族だけしかいないからな」


 ヒダカは、この半年間ほとんど外での学習はしていなかった。もちろん学習外での外出に関しては、散歩したり買い物について来てもらったりしてるんだけど、そのときも外の人間と話す機会はないから、ヒダカは僕たち家族以外とは全くと言っていいほど会話をしたことがなかったんだよね。

 人間ってのは少なからず会話の癖とかがあるから、やっぱり語学力を育てる上で特定の人だけと対話をするのはあんまり教育的とは言えない。

 それを見越して、あとはこの国の歴史にも興味を持ってもらうため、お父さんはこの提案をしたんだろうね。僕個人的には、割と良い提案だと思ったよ。


「いいんじゃない? 歴史の勉強にもなるし」

「そうだな。良い刺激になると思うぞ。どうだ、ヒダカ」

「エイトは行くの?」

「ヒダカが行くなら、僕もついてくよ」

「私は、エイトが行くなら行く」

「よし、じゃあ、行くってことで決まりだな! 俺は車を出してやるから、お前ら二人で歴史館を回ってこい!」

「ありがとう、お父さん」

「ありがとうございます、リンジさん」

「改めて言われると、ちょっと照れるなぁ」


 善は急げ、早速明日行ってこい、とお父さん。

 まあ明日は元から何も予定は入ってなかったし、まあいいか。ヒダカは大丈夫だろうか、って思ったけど、ヒダカに予定なんてあるわけないか。あるとしても、寝るくらいだろうし。


「歴史館って、何があるんですか?」


 ヒダカはご飯を食べる手を止めて、そうお父さんに訊ねる。


「んー、まあ、歴史館って言ってもその種類は何個かあってだな、ヒダカに行ってもらうのはそのうちの『怠惰歴史館』ってとこだ」

「怠惰歴史館、懐かしいなぁ。僕も低学生のときは嫌というほど行かされたよ」

「この国における『怠惰』の考え方とか、『怠惰罪』が作られた歴史とか、そういうことについて学べるところだ」


 この国では、義務教育として低学生、中学生として教育を受けることが定められている。とくに、七歳から十二歳までの六年間は、低学生として色んな歴史館を巡って、この国の歴史について知見を深めるんだ。

 ちなみに、中学生は十三歳から十八歳までの六年間で定められているから、年齢的にはヒダカもこの国では中学生に当たるよ。

 夕食を食べ終えたヒダカは、いつものように父親のお皿洗いを手伝ったのち、自室(昔母親が使っていた部屋をヒダカ用に改築)へと戻っていくのだった。

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