勤勉至上主義の世界における幸福とは

杞結

プロローグ

プロローグ

 人は何をもって幸せとするのか。

 その基準は人によって全く異なるのだから、幸福の形っていうのは人の数だけ存在する。

 これは至極当然でいたって当たり前の話なんだけど、実は意外と気づかない人ってのも世の中にはたくさん存在するんだよね。


 正義は必ず勝つ。愛はお金で買えない。

 そんな常套句が世間には数えきれないほど転がっている。そんな形骸化した嘘っぱちの言葉の中に、一体どれほどの「正解」があるのだろうか。正義なんてものも結局はその人の考え方次第なんだし、愛にだってお金で買える形もある。これもやっぱり、人の数だけ「正解」はあるんだ。

 多数派の意見だからってそれが絶対に正しいとは誰にも証明できないのに。どうして人はこうも簡単に見知らぬ他人の意見に軽率に同調できるのだろう。生まれた場所も、育った環境も、影響を受けた思想も、尊敬している人も、なーんにも知らないのに、それらをすっ飛ばして他人の「正解」を気安く語るのは、もはや暴力に等しいんじゃないかと、僕は思うよ。


 ……今でこそ、言えることなんだけどね。

 昔は僕も君の言っていることが全く理解できなかったんだ。この流行したもん勝ちの世間の一員として、多少君のことを蔑んでた。

 でも、今ならもうはっきりと胸を張って言える。


「僕にとっての幸せは、君とこうして『勤勉』から逃げることだ」


 そよ風の吹き抜ける小高い丘の上で、僕たちは夜空を見上げながら二人だけの幸せを噛み締める。幸せの二人占め。

 三角座りをする君のほうをちらと見てみる。

 目が合う。でも、もう慌てない。


「だからさ、」


 世界はいつだって間違ってるんだ。僕が僕の好きなことをして、誰がそれを責められようか。

 覚悟は、とうの昔にできている。


「一緒に地平線の彼方まで逃げ続けよう。世界が、その間違いに気がつくまで」


 落ち着いた声で、君も答える。


「気づくまであとどれくらいかかるかな」

「分からない。でも、果てしないだろうね」

「私たちの一生のほうが先に終わるかな」

「そうかもね。そしたら、僕たちは世界に見向きもされないまま、地獄に落ちるかも」

「大丈夫だよ。きっと地獄にも小さな幸せはあるよ」

「そうだよね」



「あっ、流れ星」


 満天の星が輝く夜空に、一瞬だけ、一際明るく煌めく流れ星を見つける。二つ、同時に流れる。

 そんな今まさに寿命を終えた宇宙の異端児は、僕たちの先陣を切って世界へと立ち向かったのだ。散りゆく彗星の破片は、僕たちに願いを与える。そしてまた、希望も与える。


 じゃあ、そろそろかな。

 そろそろ、楽しくなってきたんじゃない?


 そうして世界に立ち向かった二人は、誰の目に留まることもなく、そのまま姿を消していくのだった。

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