異世界ショートショート劇場

円 一

投稿小説の読者数を増やすためのたったひとつの冴えたやり方

「――ああ、どうやったら、閲覧数って増えるんだろうか?」


 Yは、スマホの画面を何度もリロードしながら、忸怩たる思いで、そう呟いた。Yは都内の大学に通う二十一歳の学生である。


 しかし、彼には本分の学業とは別に、情熱を賭ける対象があった。それは小説を書いて、小説サイトに投稿することである。


 彼の創作ジャンルはいわゆる転生系の異世界ファンタジーであった。元々、そのジャンルにおける熱心な読者であったYは、いつしか自分でも書いてみたいと思うようになったのだ。

 いわば王道のジャンルといっていい。


 ところが、Yには最近思い悩むことがあって、それは彼の書いた小説がなかなか読まれないことであった。


 まだ投稿を初めて一カ月しか経っていなかったもののの、エピソード毎の閲覧数は多い時でせいぜい十数プレビュー。それどころか一桁であることも少なくない。


 ましてや応援や感想数に至っては、壊滅的なレベルである。


――もう、やめようかな?


 もともと飽きっぽい性分のYはついそんなことを考えてしまう。

 かつては、投稿を始めるや、すぐに人気が出て、出版社から書籍化依頼が相次ぎ、プロデビュー。一躍、売れっ子作家という甘い夢を抱いていたYだが、ここにきて現実の厳しさを思い知らされていた。


「ああっ! もう寝よ、寝よ!」


 時刻は夜中の3時を過ぎている。

 このまま寝不足の頭で悩んでも、碌な考えも浮かんでこないだろう。


(今から寝ても、明日の午前中の授業は、また寝過ごすだろうな)


 そんなことを思いながら、Yが部屋の電灯を消した時である。


「わっ、なんだ、お前は!」


 なんと、部屋の奥に黒いスーツを着た一人の男がいきなり立っていたのである。その表情は帽子の影になって、よく見えない。それなのに不思議なことに、男の全身はぼうっと淡く発光していた。


「突然のご訪問で驚かせてしまい、すみません。わたしは異世界転生の代理人エージェントです」


「異世界転生……?」


 Yは最初こそ驚いたものの、さすがファンタジー小説を読みこんでいるだけあって、このような非日常的な事態にも耐性があったらしい。つい恐怖心よりも、男の言葉に興味を惹かれてしまい、そう尋ねた。


「はい。異世界転生小説の熱心な読者であるY様は、今回、特別な権利を得られたので、そのご案内に参ったのです」


「権利って、もしかして……」


「そう、異世界に転生できる権利でございます。剣と魔法が隆盛を極め、人跡未踏の迷宮ダンジョンが口を広げ、モンスターやドラゴンが跋扈する、そういった世界になります。あなた様には、その異世界において、スぺクタルな大冒険を繰り広げて欲しいのです」

 

 Yは思わず武者震いをする。男の申し出は、Yにとって、期待以上のものだった。彼はファンタジー小説の熱心な読者であったが、もともとは彼自身が、そのような異世界を冒険したいという強い憧れがあったのだ。


 現実世界とは異なる魔法体系の原理。襲い掛かる強力な魔物。そして美しいヒロインと恋慕を寄せ合いながら、数多の困難を乗り越え、歴史に残るような偉業を成し遂げていく。


 小説を書くという行為も、結局は、それが非現実だという諦念からくる代償行為であった。


 Yの気持ちの天秤はみるみるうちに男の申し出を受ける側へと傾いていった。それでもYは、あまりに上手すぎる話に、警戒を重ねて、この悪魔のように怪しげな男に尋ねた。


「ひとつ、聞かせて欲しい。君は代理人エージェントだと言ったが、そうなると僕は異世界転生の報酬として、君に金銭だとか――もしかすると魂とか――を支払わなくてはいけないんじゃないのか?」


 すると男は答えた。


「ご懸念の点はもっともでございます。しかし、ご安心ください。実は私の依頼主は他にいて、報酬はその方から頂きますから、Y様には一切のご請求は致しません」


「依頼主?」


「はい。その依頼主とは異世界転生小説の作者様でございます。それというのも転生された方の活動の記録は依頼主様にご報告することとなっております。依頼主様は、いわばその転生者様の実体験をベースに異世界転生小説を書き上げるのです。そうすれば、大変スリリングでエキサイティング、かつ魅力的な小説となる、とまあ、そういう需要があるわけです」


 Yはそれを聞いて空いた口がふさがらなかった。だとすると、彼が知っている人気作家の中にも、そんなやり方に手を出している書き手がいるのではないか。


「ご明察の通りでございます。全てとは申しませんが、出版化してベストセラーになるような一部の作者様には、一定の割合で私どもの依頼者様が含まれています」


 なるほど、それならばYの小説の閲覧数がなかなか増えなかった理由もわかる。彼は今までそんな裏技も知らず、ただ真面目に自身のイマジネーションだけを頼りに小説を書いてきたのだ。


 とはいえ、自分がその小説の主人公の立場に回れるのなら、もうそんなことは不問に付してもいい。


「よくわかったよ。つまり僕の冒険も、小説になって、君の報酬はその作者から支払われるということだね。ちなみに今回の依頼主が誰だか聞いてもいいかな?」


「ぼんぼるん様でございます」


 えっ、とYは声をあげた。


 ぼんぼるんなら知っている。彼の投稿する小説サイトにおいて、長年の間、ランキング上位に顔を出し続けている作家である。彼の小説は新作が発表されるごとに書籍化され、そのうち半数以上がアニメ化。累計発行部数は500万部を超える、まさに超がつく人気作家である。


 もちろんYもぼんぼるんの小説は全て読んでいる。

 ところが、Yが彼の名前を聞いて複雑な気持ちになったのは、つい三日前にぼんぼるんとSNSで直接交流する機会があったからだ。


 それというのも、ぼんぼるんは定期的にSNSで音声配信ライブを行っているのだが、読者からの質問コーナーで、Yの書き込みが幸運にも取り上げられたのだ。


――ぼんぼるんさん、はじめまして。Yといいます。僕も小説を投稿しているのですが、なかなかプレビューが増えません。どうすればいいでしょうか?


――ああ~、閲覧数をあげたいね。小説投稿を始めた当初は誰でも思い悩むんだよね。そんな君に僕からできるアドバイスはひとつだけ。とにかく数をこなすこと。ひとつのアイデアに固執するんじゃなくて、とにかく失敗を沢山繰り返していった方がいいね。結果を求めると、つい近道ばかりしたがるものだけど、結局のところ、目に見える成果ってのは、どれだけ失敗を経験したかで決まるんだよ。


 Yはそれを聞いて、がっかりした。

 彼が求めていたのは、そんなお説教じみた一般論ではなく、もっと即効性のあるハウトゥーだったからだ。


 しかも失敗するほどいいというが、ぼんぼるんの小説はアニメ化された初投稿作から新作まで含めて、全作品が多くの読者に支持される人気作となっている。いわば、ぼんぼるんほど失敗という言葉の似あわない作家はおらず、その言葉にはまったく説得力というものが欠けていたのだ。


 結局のところ、ぼんぼるんのアドバイスは、勝ち組の人間にありがちな「自分は誰よりも努力してきたアピール」に過ぎないのだろう。Yはそう思って、ぼんぼるんの人間性を低劣なものであるとさえ切り捨てていたのだが、まさか彼がそのような技法を用いていたとは、二重に裏切られた気分である。


 そういった事情から、自分の努力が、ぼんぼるんに利用されることは、Yにとって、決して気分のいいものではなかった。しかし、考えてみるに、異世界に転生して、憧れの冒険の日々に身を投じるチャンスなど、そうそうあるものではない。

 ここで断ってしまう方が、きっと後悔するに違いない。


「わかった。申し出を受けよう。異世界転生をお願いするよ」


「わかりました。それでは目をつぶってください。ご存知のように、異世界転生のためには、古い殻を脱ぎ捨てる必要があります」


 それは、つまり今の身体は死ぬということだろう。しかし、そんなことはとっくに覚悟していたことだ。

 Yは目をつぶる。


 すると急に胸が苦しくなって、意識が遠くなってきた。やがて意識が完全に消え去ろうかという直前、男の声が聞こえた。


――そうそう、異世界への転生者には特別なスキルが与えられます。Y様には、『無から植物を生み出すスキル』が与えられます。


 男の言葉を最後に、Yの世界は暗闇に閉ざされた。


 〇


 目が覚めると、Yは森の中にいた。

 しかし、原色の葉につたに彩られた大ぶりの木が鬱蒼と茂った生態系は地球上のどこにも見たことがない。

 どうやら、異世界転生は無事に成功したようだ。


 しかも、自分の様子から察するに、前世での姿・年齢をそのまま留めているタイプの転生らしい。


 まあ、憧れの異世界に転生したのだから、そんなことはどちらだろうと気にしない。問題は、転生直前に男が言った『無から植物を生み出すスキル』である。

 

 はっきり言って、戦闘に役に立つとはいえない。ゴミスキルといっていい。


 とはいえ、Yも長年、転生ファンタジー小説を読んできただけあって、察するものがある。

 今回は、役に立たないゴミスキルを駆使して、周囲の軽侮を見返ザマァしながら、どんどんと成り上がっていくタイプの物語なのだろう。


 それはそれで悪くない。それにYは、自作小説の構想に花言葉を取り入れていたため、花に詳しかった。つまりYなら、現代知識でこのゴミスキルも上手く活用できる。おそらく、この選択は、そういった事情も勘案されてのものなのだろう。


 その時だった。


 空から轟音が鳴り響いたかと思うと、上空を覆い被す枝を巨体で押し潰しながら、なにかが飛び降りてきた。


 それは真赤な鱗をしたドラゴンだった。


 一般クラスの冒険者なら、間違いなく逃げるしかない相手である。ましてやYは、この世界では生まれたての駆け出しに過ぎない。


 しかしYは慌てなかった。なぜなら、彼には転生時に与えられた特別なスキルがあるからだ。ドラゴンは知恵深い生き物である。Yが一般的な冒険者と異なる行動をとれば、きっと好奇心を刺激されるだろう。


 ならば、この気高きモンスターには椿の花が相応しい。

 花言葉は「控えめな優しさ」だ。


 Yは訝し気なドラゴンの鼻先に向けて、両手を差し出した。


 その掌から真赤な椿の花が咲いた次の瞬間、ドラゴンの“炎の息吹ファイアブレス”によって、Yの身体は灰の一片すら残すことなく、完全に消滅した。


 赫山マグマより生まれしドラゴンは、自身の姿をみても逃げることなく、それどころか意味の分からないものを差し出してきた不気味な人間を排除すると、ようやく安心したように、うつらうつらと居眠りを始めるのだった。


 〇


 人気投稿者ぼんぼるんの部屋に黒いスーツの男が現れたのは、それから間もなくのことであった。

 男はぼんぼるんに軽く会釈をすると、肩を竦めて首を振った。


「どうやら今回の転生者も消失ロストしたようです」


 それを聞いて、ぼんぼるんは深いため息を吐いた。


「そうか、仕方ない。さすがに今回はスキルがひど過ぎたかな。でも、あんまりチート過ぎるより、役に立たないスキルを上手に活用できた方が、面白い物語になるんだけどな。まあ、そうそう都合良くはいかないか」


「ご依頼通り、追加で五十人ほど転生候補者をピックアップしております。いずれも異世界転生に憧れ、現実世界に未練を残さない者どもでございます」


「それじゃあ五十人全員の転生と、それから新しい候補者のリストアップも並行して、お願いするよ。失敗を繰り返せば、そのうち上手く異世界で成功を掴む転生者も出てくるだろう」


 かしこまりました、そう言って黒いスーツの男は消えた。

 一人部屋に残されたぼんぼるんは、薄暗い部屋で誰に聞かすともなしに彼の創作信条を呟くのだった。


「――とにかく数をこなすことだからね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る