第35話 霊能力者と非霊能力者
あれほど強かった日差しが嘘のように落ち着いていた。
私たちが零楼館についた時には鈍よりとした雲が太陽を隠していたのだが、一日の間にこれほど天候が変化するものなのかと少しだけ不思議に思っていた。
愛華ちゃんは何も触れなかったのであえて聞くこともなかったのだけれど、私が校門のところにいるのを見た幽霊の集団は零楼館の裏にある野外スタジオに次々と入っていっているのだ。あそこで何が行われているのか気にはなっているのだけれど、誰も何も触れようとしないので私は黙っておくことにした。何も知らない千秋に余計な気を遣わせたくないというのもあるけれど、あの野外スタジオで行われていることを知りたくないというのが私の本音ではあった。
「あれれ、もう始まっちゃってるみたいだよ。私たちがつくまで待っててねって言ってたんだけど、真名先輩って自制心がないな。でも、その前に二人ともお手洗いに行っておいた方が良いと思うよ。もしかしたら、今夜は長くなっちゃうかもしれないからね」
愛華ちゃんの脅しともとれる言葉にそんなに深い意味はないんだとは思うけど、どこまでも終わりが見えない幽霊の行列が私の不安を煽っていた。
「随分と長かったみたいだけど、トイレでなんか他の事してたの?」
「そうじゃないよ。出るかと思ったけどあんまり出なかっただけだし」
「そうなんだ。それだったらいいんだけどさ。それにしても、さっきまでの天気が嘘みたいな曇り空だよね。あんたって雨女だっけ?」
「どっちかって言うと晴れ女だと思うよ。千秋と遊ぶときっていっつも晴れてるじゃん」
「確かに。それにしても、なんか嫌な雲だよね。天気予報を見ても雲が出るなんてどこにも書いてないよね。帰るときは雨になってないといいな」
窓から見える景色はどこを見ても曇が空を覆い隠していた。換気のために空いている窓から入ってくる風はどこか湿っぽくて生暖かい。肌にまとわりつくような湿った風は少し苦手だったけど、部屋に入ってきた清澄さんが窓を閉めてくれたので少しだけ気が楽になった。
「急に呼び出しちゃってごめんね。君たち二人には僕から直接これから何が起ころうとしているのか説明しなくちゃいけないと思ったんで来てもらったんだよ。僕の方から出向いてもよかったんだけどさ、僕みたいなおじさんがいきなり君たちの事を訪ねていくのもおかしいと思ってここにきてもらったんだよ。二人ともここなら安心かと思ったんだよね」
「あの、私は茜と違って幽霊とか見えないんで説明してもらっても理解出来るかわからないかもしれないんですけど、それでもいいんですか?」
「もちろん。千秋ちゃんにも聞いてもらった方が良いと思ったから呼んだんだよ。千秋ちゃんはきっと今回の件に関わったとしても何の力にもなれないって思ってるのかもしれないけどそれは違うよ。千秋ちゃんがいることで茜ちゃんが自分の事を信じることが出来るようになるわけだし、それがうまなちゃんを助けることにもつながるんだよ。つまり、千秋ちゃんがいないとうまなちゃんを助けることが出来ないって意味になるんだよね。幽霊が見える見えないは関係なく、千秋ちゃんが茜ちゃんの近くで見守っていてくれているという事実が茜ちゃんの力になるんだよ」
清澄さんの言葉を聞いた千秋は真っすぐな目で私を見ていた。いつもよりも真剣な表情で真っすぐな視線は私の事を試しているようにも見えていた。
「私が出来ることなんて近くにいるだけって言ってるんですよね?」
「まあ、正直に言っちゃえばそういう事にはなるね」
「やっぱりそうですよね。私は何も出来ないってのはわかってたんです。茜と愛華ちゃんが私とは違うモノを見ているってのは最初から気付いてました。私は昔から茜が何か私に見えないモノが見えているというのは知ってたんです。それが幽霊だろうなって言うのも何となく気付いてはいたんです。私と茜は一緒にいない方が良いんじゃないかって思ったことも何度もあるんですよ。でも、ある時に気が付いたんです。幽霊が見えない私よりも幽霊が見えている茜の方が私の何倍も怖くて辛い思いをしているんじゃないかって思いました」
「それはあるかもしれないね。前にも言ったことがあったかもしれないけど、幽霊ってのは基本的に自分を認識していない相手に対しては何も出来ないんだよ。自分がここに存在していることを認識している人間がいて初めて幽霊として成立すると思ってくれていいんじゃないかな。まあ、幽霊としても自分の事を見つけてもらうために色々とちょっかいをかけてくることはあるんだよ。ラップ音だったりポルターガイストだったり心霊写真だったり、そう言ったことで自分の存在を認識してもらおうと努力しているんだよ。それで、相手が気付いてくれたらどうするかと言えば、その相手を弱らせるような行動をとるんだよ。驚かせたり怖がらせたり不安な気持ちにさせるんだよ。そうすると、人間の力は少しずつ弱くなっていって、幽霊からも直接手を出しやすくなるんだ。生きている人間の気力や体力を奪って幽霊と同じくらいの精神状態まで持っていく事によって幽霊が生きている人間に影響を及ぼすことが出来るようになるって事なんだよ。つまり、幽霊が見えなければ影響なんて何もないし、そこに幽霊が存在しているって思わなければどんなに幽霊がいたって今までと何一つ変わらない生活を送ることが出来るんだよ」
「それって、私は幽霊が見えないから茜の近くにいて支えてあげればいいって事ですか?」
「まあ、そういう事だね。今のうまなちゃんも千秋ちゃんと一緒で幽霊は見えないってのは知ってると思うけど、彼女の場合はちょっと他の人とは違って厄介なところがあるんだよね。うまなちゃん自身は幽霊なんて見えていないんだけど、潜在的に秘めている彼女の力は幽霊や周りの人にも影響を与えてしまうんだよ。それが良いものか悪いものかは別として、彼女と一緒にいると幽霊の影響を受けやすくなってしまうんだよ」
「それって、青木たちが何か影響を受けてるって話ですか?」
「そういう事になるかな。青木さんもそうだけど、青木さんの彼氏とその先輩はもともとも性格もあってだけど、悪い霊に取り憑かれちゃってるのかもしれないね。その話を二人には聞いてもらおうと思うんだけど、心の準備が出来たら教えてね。千秋ちゃんには影響ないと思うんだけど、茜ちゃんにはちょっと刺激が強いかもしれないからね」
不安そうな表情で私を見てくる千秋に私は精一杯の笑顔を見せていた。自分では満面の笑みのつもりではあったのだけど、いつもとは違うひきつった笑顔だというのはわかっていた。
今も続く長い幽霊の行列がいったい何のためのモノなのか、何となく察してしまった私は笑顔を作ることなんて出来なかった。
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