第22話 終わりの時

 引いても押してもスライドさせても開かない扉にイライラしたのか外にいる人は思いっきり扉を蹴っているような大きな音を立てていた。

 ドンと大きな音が鳴るたびに私や詩織ちゃんたちは恐怖を感じてお互いに身を寄せ合っていた。詩織ちゃんはこれから何が起こるのかわかっているのかずっとひきつった顔を見せていた。

「ねえ、向こうで扉を叩いてるのっていったい誰なの?」

「詩織は知ってるんでしょ。教えてよ

 茉子ちゃんと友紀ちゃんの言葉を聞いても詩織ちゃんは二人に謝るだけで説明をしてくれないし、浩二君は浩二君で私以外の三人に対して謝っているのだ。私にも説明してほしいのだけど、あんなに取り乱している二人を見ていると私だけは助かるんじゃないかという根拠のない自信がどこからともなくわいてきていたのだ。

「あの、博臣君。さっき言った通り可愛い子が揃ってるってのは嘘じゃないから。博臣君の好きな処女の女子高生がいるからってそんなに焦らなくても良いって。そんなに興奮しなくても逃げたりなんて出来ないんだから、鍵を開けて入ってきてよ」

 勇作さんも少し焦っているのか顔に汗を浮かべながら必死に話しかけていた。

 勇作さんの言葉が届いたのか荒々しく扉を叩いたり蹴っていたと思われる衝撃音がおさまると一転して控えめなノックがやや間をあけて聞こえてきた。コン、コンと聞こえてくる二回のノックが少しの間をあけて何度か繰り返されていたのだが、何回目かのノックの時に少し大きな音になっていったのを聞いた勇作さんは慌てて扉の前まで走っていった。

「そういう事だったんですか。鍵を持ってくるの忘れたって事ですね。気付かなくて済みません。今こちら方鍵をあけますから待っててくださいね。博臣君も焦って忘れ物するときがあるなんて意外だな」

 そう言いながらも私たちの方をチラッと見た勇作さんの顔はとても嫌らしく不快なものにしか見えなかった。

「お待たせしました。博臣君が好きそうな子ばっかりですからね。好きな子からどうぞ」

 相変わらずニヤニヤと下品な顔で私たちを見ながら扉を開けた勇作さんではあったが、誰かの手がスッと伸びてくるとそのまま勇作さんの顔を掴んで外へと引っ張っていった。

 私たちは何が起こったのかわからなくて確かめに行きたいところではあったが、あの扉の所まで行くのは危険なような気がしていた。全員で扉まで走っていって同時に飛び出せば何人かは逃げ切れるかもしれないと考えてみたけれど、向こうは車でやってきているという事を思い出して走ったところで逃げ切れるはずもないだろうと思ってしまった。

 勇作さんが外に引きずり出されてすぐに扉が閉まったので何が起きているのかわからないけれど、浩二君が私たちと扉の間に入って形だけは守ってくれているようなポーズをとっていた。そんなことしても遅いとは思ってしまったけど彼を囮にして逃げた方が良いんじゃないかと茉子ちゃんと友紀ちゃんが相談していた。詩織ちゃんはそんな二人に何も言わずに泣きそうな顔でじっと浩二君の背中を見ていたのだ。


 勇作さんが外に引っ張られてからどれくらい時間が経ったのだろう。五分も経っていないとは思うけどその時間はとても長く普段であれば耐えきれないくらい静寂が支配していた時間帯であった。

 そんな静寂を打ち破るかのようにゆっくりと扉が開くと、そこに立っていたのは殴られて顔が血まみれになっている勇作さんの髪を掴んでいる稲垣さんだった。

「もう大丈夫だよ。こいつらの事で何も心配しなくてもいいからね。ここにはもう用事もないと思うし帰ろうよ。ほら、うまなちゃん行くよ」

 稲垣さんがここにいる理由もわからないし勇作さんの髪を掴んでいる意味もわからない。ただ一つ言えることは、私が考えていた最悪な事態にはならなかったという事だった。

「ちょっと待って、なんであなたがここにいるの。それよりも、勇作さんは死んでるの?」

「死んでるわけないでしょ。こいつを殺したら私は犯罪者になっちゃうじゃん。私は犯罪とかしたいって思ったことないよ」

 稲垣さんが勇作さんをあんな目に遭わせてしまったのかわからないけど、状況を見るからに稲垣さんが勇作さんを痛めつけたのは間違いないだろう。あそこまで顔が変形してしまうくらい殴るのは犯罪じゃないのかなと思ったけれど、変なことを言って稲垣さんが私の事をあんな風にしたりしないかと思うと怖くて返事をすることが出来なかった。

 とにかく、私は稲垣さんに呼ばれているという事もあって入り口の方へ向かおうと思ったのだが、腰が抜けてしまっていたようでうまく立ち上がることが出来ずにいた。何かに捕まって立ち上がろうと思ったんだけど、近くにある椅子の背もたれも高すぎて届かないので上手く立ち上がることが出来なかった。

「あれ、どうしちゃったんだろう。うまく立ち上がれないよ」

「それは大変だ。ねえ千秋、うまなちゃんの事を助けてあげてよ」

「なんで私に言うのよ。あんたが行けばいいでしょ。って、あんたはここに入りたくないんだったね。入りたくない意味がわかんないけどさ、別に私は気にしたりしないから。連れてくるのはうまなちゃんだけでいいのよね?」

「うん、愛華ちゃんの車はあと一人しか乗れないし、青木たちは誰か他の人が迎えに来るでしょ」

「分かった。じゃあ、私がうまなちゃんを連れてくるけど、本当に私は入って大丈夫なんでしょうね?」

「大丈夫。変なのはみんな私の持ってるこいつを見てるから」

「うわ、そういうの教えてほしくなかったわ。じゃあ、私は気にしないようにするわ」

 稲垣さんの隣をゆっくりと通って坂井さんが私の方へと向かってきた。

 この時点でも何が起きているのかわからないのだが、それは詩織ちゃんたちも一緒のようだった。

「ゆっくりでいいからね。どう、立てそう?」

 私の腕を自分の方に回して私の腰に手を添えてくれた坂井さんのおかげで私は無事に立ち上がることが出来た。支えられて何とか私は歩くことが出来るようになったけれど、いつものように普通にあることは出来なかった。一歩ずつゆっくりと扉の方へと近付いていく事しかできなかったのだ。

「ちょっと待って、私たちの事置いてかないでよ」

「置いていくも何もあと一人しか乗れないんだって。それにさ、おしっこ漏らしているような人をそのまま車に乗せたくないって」

 私が一瞬振り返って見たところ、詩織ちゃんが顔を真っ赤にしてスカートを押さえていた。何か変なにおいがするなとは思っていたけれど、そういう事かと納得することが出来た。

 私が外に出ると稲垣さんは勇作さんの髪から手を離して坂井さんとは反対側から私を支えてくれていた。

「ちょっとあんた、そんな返り血まみれの体でうまなちゃんに触れないでよ。気持ち悪いでしょ」

「あ、忘れてた。ごめんね」

 稲垣さんは私から離れて申し訳なさそうな顔をしていた。

「私なら気にしてないよ。ありがとう」

 私に血が付くことを気にしてないと言えば嘘になるけれど、助けに来てくれた稲垣さんに感謝の気持ちはもちろん持っていた。

 駐車場の方へ向かうとそこには愛華ちゃんが私の事を待っていてくれた。

 愛華ちゃんは車の中から水を二本取り出すと一本は私にもう一本は稲垣さんに渡してくれた。私はゆっくりと味わいながら水を飲んでいたのだが、稲垣さんはその水を顔にかけて返り血を落とそうとしていたけれどそのままでは着ている服にも血がついてしまうという事を指摘されてパーカーとシャツを脱いで下着姿になっていた。

 近くに誰も見ている人がいないからとはいえ大胆だなと思っていたけれど、私は今まで隠されていた立派なオッパイの存在に初めて気が付いてしまい、少しだけ悲しい気持ちになってしまった。

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