第7話 変わった依頼(ストーカー相談)

 うまなちゃんがきてから愛華も少し明るくなったような気がする。前からよく笑う子ではあったがより自然に笑っているように見える。自分よりも年下の仲間が出来たことで今まで見えていなかったお姉さんらしい一面が出てきたと本人は言っていたけれど、残念なことに彼女にはお姉さんだと思えるような言動は見られなかった。

 二人とも同じアイドルユニットが好きだという事もあって話も合うようなのだが、それは愛華が子供っぽいだけなのかうまなちゃんが大人なだけなのか判断がつかない。どちらもソレであっているような気もするのだけれど、どちらもそうではないと思ってしまうような場面をよく見かけるのだ。

 一回り以上も年齢が離れている二人がここまで仲良くなることがあるのは予想外ではあったが、今にして思えば栗宮院午彪・奈緒美夫妻は全てわかったうえで僕のところでうまなちゃんを働かせようと思ったのかもしれないな。ただ、二人が僕に頼んできたのはうまなちゃんをココで働かせるという事だけではなく、自分たちが関わるほどでもない中途半端な依頼を丸投げしてくることもあるのだ。

 僕が解決出来る程度の問題だから良いものの、こっちだって本業が忙しいんだから何でもかんでも回そうとしてくるのはやめていただきたい。


 栗宮院家から頼まれた仕事は長くても三日はかからない程度の軽い感じなのだけれど収入面では本業をこちらに切り替えた方が良いと思えるほど魅力的ではあった。だが、そんな仕事が定期的に回ってくることはなく、副業というよりもお小遣い稼ぎに近い感覚でしかないのだ。ただ、うまなちゃんのこと以外で彼らに恩を売ることが出来るのはとんでもないメリットであることは間違いない。


 待ち合わせ場所として指定されたのはどこにでもありそうな小さな定食屋だった。 

 壁に貼られている料理の写真はどれもこれも年季が入っているようで見た目は正直に言って食欲をそそるものではないのだが、他の客が頼んだ料理が運ばれているのを横目で見るとどれも美味しそうに見えて仕方ない。許されるのであれば、うちの従業員を全員連れてきて全商品を注文して写真を撮りなおしてしまいたいと思ってしまったのは内緒にしておこう。

 若い時は唐揚げだったりメンチカツだったりと揚げ物を頼むことが多かったけれど、今くらいの年齢になると揚げ物よりももう少し軽いものを頼みがちになってしまう。店に入る前は唐揚げ定食にしようなんて思っていたものの、一歩店の中に入ると不思議とそんな気持ちがどこかへ行ってしまうようだ。

「あの、清澄さんでよろしいでしょうか?」

 完全に不意を突かれた形で話しかけられたので上手に反応することが出来なかった。それでも僕は話しかけてきた人に対して精一杯の笑顔で答えることは出来た。出来たと思う。

「奈緒美さんから紹介していただいた石塚優希です。本日はよろしくお願いします。父が今日の料理はサービスすると言ってるんですけど、何か食べたいものはありますか?」

「こちらこそよろしくお願いします。せっかくなんで何かいただこうかとは思ってるんですけど、どれもこれも美味しそうだなって思ってしまって迷ってるんですよ。何かおすすめってありますか?」

 どれもこれも美味しそうだというのはお世辞ではない。壁に貼られている写真はちょっと残念な感じではあるけれど、他の席に運ばれている料理はどれもこれも美味しそうなのだ。

「おすすめですか。そうですね、男性だったら満福セットというのがあるんですが、それを試してみませんか?」

「満福セットですか。あんまり量は食べられないんですけど、それでも大丈夫な量ですかね?」

「大丈夫だと思いますよ。ラーメンと餃子とチャーハンと回鍋肉とデザートにゴマ団子が三つ付くだけですから」

「それって、全部ミニサイズですか?」

「いいえ、全部普通サイズですよ。お値段のことだったら気にしなくていいですから。父が私の話を聞いてくれるなら無料でいいって言ってくれてるんです。なので、清澄さんは気にせずに好きなモノを他にも頼んでくださいね」

 他にも頼んでくれと言われても、チャーハンだけでもお腹がいっぱいになりそうな気はしている。大盛なのか普通盛なのか判断できない量のチャーハンが運ばれているのを何度か見ていたのでそう思ったのだが、量が普通だったら食べてみたいとは思う。

 何度か石塚さんとやり取りを交わした結果、焼肉定食(全体的に量は少なめにしてほしい)を注文することにした。僕の注文を聞いた石塚さんはそのまま厨房の中へと入っていって、明らかに量が少なくないと思う焼肉定食を運んできてくれたのだ。

「あの、量は少なめにしてほしいと頼んだと思うんですけど」

「はい、少なめにしましたよ。味付けが薄いって思ったら付けダレも持ってきますから言ってくださいね。味付けを少なめってヘルシー志向なんですね」

 自分の考えを正しく人に伝えるのはとても難しいことだとは思うけれど、この場合の量が少なめは説明しなくても通じるものだと思っていた。だが、それは僕の驕りであり彼女は何も悪くないだろう。

 食べきれるかわからない量の焼肉に比べてご飯は普通サイズなのでそこだけは安心していた。とりあえず一口おかずを食べてみたところ野菜もちゃんとあるし、味付け自体も薄めなのでそこまで無理をしなくても食べきれそうな予感がしていた。


 やはり量は少し多かったとは思うけれど、全体的に薄味だったことと野菜が僕の味方をしてくれて食べきることが出来た。ただ、時間がちょっとかかってしまったこともあって閉店時間を少し過ぎてしまっていたようだ。

 店内にはテレビの音に交じって洗い物をしている音が聞こえていた。

 僕は食後に出してもらったアイスコーヒーを一口飲んで本題に入ることにした。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。で、石塚さんはどんな相談を奈緒美さんにしていたのかな?」

「この写真を見てもらってもいいですか。これを見れば説明しなくてもわかると思うんです」

 僕は差し出された写真を受け取って何があるのだろうと思いながら見ていると、石塚さんともう一人の女性の間に微かに男性が見切れているように感じた。

 楽しそうに笑っている石塚さんたちとは対照的に男性はどこか思いつめたような恨みがましいような表情のように見えたのだった。

「この写真に写っている人が誰なのか知りたいんです。いえ、この写真だけじゃなく、他の写真にも写りこんでるこの人って本当に人間なんでしょうか?」

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