第6話 初仕事(おばあちゃんの忘れ物)
今まで取ってきた写真の中でも間違いなく一二を争うくらいに上手く取れた写真がうまなちゃんの社員証として使われることになったのは少しだけ複雑な思いであった。自分の腕や用意した機材の影響がほとんどなくうまなちゃんの守護霊であるイザーちゃんの力によるというのが何とも納得しがたいことではあるが事実なのである。
真名先輩が珍しく私の撮った写真を誉めてくれたという事も私の気持ちを複雑にさせてしまう要因であった。
それと、うまなちゃんが本名で活動するにはご両親の名前の印象が強すぎるという事もあって仕事用の名前を付けることになった。私も真名先輩もうまなちゃんが決めた名前でいいと思っていたのでどんな名前にするのか少し楽しみであった。
出来上がったうまなちゃんの社員証に書かれている名前は“鈴木紗織”となっていた。本当に鈴木にしたのかという思いもあったけれど、それ以上に嬉しいという気持ちが私の中に芽生えていた。
うまなちゃんがフォトスタジオ零楼館でアルバイトをすることになって初めての撮影は仏蘭西館という名の喫茶店で宣材写真を撮るというものであった。
普通の仕事で心霊系とは関係ないと思っていたのでうまなちゃんの初仕事として真名先輩と一緒に選んだのだけれど、実際に仏蘭西館に行ってみるとその予想は大きく外れてしまっていた。私を指名してくれた時点で少しおかしいと気付くべきだったのだが、立地的にも時間的にも幽霊関係の写真を撮ることになるなんて思ってもみなかった。
周りの家よりも少し低くなっている場所にあるのに目立っているのは外壁や屋根が他の家と明らかに違っているからだろう。表札代わりに吊るされている看板は小さく目立つようなものではないのだけれど、建物自体が目立っているので仏蘭西館に行きたいと思ってこの辺を歩いていれば迷うことはないだろう。
建物の写真を一枚撮るべきか悩んでいる時に店の中から妙齢の女性が出てきて私たちに向かって深く頭を下げていた。その姿を見て私は思わずカメラを引っ込めて同じように頭を下げていた。隣をちらりと見るとうまなちゃんは私よりも先に頭を下げていたのであった。
「今日は遠いところをわざわざお越しいただいてありがとうございます。ささ、立ち話もなんですから中へお入りください。何か飲み物を用意いたしますが、温かいものと冷たいものでしたらどちらがよろしいでしょうか?」
最近は肌寒い日が続いていたこともあって今日は若干厚着をしていたのだけれど、今日に限っては思いのほか日差しが強く服装を間違えてしまったと思っていた。そんな事もあって私は冷たいものを希望したのだが、うまなちゃんも私に合わせて冷たいものをお願いしていた。こんな時はうまなちゃんに希望を聞いてから答えれば大人らしさを見せられたのかもしれないと少しだけ反省してしまった。
店長の時田千恵子さんが持ってきてくれたアイスティーを頂きながら今日の仕事内容の確認をしておいた。
色々なサイトのリニューアルを考えている時に真名先輩の事を思い出した時田さんが写真の撮影を依頼してくれたのだ。何年か前に真名先輩が私の事を紹介してくれていたこともあって今日の指名を頂いたという事なのだが、私には私が選ばれた理由はそれだけではないように思えていた。
仕事の話をするので他のお客さんの迷惑にならないように個室を用意してもらっていたのだけれど、私たち三人以外には誰もいないはずのこの部屋の中に誰かがいるような気配がしているし、部屋の隅の方から誰かの声が微かに聞こえているように思えた。ただ、私がそう感じているだけのようでうまなちゃんも時田さんも何か変わったことがあるような感じではなかった。
「ケーキやパフェの写真も何枚か撮っていただこうと思っているのですが、ケーキとかパフェはお好きですか?」
「はい、私は好きですよ。紗織ちゃんは甘いモノ好きだっけ?」
「私も好きですよ。エクレアとかも好きです」
うまなちゃんは意外としっかりしているなと思っていた。他のお客さんが食べていたエクレアが美味しそうだなと私も思っていたのだけれど、このタイミングでそれを言えるのはなかなか出来ないと少しだけ感心してしまっていた。
アイスティーを頂いてから写真を撮り始めていったのだけれど、先ほど感じていた何者かの気配や話し声は全く感じなくなっていて、建物も内装も無事に撮り終えることが出来た。その後は用意してもらったスイーツも一通り撮影していったのだけれど、どれもこれも罪悪感を覚えてしまうくらい美味しくて真名先輩に申し訳ないと思ってしまう程であった。
撮った写真を持ってきていたタブレットに転送して時田さんに確認してもらっているときにうまなちゃんが私の手を引いて私にしか聞こえないような小さい声で話しかけてきた。
「最初の部屋に入った時って私たち以外に誰かいたんですか?」
霊感のないはずのうまなちゃんにも感じたという事は私が感じていたアレは気のせいではなかったという事なのだろう。零楼館にやってきて二日目にして霊感を手に入れたのは一流の霊能力者である両親のおかげなのだろう。
いや、そんなに早く霊感を目覚めさせることが出来るんだとしたら、もうとっくに目覚めているだろう。
「うまなちゃんも何か感じてたって事?」
「そうじゃないです。私は何も感じてなかったんですけど、愛華ちゃんが部屋の隅の方を気にしているように感じたんで何かいるのかなって思っただけです。でも、愛華ちゃんの感じだとハッキリ認識しているようには見えなかったんです。私の気のせいというか、考え過ぎって事ですかね?」
「私もハッキリとはわからないんだけど、誰かがいたような気がしてたんだよ。でも、ソレから何か悪意のようなものは感じられなかったんで大丈夫だと思うけどね」
「そうなんですね。悪意が無いとしたら、浮遊霊とか地縛霊ってやつですかね。ここってそんな感じには見えないけど」
「私もちゃんと調べてないんでわからないけど、何か教えたくて出てきてるのかもしれないよ」
「もしかしたら、美味しいカスタードクリームの作り方を教えたいって思って出てきてるのかもしれないですよ」
「そんなわけないでしょ。さっき食べたエクレアだって凄く美味しかったんだよ」
私の撮った写真を見終えた時田さんは笑顔を見せてくれていたのだった。
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