第18話 弔いと復興
—1—
——五色響視点。
三刀屋先生と九重先生が会議に出席するという事でこの日は自習になった。
僕は荒廃する街中を1人で歩いていた。
あの日、三刀屋先生と那由他さんが安全区域に駆け付けてから魔族の掃討作戦が行われた。
日が落ちる頃には壁内の全ての魔族の討伐が完了したと放送が入った。
魔族に襲われるかもしれないという恐怖は消えた。
しかし、徐々に現実が見えてきた。
住む家を失った人々。
魔族に襲われて命を落とした人々。
爆撃に巻き込まれて家屋の下敷きになった人々。
2日経った今でも救助活動は続いていて、葬式は業者が足らず順番待ちになっている。
一時避難場所の小学校には家を失った人や両親を失った子供達が身を寄せ合っている。
安全区域の復興はまだまだ遠い。
「あれ? 君はあの時の」
すれ違った女性が足を止めて声を掛けてきた。
その顔に見覚えがある。
「高城さんですか?」
「なんだその目は。私服だからこの前とはイメージが違うか?」
「いや、変な意味は無いです。少しぼーっとしていたので」
声を掛けてきたのは
知り合いに会うとは思っていなかったので油断していた。
「こんなところでどうした? 訓練はしなくていいのか?」
「今日は自習になったので被災地域を直接見ておこうと思いまして。高城さんは買い物ですか?」
手に持っていた買い物袋からそう推測した。
「竹原さんが小学校で炊き出しをしているんだが、見ての通り私は買い出しを頼まれたって訳だ」
確か竹原さんは日本料理屋で料理人をしていると言っていた。
「プライベートでも親交があるんですね」
「竹原さんの1番下の子と私の娘が同級生なんだ」
「そんな繋がりがあったんですね。他の
会話の中で何気なく聞いた質問だったが高城さんの表情が曇った。
「全員同じ地区に住んでいて昔からの顔見知りだ。五色くん、あの3人は亡くなったよ。竹原さんももう
「そう、だったんですね。何も知らずにすみません」
会話こそしなかったが竹原さんと高城さんと行動を共にしていた3人の顔は覚えている。
「高城さんはどうされるんですか?」
「私は続けるよ。実は魔族大戦で旦那を亡くしていてね。片親で娘を育てるとなるとどうしても金銭面が不安でさ。大学まで通わせるとなると結構な金額になるんだよ。リアルだろ?」
雰囲気を和ませるように高城さんが笑った。
「僕もここまで育ててくれた両親には感謝してます」
「人間っていうのはね、非常事態になると自分を優先する生き物なんだ。だから自分の大事な物は自分の手で守らないといけない。守れるように強くならないといけない」
高城さんの旦那さんがどういう経緯で亡くなったかまでは分からないが、繋いでくれた命を自分の力で守る。その強い意志を感じた。
「あ! お兄ちゃん!」
住宅街を歩いていると柚ちゃんがぶんぶんと手を振ったままこちらに走ってきた。
「じゃあ、私はこれで」
「はい、僕も時間がある時に炊き出し手伝いに行きますね」
「うん、竹原さんもきっと喜ぶよ」
小学校に向かう高城さんを見送り、柚ちゃんと合流した。
なぜこんなに懐いてくれたのか不思議だが、柚ちゃんは僕の足にしがみついてきた。
「見て! 折り紙してたんだ!」
「お! 鶴だね。上手に出来たね! 柚ちゃんは手先が器用なんだね」
「えへへ、お家にいっぱいあるよ!」
柚ちゃんが振り返ると玄関から優しそうな目をした男性が出てきた。
スーツ姿に身を包んでいる。柚ちゃんも上下黒の服装で統一されていたから何となく察してはいたが、どうやら柚ちゃんの母親の葬式だったようだ。
「こんにちは。もしかして五色さんですか?」
「はい、五色響です」
「やっぱりそうでしたか。柚から話は聞きました。その節はお世話になりました」
「いえ、このたびはご愁傷様です」
家族を亡くした人にどういう言葉を掛けていいのか、どういう表情をして接すればいいのか分からず深々と頭を下げた。
僕はただ苦しみや痛みに寄り添うことしかできない。
「顔を上げてください。私も突然の出来事でまだ妻が亡くなった現実を飲み込めていません。心に穴が空いたような感覚ってよく聞きますけど実際に体験してみるとかなり的を射た表現ですね」
柚ちゃんがお父さんを心配するかのように手を握った。
「柚まで失っていたら私はどうにかなっていたと思います。五色さん、改めてお礼を言わせて下さい。柚を助けて頂きありがとうございました」
「あの、僕は何もしていなくてですね」
魔狼を倒したのは一条さんだ。
僕は感謝を言われるようなことは何もしていない。
「柚にとっては五色さんも一条さんも同じヒーローなんです。家にいる時もずっと楽しそうに2人の話をしているんですよ」
「そうなんですね」
「忙しいとは思いますけど良かったらまた柚と遊んであげて下さい」
「もちろんです」
その後、柚ちゃんに折り紙の鶴を貰い、僕は帰路に着くのだった。
ポケットに眠らせた小瓶を握り締めて。
—2—
——2日前、宮城県安全区域。
「五色響隊員、君は強くなりたいか?」
魔族討伐部隊クリムゾンの隊長である那由他さんが僕にそう尋ねてきた。
東京で三刀屋先生と会議をしていたはずだが、安全区域を心配して駆けつけてくれたのだ。
小学校の校舎裏には僕達以外に人の気配はない。
「僕は弱いです。いつも守られてばかりで周りに迷惑を掛けてきました。他の人と比べて意志が弱かったんだと思います。自分が傷つく事が怖かったんだと思います」
肉体的にも精神的にも傷つく事を恐れていた。
それが行動に現れて弱気になっていた。
「でもそれではダメだと気付かされました。僕は自分の力で大切な物を守れるようになりたいです。いや、なりたいじゃダメですね。なります」
「そうか。覚悟を決めた良い目をしている。そんな君に良い物をあげよう」
那由他さんはポケットから小瓶を取り出した。
中には金平糖のような赤い石が入っている。
「これは何ですか?」
「食べると力が湧いてくる魔法の結晶さ。お守りだと思って持っているといい」
「ありがとうございます」
宝石のように輝いていて眺めていると吸い込まれてしまいそうな魅力的な結晶。
食べ物なのかすら怪しいが那由他さんが「お守りだと思って」と言っていたし、肌身離さず持ち歩くとしよう。
この時の僕は知るはずもなかった。
この結晶の恐ろしい正体を。
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