第2話 実力で黙らせるまで

—1—


 2044年現在日本で観測されているゲートの数は4つ。

 北海道、宮城、東京、大阪。

 魔界と人間界を繋ぐゲートは2種類存在し、それぞれ役割が異なる。


 1つ目が突然発生型。

 ファンタジー作品などの創作世界でよく目にする楕円形の黒い歪みのようなゲートだ。

 ゲートが開く直前に黒い霧が発生する為、おおよその場所の特定は可能だが発生場所とタイミングなど事前予測ができない。


 2つ目は拠点型。

 魔族の大黒門イビルゲートと名付けられた巨大な黒門が北海道、宮城、東京、大阪で観測されている。

 魔族側の拠点となっており、魔族七将の生き残りがそれぞれの魔族の大黒門イビルゲートを守護している。

 そして領土拡大を企む魔族軍の侵攻を阻止しているのが神能十傑だ。

 4都市に1名ずつ配置され、残りの1名が突然発生型のゲートに対応している。


 今回オレが英雄候補生を指導する場として指定されたのが宮城県。

 福島県との県境に魔族の侵入を防ぐ四方を取り囲む高い壁が築かれている。

 日本に複数存在する安全区域の1つだ。

 これは神能十傑の六波羅公士郎ろくはらこうしろうの土の神能の力によって作られたものだ。


 安全区域で7人の英雄候補生を育て上げ、いずれは仙台にある魔族の大黒門イビルゲートを攻略する流れになるだろう。


「兄さん、先程からご覧になられているのは一体なんですか?」


「これか。英雄候補生の名簿だよ。施設に着くまでに一通り目を通しておこうと思ってな」


「そうでしたか。相変わらず兄さんは勉強熱心ですね」


「成り行きとはいえ教官になるんだ。最低限やるべきことはするさ」


 亜紀が興味津々といった様子で距離を詰めてくるが、名簿には個人情報が多く記載されている為、見られる訳にはいかない。

 オレと亜紀は魔族討伐部隊クリムゾンの本部がある東京から安全区域まで車で向かっていた。

 道中野良の魔族の襲撃を受け、何度か迂回を強いられた。初回の講義に間に合うか際どいところだがこればかりは仕方がない。


 なぜ妹の亜紀も同行しているのかという点だが、理由は単純明快。

 亜紀も英雄候補生の1人に選ばれたからだ。

 今回英雄候補生に選出されたのは神能十傑の血族。

 16歳〜18歳の若者だ。

 オレも20歳だから若者に含まれるのだろうが、高校生と大人ではやはり一線を引いてしまう。

 教師と生徒という関係性上、適切な距離感が求められる。


「兄さん、ずっと気になっていたのですが荷台のあれは何に使われるおつもりで?」


「初回の講義で使う予定だが亜紀も生徒だから詳細は話せない」


「そうですか。兄さんの講義亜紀は楽しみにしてます」


 箱型の牢に囚われた7体の魔狼。

 道中魔族を引き寄せてしまった原因でもあるが生徒の実力を測るには実戦が1番だ。

 神能十傑の血族であれば容易に倒すことができるはずだが果たしてどうなるか。

 英雄候補生の名簿に目を通し終え、亜紀と雑談を交わしていると目的地である安全区域に辿り着いた。


—2—


 壁の内側に入りほどなくして木造の校舎が見えてきた。

 車を降り、亜紀と並んで歩いていると校舎から中年の男が姿を現した。

 右目が傷で塞がれており、左足は義足だ。杖をつきながらゆっくりとこちらに近づいてくる。


「遠いところからよく来たね、奈津くん。亜紀ちゃんも久し振りだね」


九重ここのえさん、今日からまたお世話になります」


 オレと一緒に亜紀も頭を下げる。

 九重正ここのえただし。神能十傑の1人。

 第一次魔族大戦で怪我を負い、前線からは退いたが突然発生型のゲートが発生した際には真っ先に駆け付け魔族を討伐している。

 英雄候補生特殊訓練施設の施設長としてサポートしてくれることになっている。


「遠慮はいらないからびしばし鍛えてやってくれ」


「分かりました」


 九重さんの案内で英雄候補生が待つ教室へとやってきた。


「私は職員室にいるから何かあったら声を掛けてくれ」


「はい、ありがとうございました」


 九重さんを見送り、教室の扉に手を掛ける。

 亜紀が不安そうな表情でこちらを見上げているので大丈夫だと優しく頭に手を置いた。


 扉を開くと席に座っていた6人の英雄候補生の視線が一斉に飛んできた。

 オレの実力を推し量っているのか足先から頭の先まで舐めるように見てくる。

 強者であれば意識せずとも外側にプレッシャーを放ち、自分と相手との実力差を分からせたりするものだが、オレはあえてそれはしない。


「遅れてすまない。今日から1年間お前達の教官となる三刀屋奈津みとやなつだ」


 オレの挨拶の間に亜紀が空席に腰を掛ける。


「教官が誰かと思えば覇気のない冴えない大学生って感じだな。俺は早く前線に行きたいんだ。とっとと連れてけや」


 灰色の髪の少年が机に前のめりになりながら喚く。


八神省吾やがみしょうごだな。威勢がいいのは結構だが今のお前が前線に出たところで秒で魔族の餌になるのは目に見えてる。そうならない為にオレが来た」


「チッ、何を偉そうに!」


 机を倒し、拳を握り締めて教卓に迫る八神。

 体勢を低くしたまま握り締めた拳を思い切り後ろに引いた。

 それと同時に亜紀から強烈な冷気と殺気が漏れる。


「やめろ亜紀」


 オレの声で我に返ったのか亜紀から放たれていた冷気が霧散した。

 そして、八神の拳はオレの顔面に触れる寸前で止まっていた。


「クッ、なんだよこれ!」


 八神の手足に繋がれた氷の鎖。

 天井と床から出現した4本の鎖に拘束され八神は身動きが取れなくなっていた。


氷結縛鎖フリーズドスレイブ。本来この鎖に繋がれたモノはオレの奴隷になるんだが今は効力を弱めてある。心配するな生徒を支配下に置くような趣味はない」


「なんなんだよお前……」


 神能を解除し、八神の拘束を解くとヘタリと座り込んで悪魔でも見るような視線を向けてくる。


「目に見えて感じ取れる情報だけが全てではない。上位の魔族を相手にするとなれば尚のことだ。欺き、油断させ、隙を見せたところで一気に刈り取る。オレは1年間でお前達を魔族七将と互角に戦えるレベルまで引き上げるつもりだ。その為には一切の容赦はしない」


 ここにはもうオレを格下だと見下す者はいない。

 力を示す為に神能を解放してしまったがこれはまだほんの一部に過ぎない。

 三刀屋家に与えられた神能が『氷』だということは神能十傑に名を連ねているオレの父を知っていれば周知の事実。

 何ら問題は無い。


「では初回の講義だが全員グラウンドに出てくれ。現時点での実力を測る為に早速実戦といこうか」


 7人の英雄候補生と7体の魔狼。

 やることは決まっている。

 人間と魔族の一騎討ちだ。

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