episode1-31 秘策

「ワーウルフ2! エレメント10以上! ゴブリンとコボルトが数十体!! 走ってこっちに直進してるわ!」


 君臨する支配によって呼び出された玉座は俺の背丈を大きく上回っており、横幅もかなりのものだ。これに腰掛けた時点で、俺は背後の様子をこの目で見ることが出来なくなる。もちろん一度玉座を降りるなり、腰を浮かせて後ろを覗き込むことは出来るだろうが、それをすれば恐らくバフの効力が落ちる。加賀美がギリギリでエルフを抑え込んでいる今、バフを下げるわけにはいかない。

 だから伏兵による挟撃だと判断したのは聴覚から得た情報による予測だったが、どうやらそれは当たっていたらしい。

 挟み撃ちというのは兵法の基本中の基本であり、こうなる可能性を考えていなかったわけじゃない。だから桜ノ宮には最初の演技が終わり次第、俺の後ろの目になることを役割として与えた。その桜ノ宮が端的に伝えて来た内容から考えれば、目で見なくても確信できる。


 しかし、可能性を考慮していたことと対策が出来ているかは別問題だ。偵察では伏兵の情報はなかった。不確かなリスクに備えて戦力を遊ばせておく余裕はないため、カミサマを信じて伏兵はほぼないものと考えていたが、それが仇になった。とんだポンコツ付喪神だ。


 いや、反省は後にすべきだな。カミサマのバリアにはまだ頼れない。こっちに回せば台風球にやられるだけ。今この場で動かせる戦力だけで凌ぐか、片付けなければならない。


「沖嶋ぁ! 作戦を前倒す!! 魔法はお前が潰せ!! 歯ぁ食いしばれ!!」

「わかった! やってやる!!」



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◇菓子兵召喚 Lv1→Lv2     『SP 4』

解放する権能を選択してください。

▶召喚獣「シロップスライム」の解放

▶同時召喚数+1

▶重複召喚数×2

▶召喚獣強化

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菓子兵召喚のレベルアップを実行しますか?


解放する権能

『重複召喚数×2』


Yes/No

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菓子兵召喚のレベルアップを実行しますか?


解放する権能

『召喚獣「シロップスライム」の解放』


Yes/No

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



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菓子兵召喚のレベルアップを実行しますか?


解放する権能

『同時召喚数+1』


Yes/No

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 沖嶋に指示を出しつつ、素早くウインドウを操作し一切の躊躇なくスキルレベルを上げていく。

 如月や小堀の異能が強力だったこともあり、結局この最深部に至るまでブラックの闇渡り以外は強化していなかったが、ここがスキルポイントの使い時だ。勿体ないだとか、もっとよく考えてから、なんて言っていたら死ぬ。


「菓子兵召喚『ゼリービーンソルジャーズ』! 後ろの雑魚を蹴散らせ!!」


 重複召喚の権能によって、新たに七体のゼリービーンソルジャーズが激しいエフェクトを伴って出現する。

 重複召喚で呼び出されるのはオリジナルの劣化コピーであり、レベルが半分まで下がった状態となる。ワーウルフを相手にするのは無理だろうが、ゴブリンやコボルトくらいならそれでも十分戦えるはずだ。


「菓子兵召喚『シロップスライム』×ツー!」


 ゼリービーンソルジャーズの時と同様、激しい光と音を発しながら魔法陣が地面に出現し、そこから琥珀色の液体をぶちまけたかのような、本当に生き物なのかと疑いたくなるような召喚獣、シロップスライムが2体・・姿を現した。




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【Name】

 シロップスライム

【Level】

 1

【Class】

 召喚獣

【Skill】

 物理耐性Lv1

 粘力強化Lv2

【Tips】

 全身が蜜でできているスライム。

 流動的な体はあらゆる物理攻撃を軽減する。

 お菓子のお姫様に仕えている。

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 エレメントを沖嶋に抑えさせ、ゴブリンとコボルトをゼリービーンソルジャーズで倒すとして、ワーウルフをどうするかが最大の問題だった。

 沖嶋の鎖なら実績もあるし対処できるだろうが、そうすると今度はエレメントが問題になる。今ここでエレメントの相手を出来るのは沖嶋だけなのだから、沖嶋以外の誰かがワーウルフの相手をしなければならない。

 しかしレベルが半減しているゼリービーンソルジャーズでは、君臨する支配の完全バフを受けても勝ち目は低い。一度何も出来ず一方的に輪切りにされたことを考えれば、それはどれだけ数を揃えても同じのはず。

 だから俺は、新しい召喚獣であるシロップスライムの力に賭けた。ただし、それは完全な運否天賦というわけではない。勝算のある賭けだ。


 スキルの権能は解放するまでその効果が確認できない都合上、このシロップスライムの性能は何もわかっていなかった。シロップスライムなんて召喚獣の名前はこれまで聞いたこともないしな。

 だがそれでも、これまで蓄積されてきた情報を基に予想することは出来る。スライムの名を冠しているのだから、多少の違いはあれど他のスライム系召喚獣と同様の共通点を持つはずだ。

 スライム系召喚獣の代表的な共通点と言えば、このスキルにあるような物理耐性や、機動力の低さ、熱が弱点であること、酸による強力な攻撃手段を有すること、などが挙げられる。


 そして予想通り、こいつは物理耐性を持っていた。


「桜ノ宮! 如月! ワーウルフにシロップスライムを投げつけてやれ!!」


 ワーウルフは俊敏性と殺傷能力に優れる強力なモンスターだが、有する攻撃手段は物理攻撃のみだ。一度とりつくことが出来れば、時間はかかってもシロップスライムが勝つだろう。一対一でやり合った場合機動力の低さのせいでとりつくことなど出来ないだろうが、そんなもの人の手を借りればどうとでもなる。


「×××××ーーー!!」

「×××!? ××!!」

「うわっ!? キモ!」

「その必要はないみたいね」

「二人とも下がって! 前に出るのは危険だ!!」


 魔法攻撃が届き始めたか。

 様々な魔法が炸裂したり弾け飛ぶ音のせいで背後で何が起きてるのかわからない。


「桜ノ宮、状況を説明しろ」

「シロップスライムは自力でワーウルフに接触したわ。スライムとは思えない俊敏性よ。それに凄く……、個性的な戦い方ね。心配はいらなそうよ」


 なんだそれは、気になることばかり言いやがって。まあ優勢なら今は良い。


「沖嶋とゼリービーンソルジャーズの方はどうだ?」

「ゼリービーンソルジャーズは心配しなくて良いわ。ただ、作戦通りエレメントの魔法は沖嶋くんの鎖で叩き落せてるけど数が多すぎる。このままじゃ押し切られるわ」


 ちっ、やっぱりそうなるか。

 エレメントそのものは物理攻撃を一切無効化するため、倒そうとするなら魔法攻撃を当てる必要がある。しかしエレメントの使う魔法自体は、人間に着弾してダメージを与える以上物理で干渉できる。だからその魔法が届く前に、自由自在に動かすことのできる沖嶋の鎖で叩き落せば一時的にではあるがエレメントを抑えることが出来ると考えた。

 だが先に言った通り、エレメントそのものに攻撃出来ない以上時間稼ぎにしかならない。防戦一方であり、ジリ貧だ。本来ならこの作戦と並行してカミサマの力を利用することでエレメントを倒す予定だったのだが、予想外の伏兵のせいでタイミングをずらされた。


 バリアの裏にまで吹き付ける風は既に随分弱まっており、台風球が完全に消滅するのにそこまでの時間はかからないように見える。だがそれまで沖嶋はもつのか?


 クソッ! まだか! まだなのか!? 


「――!」


 そうだ、なにもエレメントの魔法・・・・・・・・に拘る必要はない。

 十分に弱まっているというのなら、それを利用してやれば良いじゃないか。


「カミサマ! 作戦を開始する!! 手始めに使うのはその魔法だ!!」

【愚か者が! こんなものを包めばすぐに割れる!!】

「すぐ後ろに敵が来てんだよ! ほんの2~3秒ももてば十分だ!! 小堀たちは玉座のすぐ裏まで下がれ!!」

「カミサマ! お願い!!」

【ええい、菫! 頭を抱えてしゃがんでいろ!!】


 始めは馬鹿を言うなというような剣幕で怒鳴り返して来たカミサマだが、小堀にお願いされたのが効いたのか覚悟を決めたようだ。

 それまで俺たちを内側とする曲線のような形をしていたバリアが、傘を裏返すようにその向きを変え、小さく小さくなっていくのと同時に、台風球を包み込むように、円形から球形へと形を変えていく。そして完全にバリアが台風球を包み込むと、あっと言う間にビキビキとバリアにヒビが入り始めるが、完全に破壊されるよりも早く、カミサマが振り返りざまにそのバリアをモンスターの集団へ投げつけた。


【喰らうがいい! モノノケども!!】


 決壊はあっという間だった。限界を迎えたバリアが弾け飛び、封じ込められていた魔法の暴風が解き放たれた。

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