episode1-26 杞憂

 耐魔装備のゴーレムが一体に、ワーウルフが二体、そして推定だが魔法系モンスターが数十体。これはなりたての冒険者を相手にする上ではどう考えても過剰戦力だ。もしも相手が俺たちを認識したうえで派兵した部隊だったのなら、こちらを完膚なきまでに叩き潰すつもりだったはず。そしてそれが失敗した今、


「これ以上戦力の逐次投入は考えにくい」

「相手にその意図はなかったでしょうけどね」


 戦力の逐次投入は愚策、それは異世界の兵法であっても同じだろう。だが今回の場合に限っては結果論と言わざるを得ない。先ほども考えたように、沖嶋たちの異能がなければ勝てなかった可能性は十分ある。

 桜ノ宮の言う通り、相手に戦力を小出しにする意図はなかったのだろう。それどころかセオリー以上の戦力で確実に勝利を収めようとしていた。相手の目線に立って考えれば、このダンジョンに巻き込まれた冒険者は俺たちだけとは限らないし、どれだけいるかもわからない。そんな中でコアの守りを放棄して全戦力を俺たちに差し向ける判断など出来るはずもない。


 この部隊の派兵が俺たちに対するものでなかったとしても、既に俺たちの存在は相手の指揮官にも伝わっているはずだ。傷を負いながらも命がけで伝令に走ったコボルトがいたように、このダンジョンの軍隊は情報の伝達を軽視していない。


 どちらにせよ、敵の本隊は最深部で守りを固めている可能性が高い。


「話はわかった。それで、もう一つは?」


 聞きたいことは二つあると言っていたな。


「人質についてよ」

「……!」

「はぁ? 人質?」


 もしかして俺はまた何か見落としてるか?

 いや、だが人質についてなんて、冒険者にとっては常識中の常識だろ。

 俺を試そうとしてるのか?


「モンスターは人質なんてとらない。そうだろ? それとも、ここのダンジョンの最深部には人質がいるとでも言いいたいのか?」

「いいえ、いないでしょうね。あなたがちゃんとそれを知ってるか確認しておきたかったのよ」

「……さっきの件は悪かったよ。気を付ける」


 最深部が近いことに気づけなかったのがそんなに気に入らなかったのか。

 回りくどいうえに性格の悪い奴だ。率直に言えばいいだろ。


「氷室」

「ん? どうした?」


 不気味なくらいに静かだった如月から声をかけられる。

 いつものような刺々しい声音でも、取り繕った友好的な声音でもない。切羽詰まったような、真に迫った声だった。


「なんで人質はいないなんて言いきれんの?」

「それがモンスターの習性だからだ」


 いや、正確には習性というより兵法というべきか?


「冒険者の中には詠唱破棄でスキルを使う奴がまあまあいる」


 なりたての冒険者でもその方向性に絞ってスキルを伸ばしていけば遠からず使えるようになる。

 それが何を意味するかと言えば、冒険者を無力化するのは難しいという話だ。

 通常冒険者のスキルは音声起動であるため、喉を潰して装備を引っぺがし縛り上げれば無力化出来る。だが詠唱破棄を持っている冒険者の場合、どれだけ痛めつけて、どれだけ肉体を壊しても、完全に無力化することは出来ない。スキルを発動する意思があれば、それだけで武力を行使できるのだから。


「要するに冒険者を捕虜にするのは危険なんだ。割に合わない。そして冒険者かそうでないかを見分ける絶対の方法を連中はもってない」


 冒険者じゃないから戦わなかったのか、冒険者だが何らかの理由があって戦えないのか、そんなことまでわかるはずがない。だからこその見的必殺。モンスターは人間を見つければ殺す。


「だからモンスターは捕虜を取らない。捕虜がいないから人質もいない。わかったか?」


 そうでなければ一人でダンジョンを攻略してやろうなんて無茶な選択はしなかった。

 捕虜にされるだけなら、最悪一般の冒険者が助けに来るのを待つことも出来るが、死んでしまえばそれまでなんだ。


「あ、あはは、そっか、人質はいなかったんだ……」

「えぇ、人質なんてどこにもいないわ。気にし過ぎよ、りり」


 如月は明らかにホッとした様子でへなへなとへたり込みそう呟いた。

 そんな如月の隣に桜ノ宮がしゃがんで、軽く肩を叩きながら優しく語りかけている。


「葵、気づいてたの?」

「当たり前でしょ」

「だったらもっと早く教えてよー!」

「私から言っても気を遣ってるだけだと思うでしょう? その点氷室くんなら、そんな気遣いは期待できないもの」

「あはは、言えてる!」


 ……なるほどな。


「なんだ如月、人質がいるかもなんて考えてたのか?」

「そりゃ考えるでしょ! あんなの見たらさぁ!」


 さっきまでの大人しさが嘘のように声を荒げて、如月は少し離れた場所にある黒焦げ死体を指さした。

 たしかに形は人型だし、知識がなければ人質の死体が混ざっているかもと思う可能性もあるか。魔法を撃ったのは如月だし、もしかしたら人を殺めてしまったかもしれないと悩んでいたわけだ。やけに静かだとは思ったがまさかそんなことを考えてるとはな。しかしそれだと俺が人質諸共撃つのを微塵も躊躇しない人でなしということになるんだが。


「よく気づいたな、桜ノ宮」


 モンスターは捕虜をとらないという知識があるからこそ、俺には人質がいるかもなんて発想はなかった。

 さっきの問答から考えるに桜ノ宮も当然捕虜のことは知っており条件は俺とそう変わらないはずだが、それでも桜ノ宮は気が付いた。


「氷室くんが他人に興味ないだけだと思うわよ」

「人聞きが悪いこと言うな。今回はたまたま先入観があっただけだ」


 俺はしっかりこいつらの性格や特性を観察してどうすればダンジョンを攻略出来るか考えているというのに、他人に興味ないなんて偏見に満ちた言い草だ。むしろ俺はこいつらのことをもっと知りたいと思ってる。詳細がまったく見えない桜ノ宮の異能や、如月の異能の発展性なんかは特にな。


「今はそういうことにしておきましょう。聞きたいことは聞いたわ。ここからはあなたの番よ、氷室くん」

「たしかに無駄話をしてる場合じゃないか。お前ら話は聞いてたな?」


 桜ノ宮の尊大な物言いは少々引っかかる部分もあるが、今は如月の憂いを断った功績に免じて許してやろう。あのまま最後の戦いに突入していたら、最悪如月は使い物にならなかった可能性もある。そうなれば勝ちの目は限りなく低くなる。


「作戦会議を始めるぞ」


 このダンジョンのモンスターを率いている指揮官次第だが、如月の異能なら致命傷を与えられる可能性は大いにある。あとはどうやって如月の魔法を直撃させるか、それが重要だ。

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