きままな落書き帳
こむぎこ
辰と人の共生 未完
「じれったいの、焼きあがるのを待つのは……昔ならば獲物をやくことなぞ一瞬だったというに」
相棒はつぶやく。その巨体のわりには小さな声だった。きわめて自制的に話そうとしているようでもあった。うろこは火に照らされ、きらりと緑に輝いていた。
「そうしたら黒焦げもいいところだろ。物事にはいい加減ってものがあるんだ。」
川魚の串焼きの火加減を見ながら、俺は答える。ぼやくように言葉を続けてしまう。
「それに、もう、未練はないって言ってたじゃないか。相棒」
「未練がなくともな、こうじゃったらよかったのに、を夢想することはあるじゃろ。そのたぐいの戯言じゃよ。疾く忘れよ」
ぼそりと話す声には、郷愁のようなものが感じられた。
さきの大戦後に、人間側は魔法を捨て、竜は炎と爪を捨てた。互いに攻撃性を捨てることで、共存しようとしたのが、竜と人の歴史だった。
もともと共存していた俺と相棒も、例外とはならず、お互いに武器を失って、旅を続けている。
「今となっては、この鱗やらおぬしらの鎧やらをはぎ取ってもよかったかの。その方が便利じゃったかもしれん」
「お互いに防御ができなければ相手を刺激しないだろうか?」
「いや、戯言じゃよ。間違いなくそれでは人が勝ちすぎる……数に勝るおぬしらは、
手数を武器に一発致命傷を与えればいいが、わしらは一人残らず倒すために気を使わねばならぬ。我が国一つ二つつぶしている間に反撃されて根絶やしにされるのが落ちじゃ……攻撃性を捨て去ったのは賢明な判断じゃろうなあ」
しらじらしい。賢明だと思っていないのだろうというのが一点。だが、こちらを指摘しても仕方のない話。
もう一点の指摘にとどめる。
「俺は知っているぞ、お前たちが実は火を噴ける個体を残していることを」
「それはおたがいさまじゃろ、おぬしらも魔力器官を残した子らを隠しているのじゃろうて」
幾度となく交わされた同じフレーズに、二人して笑ってしまう。
「まあ、お互い様じゃな」
「ほかの種族に警戒しないわけにもいかない、仕方のないことだな」
「公然の秘密というやつじゃろう。この程度の隠し事で安寧が得られるならそれも得じゃろうて」
「まあ、問題が起こるまでむこう数年程度の安定でしかないけれどね」
「それまでに、何とかこの世界を執着させてみせるのが、我らの務めじゃろう?」
格好つけたように彼は口を開けて見せた。
「そんなたいそうな役目で俺が旅をするわけないだろ。
うまいものを食べるためだけだよ」
いい焼き加減の川魚を、その開いた口に放り込む。「やはりうまいのう」のひとことで骨も残さず完食となった。
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