Chapter14 : 因縁
「銀行って、『何の用事もなく居座ろうとしても警備員につまみ出される』って話じゃなかったっけ……?」
クリスティナを指さしながら、隣のカンナに尋ねるレックス。
「基本的には、ね……荒くれ者を居座らせないための仕組みなんだけど……」
「何事にも例外はあるのよぉ。私はちゃんとショバ代を払ってるから」
苦い顔をするカンナ、そして再び谷間からチラッとタグを抜き取ってみせながら、含み笑いするクリスティナ。
クリスティナに流し目を向けられた警備主任が、フンと鼻を鳴らした。タグを受け取っているので黙認している、そういうことなのだろう。
「き、汚い……! 都会って汚い……!」
「力と
「力はわかるんだけど、
やれやれと首を振ったレックスは、「それで?」と腕組みしてクリスティナを見やった。
「あなたと話すことなんて、何か他にあったかな」
「ウォルデンビー村について調べてたのよぉ。中途半端に知っただけじゃ気持ち悪いから」
クリスティナの手には、ガラス板のような情報端末が握られていた。
「色々と市のデータベースを漁ってみてるんだけど、びっくりするくらい情報が出てこないのよねぇ。もしよかったらウォルデンビー村のこと、少し教えてくれないかしらぁ?」
「そういうことなら」
「レ、レックス」
カンナが呆れた様子で、案外乗り気なレックスのズボンをクイクイと引っ張った。
「コイツに付き合ってもロクなことないし、さっさと行きましょうよ……」
「まあまあ。同感だけど、故郷のことなら話は別だよ」
さらりとカンナの発言は否定せずに、明るい調子で続けるレックス。
「ウォルデンビー村は、ここから東に歩いて5日くらいの距離にあったよ」
「……徒歩で5日。グラント市の経済圏ギリギリって感じの距離ね」
「俺もグラント市に来るか、北のアルバテック市を目指すか迷ったんだ。グラント市の方が人がいそうだから、こっちにしたけど」
カンナは神妙な顔になった。もしもレックスがアルバテック市に向かっていたら、自分の命運は……今日尽きていた。
「その決断と、この出会いに感謝したいところねぇ、うふふ」
「……俺もグラント市に来てよかったとは思ってるけどさ」
クネクネするクリスティナを呆れ混じりに見やりながら、「何事も良い側面と悪い側面があるね」と肩をすくめるレックス。
「それでウォルデンビー村だけど。人口100人ちょっとの小さな村だったよ。産業らしい産業はなくて、畑を耕すか、近くの森で狩りをするか、アノマリーを見つけるかして暮らしてた」
「森で、アノマリーを? なんて森なの?」
「……言われてみれば、森そのものに名前はついてなかったな。でも、めちゃくちゃでっかい、どれだけ広いかもわからない森で、あの辺りの土地はフェルンブレーって呼ばれてたよ」
「フェルンブレー……」
ピクッとクリスティナの笑顔が揺れた。
自然にヘラヘラと笑っていたのが、少し強張った。
何食わぬ顔で聞き耳を立てていた周囲のレイダーたちも、何人かが、その地名に反応してフッと顔を上げる。
「フェルンブレーって……去年、大変だった土地じゃない? 私の記憶が正しければクリーチャーの
「大丈夫じゃなかったよ」
レックスは平坦な声で答えた。
「俺の村も呑まれた。生き残ったのは俺ひとりだ」
しん――と空気が冷え切った。
「あなたが言った通り……『吹けば飛ぶような小さな村』だった、ってわけさ。辺境の風に吹かれて、消えたよ」
小さく、皮肉げに付け足す。
クリスティナの作り笑いが、いよいよひび割れて、砕けた。
「あの……その、本当にごめんなさい、私――」
「謝罪は結構だ」
クリスティナの横を通り過ぎながら、レックスは言葉を遮った。
「まあでも、悪いと思うならウォルデンビーの名を覚えておいておくれよ。誰からも忘れられるのは、悲しいからさ」
よいしょ、と荷物の残りを背負い直したレックスは、足早に銀行を出ていく。もう用は済んだとばかりに。
「カンナ、俺、お腹すいちゃった!」
「…………ご飯奢るって約束だったわね! 行きましょう!」
明るい声を出すレックスに、カンナも調子を合わせて元気に答える。
思わず、手を伸ばすクリスティナだったが、
「……あぅ」
かける言葉が思いつかず、そのまま力なく手を下ろして、ふたりの背中を見送るほかなかった。
†††
「懐が温かくなる、ってこういうことを言うんだろうね!」
銀行から出て日差しを浴び、背伸びしたレックスは、タグと銃弾が詰め込まれた腰のポーチをぽんぽんと嬉しそうに叩いた。
「助かったよ。俺、もう手持ちの食糧はほとんど全部食べ尽くしちゃったからさ! このままだと餓死一直線だった」
「あはっ、危ないところだったわね。それじゃあ早速ご飯――! と行きたいところだけど」
カンナは、自分とレックスの装備を見比べる。
「ちょっと荷物が邪魔じゃない?」
「邪魔だね!」
未だ、紐が千切れたリュックの成れの果て――ウォルデンビー村から持ち出せた数少ない品のひとつ――を抱えたままのレックスは、食い気味にうなずいた。
今しがた銀行で戦利品の大半を処分したが、銀行が買い取ってくれるのは医薬品や銃器、状態が良好な電子機器など高価格の品に限る。その他の物資はまだ持ち歩いたままだし、そうでなくても予備の銃器や弾丸はかなりかさばるのだ。
「もしよかったらご飯の前に、クランハウスに荷物を置いていこうと思うんだけど、レックスも一緒にどう? すぐ近くにあるのよ」
「荷物を置かせてもらえるのはありがたいけど、クランハウスって?」
「クランの拠点よ。クランってのは、そうね、もともとは『氏族』って意味らしいんだけど、この場合はレイダーの集まりのことを指すわ」
大通りを外れて、慣れた様子で路地を歩きながら、カンナが説明する。
「レイダーは過酷な生業だから、気の合う者同士、志を同じくする者同士でグループを作って、何かと助け合ってるの。それがクラン。ここグラント市にも数え切れないくらいレイダークランがあるわ。大きなものは数百人、小さなものはそれこそ2~3人の集まりまで、ピンキリね」
「へえ~。まあ、ひとりより徒党を組んだ方が強いに決まってるもんね」
相槌を打ってから、「あれ?」とレックスは首を傾げた。
「カンナもクランに所属してるんだ?」
その割には、ひとりで【遺跡】に潜っていたようだが――
「ええ。わたしも、養父のツテでとあるクランに所属してるの。レイダーと、メカニックとかガンスミスとか、サポート役も含めて50人くらいの中堅どころよ」
「ほうほう」
サポート役と聞いただけで有用性が実感できた。そして街に拠点を構えるなら、レイダーが【遺跡】に潜る間にそこを守る人員も必要だろう。
「わたしの行きつけの食堂も、クランハウスの近くにあるの。【遺跡】で見つかる旧世界のグルメから、近隣地域の新鮮な食材まで、よりどりみどり。料理人の腕も確かで、グラント市でNo.1のレストランと言っても過言じゃないわ!」
「ほうほう!」
「おすすめは玉ねぎのグラタンスープ! あとスペアリブのはちみつソースがけ! ほっぺたが落ちるくらい美味しいんだから!」
「へえ~楽しみだなぁ! やばい、お腹が空きすぎて顎が閉じなくなってきた!」
「あはは! もうちょっとの辛抱よ――見えてきたわ!」
角を曲がって、カンナが笑顔を浮かべる。
視線の先には、クランの紋章を掲げた、こじんまりとしたビルディング。
紋章――"疾駆する黒豹"。
ところどころがパズルのように欠けている印象的な意匠。
「――――」
レックスは、足を、止めた。
「あれがウチのクラン、【パズルパンサー】よ。わたしを含めて変わり者ばっかりだけど、レックスもきっと気に入ると思――」
微笑みながら話していたカンナは、レックスの足音がしないことに気づいた。
「レックス?」
振り返ったカンナは。
「――ッ!?」
目を灼かれたように、手で顔を覆って仰け反った。
レックスが、立ち尽くしている。
その複眼は、視線の先を読むのが難しい。
だが、クランの紋章に釘付けになっているのは明らかだった。
「レックス……!? どう、したの……!?」
後ずさりながら、あえぐようにして、カンナは問いかけた。
震えるカンナの手。まるで、反射的に身を守るため、銃を抜きそうになったのを、必死で抑えつけているかのように――
「……クリーチャーが氾濫を起こす前兆はあった」
静かな、押し殺した声で、レックスは答えた。
「いつも森に潜ってたから、わかってたんだ。自分たちだけじゃ村を守りきれないってことも……」
煮え滾るような、声。
「だから……人を雇うことにした。村の物資を出せるだけ出して、腕利きだっていうレイダーたちを雇ったんだ。重武装の軍用車両が3両もやってきて、『これなら安心だ』って、村のみんなも胸を撫で下ろして……!」
ぎらぎらと輝く複眼。
「だけど……連中、直前になって逃げやがった! しかもただ逃げるだけじゃなく、なけなしの村の物資まで持ち去って……ッ!!」
吐き捨てるように。
「そのせいで、俺たちはろくに抵抗できなかった……! クリーチャーの群れに呑み込まれるしかなかった!!」
レックスの視線が、カンナを貫いた。
「忘れもしない。この黒豹の紋章――」
その手が、村から持ち出したリュックを、掻き抱く。
「――【パズルパンサー】。俺の村が滅んだのは、連中のせいだッッ!!」
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