Chapter15 : 険悪


「……待って、レックス」


 どうにか言葉を絞り出したカンナは、手を挙げてレックスを制した。


「落ち着く――のは難しいかも知れないけど、ちょっと話を聞いてほしい」

「…………」


 レックスが大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「……少し、落ち着いた。ごめんね。俺はカンナには思うところはないよ。カンナとは仲良くありたいし、悪いのはあくまで村に来た連中だから。ただ――」


 ちら、とパズルパンサーの紋章を見上げるレックス。


「――には、ケジメをつけさせないと、気が済まないかな」

「その気持ちはわかるわ。妥当な判断だとも思う」


 慎重に、カンナは相槌を打った。


「ただ、それでもなお、ウチのクランがそういうことするとは思えないの」

「……カンナにとっては仲間なわけだし、それも無理はないよ」

「あ、いや、仲間思いとかそういう話じゃなくてね――」


 バァンッ! と荒々しい音が、カンナの発言を遮った。


 見ればクランハウスの玄関が勢いよく蹴り開けられ、凶相の男が姿を現す。


「穏やかじゃねえな。ケジメがなんだって?」


 ボロボロな革のジャケットを着込み、黒髪をオールバックに撫でつけた男だ。周囲を威圧する険のある顔つきに、剥き出しの犬歯、服装も相まって獰猛な狼を連想させる。何よりも印象的なのはその三白眼だ。いつ暴発してもおかしくない、拳銃のような危うさ――


 いや、現に、その手には黒光りする拳銃が握られていた。


「虫ヤロー、ウチのお嬢に何の用だ?」


 ぺっ、とガムを吐き捨てた男が、滑らかに拳銃をレックスに向ける。


「むしっ……!」


 カンナが悲鳴じみた声を上げた。「なんてことを!」と白目を剥きそうな顔をしている。あるいは、『この場を収めなければ』という使命感がなければ、卒倒していたかもしれない。


「……ジョー! 銃を下ろして!」

「用があるのは、カンナじゃなくて、どちらかというとそちら全体だ」


 どさ、とリュックやバッテリーを地面に下ろしながらレックスが答えた。


 身軽になろうとしている。臨戦態勢――


「ストップ! スト――ップ!!」


 瞬間的に沸騰しかけた空気を打ち消すように、カンナが全力でブンブンと手を振りながらふたりの間に割って入った。


「わたしの命と、名誉にかけて! 一旦この場は預からせて!!」


 肩から下げていたアサルトライフル、そして腰の護身用の拳銃を両方とも、地面に置いたカンナは、丸腰でレックスに向き直る。


「レックス。もしもあなたの言ってることが正しかったら、わたしごと撃ってもらって構わない。いや、むしろわたしも仇討ちを手伝うわ。だからお願い、一旦話し合いましょう」

「…………」


 カンナの懇願に、もう一度深呼吸したレックスが、荷物を拾い上げた。


「そしてジョー! 助けに出てきてくれたのは嬉しいんだけど、この人はわたしの命の恩人なの! 銃を下ろして。あと、さっきの言葉も看過できないわ! 取り消して謝ってちょうだい!!」

「…………」


 ジョーと呼ばれた黒髪の男が、歯を剥き出しにして顔をしかめた。「わざわざ助けてやろうと思ったのに、なんで責められなきゃいけねえんだ」という不満がありありと浮かんでいる。


「……チッ」


 舌打ちしたジョーが、くるくると拳銃を回して腰のホルスターに収めた。


「…………悪かったな、ヤロー。先ほどの言葉は訂正し、謝罪する」

「…………その謝罪は受け入れる」


 お互い、不承不承といった形で矛を収めた。


 ホッと胸を撫で下ろすカンナだったが、まだ油断はできない。あくまでふたりともカンナの顔を立てて一時休戦しているに過ぎないのだ。


「ありがとう、ふたりとも。――レックス、わたしが今からクランの責任者を連れてくる。もし、ウチのクランに不届き者がいたなら、ただじゃ済まさないからそれだけは信じて、ちょっと待ってて。あとこの銃は預かってて」

「……わかった」


 自分の銃をレックスに預けたカンナが、猛ダッシュでクランハウスに入っていく。


「ジョー! お願いだからね!」


 通りすがりにジョーに言い含めるのも忘れない。『頼むから暴れてくれるなよ』という言外の請願に、ジョーは歯を剥き出しにして不満げに唸った。


「「…………」」


 残されたふたり。極めてきまずいムード。


 こっそりと窓から様子をうかがっていた近隣住民が、いそいそと防弾雨戸を閉じて引きこもる程度には険悪な空気が流れていた。



 レックスは手持ち無沙汰になり、カンナの銃を観察し始める。そっとマガジンを外すと、みっちりと実弾が装填されていた。


(その気になれば、いつでも撃てる銃、か)


 それを預けてきた意味に、思いを馳せずにはいられない。


 激情をなだめるように、小さく息を吐いたレックスは、銃を抱え直してそっぽを向いた。


 ――が、実は視線を読まれにくい複眼でジョーを常に視界に収め、一挙手一投足を油断なく監視していた。



(……薄気味悪ぃヤローだ)


 対して、ドア枠に寄りかかり、新たにガムを口に放り込んで噛み始めたジョーも、なんとなくレックスの視線を感じていた。


『見られている』ことがわかったのは、野生の勘としか言いようがない。チンピラじみたジョーだが、パズルパンサーに属する一端の遺跡荒らしレイダー


 曲者揃いのクランの中でも、ガンマンとしての腕は確かだ。


「けっ」


 気に食わねえ、とばかりにそっぽを向くジョー。自分だけジロジロと凝視しているようでは、負けた気がして癪だったからだ。ただ、実際に視界の取り合いでは負けていた。



「……おまたせ!」


 やがて、カンナがひとりの男を連れて戻って来る。


 のそ、とクランハウスのドアから出てきたのは、白髪交じりの男。


「お前がレックスか。パズルパンサーのクランマスター、ヘイミッシュだ」


 がしがしと頭をかきながら、鋭い眼光がレックスを捉える。


 野性的な男だった。しかしジョーと違い、その目には圧倒的な理性の輝きがある。老人の域に片足を突っ込んでいるのは間違いない。だが決して衰えてはいない。使い込まれた都市迷彩の戦闘服を、それが正装だと言わんばかりに着こなしていた。額には深いしわが刻まれ、日頃から険しい表情ばかり浮かべていることが見て取れる。


 レックスが連想したのは故郷の村長だ。顔つきは似ても似つかないが。


 共通しているのは、他人の命に責任を負う者の顔をしていること――


「カンナからあらましは聞いた。お前は、故郷の村が滅ぶ原因になったクソどもを探していて、そいつらがウチにいると思っている。それで間違いないか?」

「だいたいそんなところだ。そいつらはパズルパンサーと名乗っていた」


 レックスの言葉に、「あぁ?」とジョーが苛立たしげな声を上げて身を乗り出したが、カンナに睨まれて口をつぐんだ。


「そいつらのツラは見たか?」

「全部で15人いたけど、うち10人は見たし、覚えてる」

「なら話が早え。ついて来な」


 クランマスター・ヘイミッシュがクイと顎でドアを示した。


「ウチは50人ちょいの中堅だ。そしてメンバーが加入するたびに、集合写真を撮って飾ってる。それを見せてやるよ――もしもお前の見覚えのある連中がいたら、遠慮なくブチのめすといい。俺が許す」


 言うだけ言って、のしのしとクランハウスに戻っていくヘイミッシュ。



 あまりにも、確信に満ち溢れた背中だった。



『うちにそんな奴はいない』と――



「わかった……」


 うなずきながら、レックスは苦い思いを噛み締めた。


 どうやら自分は――何かを間違えているらしい。


 ただ、それと同時に。


 カンナの古巣と敵対せずに済みそうなことに、どこかホッとしている自分も感じていた。

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