Chapter13 : 取引


 タグを没収されて凹むレックスだったが、その後すぐに番号を呼ばれ、窓口に顔を出すと暗い気分も吹っ飛んだ。


「こ、こんなに……!?」


 取引用のブースで椅子に腰掛けたレックスの前に、タグの束がざらっと積まれる。


「合計で32枚になります。ご確認ください」


 作り笑いを顔に貼り付けた銀行員が、タグの載せられたトレーを示す。【遺跡】で手に入れた物資――アグレッサーや待ち伏せ野郎の銃、照準器などの付属品アクセサリー、防弾プレート、医薬品、電子機器などを売却した対価が、これだ。


 ちなみに売っぱらった中で最も高値がついたのは医薬品だった。切り札になりうる救命スティムパックは温存したが(銀行員は最も売って欲しそうにしていた)、医療キットや治療シート、補完剤等々でタグ20枚というとんでもない値段になった。


(そりゃあ辺境じゃ見かけないはずだよな……)


 都会でこの値段なのだ。辺境に運ぶ手間とリスクを考えたら、もっと値段は跳ね上がるだろうし、大抵の村はその対価を捻出できない。つまり、行商人もわざわざ商品として運ばない……


「それに加えて、ご要望の8×40ミリ特殊徹甲AP弾120発、8×40ミリAP弾60発、APスラッグ弾30発、ホローポイントHPスラッグ弾10発です。こちらもあわせてご確認ください」

「わ、わぁ……」


 さらにドサッと弾丸をまとめたやつも置かれ、言葉を失うレックス。カンナは手慣れた様子で、ケースに収められた弾丸を無作為に引っ張り出しては、『混ぜもの』がないか確認していた――銀行で弾丸をわざと安いものに入れ替えられたり、不良品を入れられたりすることはないが、一応、念のためだ。


「レックス。それじゃあこの特殊AP弾と、AP弾30発がわたしの取り分で」


 弾丸のケースと紙箱の一部をズイッと自分の前に引っ張るカンナ。


「――残りが全部、レックスのね」

「全部!?」


 レックスは手元を二度見した。


「カンナの分のタグは……!?」

「この弾薬だけで2タグに相当するから、もらい過ぎなくらいよ。アグレッサーの装備品は全部レックスの取り分って約束だしね」


 ぽんぽんとAP弾のケースを叩きながら、カンナは笑う。


「そ、そうなんだ……」


 半ば呆然としながら、レックスはうなずいた。


「……1枚くらい没収されてもいいや、って一瞬でも思った自分が怖いよ……」

「その感覚は、大事にしたいところね。これだけ稼いでも、案外すぐになくなっちゃうから……」

「都会こわい……それにしても、こんなに儲かるのか」


 タグと弾薬の山を前に、レックスは腕組みして唸った。


 命を賭けた対価ではあるものの、辺境で毎日のように命を賭けていたレックスからすれば今さらの話だ。


「もし車両を手に入れようとしたら、いくらくらいするの?」

「車両をご所望でしたら、オークションに参加する必要がありますね」


 レックスの疑問に、銀行員がすかさず答えた。


「稼働可能な車両やエンジンなどの部品は非常に貴重ですので、値をつけるのが困難です。【遺跡】で発見されたものは、多くの場合、当銀行が主催するオークションに出品されることになります」

「オークションって何なんですか?」

「ああ……競売とも言います。様々な貴重品が出品され、参加者は『いくらで買う』と宣言していきます。宣言した値段を、さらに高値に宣言し直すことも可能です。最終的に、最も高値をつけた人が落札する――購入できるという仕組みです」

「……うへぇ。つまり、ものすごく高くなっちゃうってことですか?」

「車両の場合は、そうですね、種類にもよりますが、最低でも1000タグはご用意された方がいいかと……」

「1000タグ!?」


 レックスは椅子からずり落ちそうになった。


「む、村の収入何年分なんだ……!?」

「軍用車両や、非常に状態のいいモノであれば、さらに数倍の値がつくこともありますよ」

「とてもじゃないが手が出ないですね」

「もし、廉価な移動手段をお探しでしたら、二足歩行竜ラプターなどもオススメですよ。タグ20枚程度からお求め頂けますが、ラプター商の紹介状はご入用ですか?」

「あ、結構です……アイツら食費も馬鹿にならないんで……」


 愛想よくセールスしてくる銀行員に、力なく首を振るレックス。


 移動手段として、ラプターは辺境でもポピュラーな存在だった。直接背中に乗ることもあれば、台車を引かせて竜車として運用することもある。レックスの村でも1頭飼っていて、農作業などに重宝していた。


 雑食で大人しく扱いやすいが、野生化すると群れをなして一気に凶暴になり、レックスが森で狩る獲物の一種でもあった(野生化した個体の調教は困難を極めるため、食肉にしてしまうのが手っ取り早い。辺境では貴重なタンパク源)。


「レックス、車両は車両で、燃料代とか整備とか維持費がけっこうかさむわよ?」

「…………まだまだ先の話だなぁ。もっと稼がないとね!」


 ふんす、と気合を入れたレックスは、とりあえず目の前の報酬に向き直る。


「それはそうと……俺、この8×40ミリAP弾ってやつは使わないんだけど」

「それは街での買い物用よ」


 カンナは傍らに立てかけていた、自分の銃をひょいと担いでみせた。


「これ、アグレッサーのアサルトライフルをカスタムしたものなんだけど、使用弾薬は8×40ミリ弾で、アグレッサーの装備の中では最も強力なもののひとつ」

「ふむふむ」


 改めてみると、カンナの体格に比してかなり大きめの銃だ。重量や反動もカンナにとってはキツそうだが、アグレッサーとの戦闘を念頭に置いて、威力や貫通力を重視しているのだろう。


「街のたいていのレイダーや警備員が、この口径の銃を使ってるわ。そしてAP弾は、アグレッサーの装備の他に【遺跡】でも拾えることがあって、入手性と威力がちょうどいい感じなの。だから街での取引に一番使われる弾薬ってわけ」

「なるほど」

「屋台で買い食いとかするのに、タグだけだと高すぎて使えないでしょう?」

「そりゃあ大事だ……!」


 いそいそとポーチに弾薬ケースをしまい始めるレックス。


「……ところで、その、レックス」


 カンナはショットガンの弾を数えるレックスを見ながら、少し言いづらそうに。


「銃を変える予定はある?」

「やっぱり変えた方がいいかな?」


 自前のショットガンとカンナのアサルトライフルを見比べながら、レックスは悪さを見咎められた子どものように肩をすくませた。


「そうね……色んな面で……【遺跡】での戦闘に向いてるとは言い難いから……」

「だよねぇ」


 レックスがショットガンを愛用しているのは、父から受け継いだ遺品ということもあるが、生体に対する打撃力が高いからだ。


 主にクリーチャーを相手取る辺境の森では、近距離でいかに効率よく肉体を破壊できるかが重要であり、その点ショットガンの右に出る携行火器はなかった。


 ただ――


「アグレッサーと戦って思ったけど、やっぱり防弾プレートには弱いね」


 いかに大威力のスラッグ弾であろうとも、アグレッサーや腕利きのレイダーが身につけている上位クラスの防弾プレートは貫通できない。一方、カンナのライフルから放たれる徹甲弾は、ガスガスといとも容易く貫いていた。


「装弾数が7発なのは、途中で装填できるから気にならないんだけど」


 レックスが使うショットガンは、チューブマガジンという構造を採用している。箱型マガジンを取り替えるタイプと異なり、撃ったそばからこまめに弾を装填することが可能だ。


「レックスはかなり手慣れてる様子だったわね。マガジンを取り替えるより効率よく見えたくらいだもの。……でも、それを踏まえた上でも、やっぱり射程の短さがちょっと頂けないわね……」

「それはホントにそう」


 今後も【遺跡】に潜るなら、視界の開けた場所での戦闘も起きうる。


「……うぅーん」


 レックスはショットガンを手に唸った。


 長年、こいつに命を預けてきた。


 今では自分の体の一部のように感じている。


 威力も、射程も、どんなふうに弾丸が飛んでいくかも、手に取るようにわかる。


 目隠ししても分解整備できるし、どんな危機的状況でも迷いなくリロードから発砲までスムーズにこなせる自信がある。



 だが、それでも、【遺跡】での戦闘には性能が噛み合っていない――



 何よりレックスは、これから遺跡荒らしとして成り上がりたいのだ。



「俺も、ライフルに乗り換えるべきだとは感じてるんだけど」


 レックスは歯噛みするように言葉を絞り出した。


「アサルトライフルには、慣れてないから不安。ってのが正直なところかな……そんなこと言ってる場合じゃない、とは思いつつもね」

「抵抗があるのは理解できるわ。特に命を預けるモノだし。だったら、ショットガンとアサルトライフルを両方持ち運ぶ手もあるんじゃないかしら。レックスの体格なら割と余裕があるんじゃない?」

「……それは、たしかにアリだ」


 ――そしてアグレッサーの銃は、全ては売らずに、最も状態の良い1挺を念のため残してある。


「……タグの一部を弾薬に替えられますか?」


 ふたりの会話を見守っていた銀行員が、笑顔で尋ねてきた。


「いい? レックス」

「うん、お願い」

「それじゃあ、AP弾を150発と、練習用にHP弾を――」



 タグ数枚を弾丸に両替。



 荷物の大部分を売却し、身も心も軽くなったレックスたちは、満足げに取引ブースをあとにするのだった。



「――いい取引ができたみたいね?」


 そして出て早々、笑顔のクリスティナに出迎えられた。


「まだいたんだ」


 レックスの顔に表情は出ないが、げんなりした声が心情を物語っていた。

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