Chapter12 : 対価


「――オラッ反省しろ!」


 警備員に取り囲まれたレックスは、警棒でタコ殴りにされていた。


 ドガッバキッとエグイ音がしているが、レックスは甘んじて無抵抗で受けている。


「クソッ全然効いてる感じがしねえな……」


 殴る手を止めて、警備員のひとりが呆れたようにつぶやいた。


 レックスの外骨格はカチカチの装甲板ではなく、微妙に柔軟性が保たれたラバーのような質感をしている。それでいて、強い衝撃を受けた瞬間に硬化する性質があるらしく、警備員たちは石像でも殴っているような感覚に襲われていた。警棒を握る手がしびれて痛むくらいだ。


「いや、そんなことないです。痛くて泣きそう」


 殊勝な態度で、ぷるぷると首を振るレックス。


「嘘つけ! 悲鳴のひとつも上げねえくせに!」

「男なら痛くても我慢して声を出すなって親父に言われてて……」

「それにオメーの目ん玉、涙とか出ねえだろこれ!」

「心で泣くんですよぉ」


 ちなみにこの暴行は、構内で銃を抜いたことに対するペナルティだ。これをやられると、どんな荒くれ者でも二度とやらなくなるか、二度と銀行に来なくなるらしい。


「よし、もうそのくらいでいいだろ」


『警備主任』の腕章をつけた重装警備員が、ぱんぱんと手を叩いてお仕置き暴行をやめさせた。ごわごわな黒ひげを生やし、右目のあたりに大きな刃傷が刻まれた、強面を絵に描いたような男だ。


 ある程度の地位にある人物なら、上位の治療キットを使えば傷ひとつ残さず綺麗に治せそうなものだが、威圧目的のために敢えて残しているのだろう。


「おい、小僧……」


 怖い顔を作った警備主任が、ギロッとレックスをめつける。


「多少のいざこざなら大目に見るが、銀行内で銃を抜くのはご法度だ。弾ァ入っていようがいまいが、本来なら射殺されたって文句は言えねェ」


 凄む警備主任に、「反応すらできなかったくせにー」とレイダーから野次が飛ぶ。「うるせえコラ、外野は黙ってろ!」と怒鳴り返す警備主任。


「――というわけで、次はねェぞ。この場を守る警備員オレたちにも、メンツってモンがあるんだ。、オレたちの前で銃を抜くってェのは、つまりオレたちをナメてるってことだ。……お前なら、オレの言いたいことがわかるな?」


 辺境の理論に近い。要は「ナメた真似したらブチ殺すぞ」という遠回しな宣言。


「ハイ! 以降、気をつけます」

「よし。……で、だ。おいコラ女狐」


 警備主任が、床で尻もちをついたままのクリスティナに視線を転じる。


「うぇぇん。殺されるかと思ったわぁ~~~!」

「バカタレお前」


 げんこつ。


 ごちんと警備主任の拳が頭頂部にめり込み、「ぎゃっ」と色気もへったくれもない悲鳴を上げるクリスティナ。


「テメェもテメェでいい加減にしやがれ! オレたちをダシにしていつもいつも人様を煽りやがって……大概にしねェと『火遊び』じゃなくて『火炙り』のクリスティナにすっぞコラ、おォ!?」

「…………えへ、えへへ、えへへへへ」


 凄む警備主任を前に、下手な泣き真似をやめて、クリスティナがだらしなく笑い始めた。


「最っ高、だったわぁ……」


 うっとりとした顔で、レックスを見つめる。


「死の気配を感じた……本当に、殺されるかと思ったの。素晴らしかった……」

「ええ……」


 反省するどころか何やら感動しているクリスティナに、心底ドン引いたレックスの口から思わず声が漏れた。


「なにこのひと……」

「……『火遊び』のクリスティナ」


 げっそりした顔でカンナが言う。


「ことあるごとに他人を煽って、逆上させてはスリルを楽しむ変態よ……」

「ええ……なんで生きてるの?」


 レックスの辛辣な感想に、思わず周囲も笑う。


「あ、いや、生きる価値なくない? って意味じゃなくて、なんで誰にも殺されずに済んでるんだろうと思って……」


 一同が「えへ、えへへ」と恍惚としているクリスティナに視線を注いだ。


「……なんでだろうな……」

「怒るにも……体力が必要なんだよ……」

「いざブチ殺そうと思ったら、なんかドッと疲れちまうんだよな……」


 口々に、げんなりした顔でつぶやくレイダーたちに、「ふぅん……」とレックスは興味深げにうなずいて、カンナを見やった。


「……俺は、『火遊び』の前提を知らなかったから、疲れなかったのかもね」

「……そうかもしれないわね」

「そうなのよぉ! なんだかんだでみんなやる気をなくしちゃうの! やっぱり初物は最高だわぁ!」


 立ち上がりながらニコニコするクリスティナに、レックスは呆れを隠せなかった。


「自殺願望ってやつなのかな。自決は個人の自由だけど、他人を巻き込まないでやってほしいね」

「死にたいわけじゃないのよ。『死んじゃう!』って感じたいだけで……」

「辺境で暮らしたらどうだろう。あなたが求めるスリルで満ち溢れてる」

「だから、死にたいわけじゃないのよぉ」

「……都会って色んな人がいるんだね」


 だめだこりゃ、とばかりに天を仰ぐレックス。


「いや、滅多にいねえから!」

「グラント市にひとりしかいねえよこんなの!」

「頼むからコイツを都会人のサンプルにしないでくれ」


 周囲のレイダーたちがめちゃくちゃ嫌そうな顔で物申す。


「ああ……そうだ、言い忘れてたが小僧」


 と、夕飯に何を食べるかでも考えていそうな顔をしていた警備主任が、ふと思い出したように口を挟む。


「騒動を起こしたペナルティで、お前の整理券分のタグは没収する。もちろんテメェもだ、女狐!」

「はぁい。好きに持っていってちょうだいな」


 女狐ことクリスティナはどうでもよさそうに手をひらひらさせている。


「あの……聞きそびれたままなんですけど、結局"タグ"って何なんです?」


 価値があるモノらしいのはわかるけど……とレックスは控えめに尋ねた。


「あら! あらあら、本当に何も知らないのねぇ。教えてあげるわ!」


 目を輝かせて、ズイズイと距離を詰めてくるクリスティナ。レックスは嫌そうに身を引いた。


「いや……やっぱりカンナに教わるから――」

「タグってのは、これのことよぉ」


 レックスの意向を無視して、クリスティナはドレスの胸元――胸の谷間から、金色に輝く金属製の薄い板を抜き出した。2×4センチほどのサイズで、何やら文字が刻印されているのがわかる。カンナが整理券の代わりに受付で渡していたやつだな、とレックスは気付いた。


「……谷間そこから出す必要あった?」


 と、冷ややかな声を浴びせるカンナ。


「こうするだけで男受けが断然いいのよぉ。お手軽にタグの価値が上げられてお得なの。真似していいわよ――って言おうと思ったけど、カンナちゃんには、ふふ、ちょっと難しそうね」


 ちら、とカンナの胸部を見てくすくすと笑うクリスティナ。


「タグ1枚でコイツぶん殴れるなら安い気がしてきたわ……!」


 額に青筋を浮かべたカンナが、拳を握りしめてプルプルしている。


「乗せられるな、そんな価値ねえよコイツには」


 警備主任は呆れ顔。


「……それもそうね。ハイこれ、レックス」


 ごそごそと腰のポーチをあさって、カンナが別の"タグ"を取り出し手渡してくる。『もっと近くで見たいけどクリスティナからは借りたくないなぁ』と考えていたレックスには、渡りに船だった。ありがたく拝借する。


「これが"タグ"……」


 天井の明かりにかざしてみたレックスは、「うわっ」と驚きの声を上げた。



 ライトの光を受けて、タグから何かが飛び出してきたからだ。



「人の……顔?」


『それ』には、実体がなかった。まるで亡霊のように、青い半透明の人相の悪い男の顔が浮き上がって見えた。男の顔の横にはずらずらと何かが書き連ねてあるが、全く読めない。


 銀行の入口にあった標語と違って、読み方がわからないのではなく、文字からして判読不能なのだ。


 まるでこの世界の文字ではないような――


「"異界勢力アグレッサー"の中でも、練度の高い連中が持っている認識票――つまり身分証よ」


 レックスの反応を楽しむように、ニコニコしながらクリスティナが言った。


「光を当てると、そうやって立体映像が浮かび上がる性質があるの。ドッグタグ、IDタグとも呼ばれていて、グラント市をはじめとした大都市では、通貨として流通しているわ」

「へぇ……」


 解説を聞きながら、興味深げにタグを観察するレックス。


 角度を変えると、立体映像ホログラムの男の顔も向きが変わって面白い。どうやって投影しているのか、まるで原理がわからなかった。


「これ、どういう仕組みで動いてるの?」

「不明よ。これまで、大勢の技術者たちが解析を試みたらしいけど、私たちの世界の技術では再現できないことだけがわかったみたい」

「……そうなんだ」

「そして――それが大いに意味を持つわ、銀行ここではね」


 クリスティナが笑みを深めて、構内の窓口をサッと手で示した。


「銀行は、そのタグを弾丸と交換してくれるのよ。あなたが使ってるショットガンのスラッグ弾なら120発、9ミリ拳銃弾ならだいたい500発くらいとね」

「えっ!?」


 ガンッ、とレックスは頭を殴られたような衝撃を受けた。


が……そんなに!? こんなちっぽけな板切れが!?」


 途端、手の中のタグが重みを増したように感じられた。辺境育ちのレックスにとって、銃弾とは最も重要な物資のひとつだ。ショットガンの実包シェルに換算するなら、スラッグ弾120発といえば、燻製肉20kgを優に超える価値を持つことになる……!


「そんなに……貴重なの、このタグって。いったい何の役に立つの?」

「それ自体は、何の役にも立たないわ。ただ立体映像が浮かび上がるだけで。でも私たちの技術ではだから、通貨として都合がいいのよぉ」

「…………ははぁ、なるほどなぁ」


 レックスは感心した。


「これがただの金属板だったら、似たようなものをいくらでも作れちゃうけど、立体映像のおかげで真似できない。だから、偽物が出回って、――なんてことが起きないわけか……」

「そういうことよ♪」

「えっ……じゃあ待って!?」


 そこで、はたと気づいたレックスは、愕然と警備主任を見やった。


「俺、これを没収されちゃったんですか……!?」

「そうだぞ。悔い改めろ」



 ――レックスはがくりと膝から崩れ落ちた。


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