Chapter8 : 極光


 ――ギリースーツ男たちの装備は、そこそこ価値のあるものだったらしい。


「最高級品は持ってなかったけど、中級グレードの回復薬はあったわ。あと、弾薬は貫通力が高いヤツを使ってた。防弾プレートも無傷だし、持って帰りましょ」

「そうしよう、そうしよう」


 なにせひとりは頭を撃ち抜かれて即死、もうひとりは首をへし折られて即死だ。他の部位はきれいなものだった。


極光壁オーロラ】もすぐ近くなので、持てるものは全て持って行くことにした。荷物を整理してから、レックスたちは再び木立を突き進む。



 穏やかな午後の日差し。


 そよそよと風に揺れる木漏れ日。


 葉擦れの音がさざなみのように響いては、豊かな腐葉土の香りが運ばれてくる。



 ――時折、遠くから銃声が響いてくる点に目を瞑れば、まるでピクニックにでも出かけているかのような陽気だった。



「カンナのお陰で、ずいぶん気が楽になったよ」


 先ほどまでの緊張状態とは打って変わって、少し肩の力を抜いた様子のレックスはささやくようにして言う。


「少なくとも近くには待ち伏せしてる奴がいない」とことが、どれだけありがたいか。


 まあ、カンナの能力の有効範囲はおそらく半径50メートルほどと思われるので、声は抑えるし、余計な音も立てないよう気をつけているレックスだったが。


「そうでもなきゃ、こんなお荷物まで抱えて歩けないところだった」


 片腕に抱きかかえたリュックサックを示しながら、「助かったよ、ありがとう」とレックスは改めてカンナに感謝の意を伝える。


 ――先ほど、身軽になるため紐を切って捨てたリュック。


 ただでさえ使い古したボロだったのに、紐まで切断してしまったので、今となってはただの取り回しの悪いデカい袋に成り下がってしまった。「不届き者たちのバックパックと交換したら?」とカンナにも勧められたが、レックスは敢えてこのリュックを持って帰ることにしている。



 なぜなら、これは故郷の村から持ち出せた、数少ない私物のひとつだから。



 幼い頃に使い始めて以来、様々な思い出が詰まった愛着のある逸品だ。そしてそんな大事なものでも、いざというときは迷いなく切り捨てるあたり、レックスの育ってきた環境が窺い知れる。


(まあ、所詮はモノだし)


 命には代えられないよね、というのが過酷な辺境で育まれた価値観だった。


 ……ただ、取っておけるならそれに越したことはない。今後は貸倉庫屋レンタルストレージにでも置いておいて、荷物入れとして使うことになるだろう。


「どういたしまして。でも、わたしの索敵も完璧じゃないから、レックスも一応警戒は続けておいて」


 定期的に周囲を見渡しているカンナは、ちらと振り返って硬い笑みを見せた。


「特に"異常存在アノマリー"なんかは、視えない可能性の方が高いから」

「……ここ、アノマリーも出るの?」


 警戒レベルを再び引き上げながら、レックス。


「『アノマリーと遭遇したことがある』っていう、そこそこ信用できる主張はひとつふたつ聞くわ。根も葉もないただの噂なら、山ほどね。でも、本当にヤバい存在に出くわしたら、そもそも帰ってこれない可能性が高いから……」

「……なるほど。語り継ぐ人がいなければ、噂にもならない」

「そういうこと。あと、『いなかったはずのアグレッサーやクリーチャーが突然近くに現れる』なんてこともあるわ。これに関しては断言できる……」


 カンナは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「さっき、わたしもそれでやられたから。いきなり4人組が真横に現れたの」



 その言葉に、レックスもすとんと腑に落ちるものがあった。



 ――類まれな索敵能力を持つはずのカンナが、なぜ人数不利の撃ち合いを強いられていたのか。



 あれは、そういうことだったのか。


「……気を抜かないようにしよう」


 レックスは、良い意味でカンナをあてにしないことにした。


 近くに敵がいないことが確定しているが、新たにやってくる可能性はあるわけだし、人知の及ばない理不尽が降りかかることもある――



 要は、ここを故郷の森だと思えばいいのだ。



「あ、でもちょっと待って」


 気持ちを切り替えた矢先、不意にカンナが立ち止まる。


「うん」


 言葉少なにレックス。カンナが振り返ると、腰を落とし、リュックを捨て置き、射撃・移動ともに即座に対応可能なレックスがいた。少し目を離した隙にガチめの警戒態勢に切り替わっていて、やや驚くカンナ。


「あ、ごめんなさい、敵じゃないの」

「オーライ」


 それでも姿勢は崩さないレックス。


「あそこに大きな石があるでしょ」

「うん」


 カンナが指差す方向に、スッとショットガンを構える。


「――いつでも撃てるよ」

「あ、ごめんなさい、危険物でもないの」

「そうなんだ」


 さすがのレックスも少し困ったように銃を下ろした。


「【遺跡】には、旧時代の人たちが持ちきれなかった貴重品がたま~に隠されている場所があるの。あの石も、そんな隠し倉庫スタッシュのひとつ――であることが多いわ。場所はだいたい固定だから、行きがけ・帰りがけの駄賃にチェックしてみて損はないわよ」

「へえ! それは興味深い」

「漁れたら美味しい倉庫スタッシュがあるから、帰り道にこのルートを選んだってこともあるのよ」

「そうだったんだ」


 カンナいわく、狙撃されやすいルート、待ち伏せされやすいルート、リスクは少ないが実入りも少ないルート――などなど、【遺跡】からの帰還方法ひとつ取っても、色々あるらしい。


(学ぶことが多いなぁ)


 周囲を警戒しつつ、ざっくりと説明を受けて痛感するレックス。聞けるうちに聞いておかねば、と一言一句漏らさぬ構えで真剣に聞く。



 ――なお、今後ともレックスに手取り足取り遺跡荒らしのノウハウ教えてあげる気満々のカンナと、現状ほぼ貸し借りなしと認識しているレックスとで、ふたりの間に微妙なすれ違いが発生していた。



「ただ、倉庫スタッシュのある場所は、ベテランの同業者ならだいたい把握してるし、ここのスタッシュも『知る人ぞ知る』の典型的なヤツよ。で、さっき待ち伏せしてた奴らがいたでしょ?」


 バックパックからワイヤーを取り出すカンナに、レックスもピンと来た。


「アイツらが既にここを漁っていて、何か罠を仕掛けてるかもしれない?」

「可能性はあるわ。連中、スタッシュここから出る類の貴重品は持ってなかったし、取り越し苦労かもしれないけど」


 ワイヤーでササッと投げ縄をこしらえたカンナが、器用に投げて石に引っ掛ける。


「というわけで、近寄らずに引っ張ってみましょ」

「俺がやろう。力仕事は得意なんだ」


 ふたりで木の陰に隠れて、レックスがグイとワイヤーを引っ張った。


「…………」


 大きな石が裏返りながらすっ飛んでいったが、10秒経っても何も起きない。


「ここらで産出する手榴弾は、どんな遅延信管でも8秒で爆発するわ。たぶん、罠はなさそう。あとは肝心の隠し倉庫スタッシュがあるかだけど……」


 様子を見に行ったカンナは、「ビンゴ!」と小さく喜びの声を漏らした。石の下には、金属製の小さな箱――ないしコンテナなようなものが埋められていた。


「これが隠し倉庫とやらなんだね」

「そう。開けられた形跡はないわね」


 サッと周囲を見回してから、「見てみましょう」とフタの留め具を外すカンナ。


「む! ……むーん。可もなく不可もなく、ってとこね。壊れた情報端末、まあまあ当たり。小型ライト、当たり。車両のキー、ちょいはずれ。旧世界の通貨たくさん、大はずれ。バッテリー、まあ当たりだけど、重いのが玉に瑕。あとは……他所でも拾えるから持って帰るほどじゃないわ」

「なるほど。じゃあバッテリーは俺が持とう」


 どうやらスタッシュの大部分はバッテリーが占めていたようだ。「これだけ状態が良かったら、田舎だとめっちゃ重宝されるよ」とレックスは感心しきりだった。


「よし、じゃあさっさとズラかりましょっ」

「賛成っ」


 別の誰かが漁りに来る前に、急いでその場をあとにする。


「かなりの大荷物になったね」


 片腕にボロの大型リュックを抱え、回復薬や弾丸ではち切れそうなバックパックを背負い、アグレッサーのアサルトライフルを何挺もぶら下げ、極めつけにワイヤーで特大のバッテリーをバックパックの下にくくりつけているレックスが言うと、説得力が凄まじかった。


 機動力が落ちまくっている現状、奇襲を受けたらかなりまずい。


 なので、話しながらも警戒は怠らない。


「そうね。これだけ持って帰るのはわたしは初めてかも。レックスの持ち物もわたしの成果にカウントするなら、だけど」

「カンナの成果みたいなもんさ。だって、俺だけだったらクリスタルのアクセサリーしか持って帰らないところだったんだよ?」

「あはは、それもそうだったわね」

「ははっそうなんだよ、ハハハ……ハハ……」


 しゅん、と思い出したように肩を落とすレックス。


(……普通にまだ吹っ切れてなかったんだ)


 笑い飛ばすノリかと思って合わせて笑ったら、空元気だったらしい。その野性味溢れる容姿とは裏腹な、レックスの繊細な一面を垣間見るカンナなのであった。


「……それにしても、【遺跡】って不思議だね」


 やや強引に気を取り直したレックスは、木立の奥に広がる虹色の輝きを眺めながら独り言のように言う。


「『入るたびに物資が復活する』だなんて……【遺跡】がなかったら、俺たち人類なんかとっくの昔に滅んでたんだろうなぁ」


 どこか感慨深げなその言葉に、「……そうね」とカンナもうなずく。


「まあ、『物資が復活する』わけじゃなくて、わたしたちが『違う世界線に入り込んでいる』っていうのが定説らしいんだけど……」

「せかいせん……?」

「興味があるなら、あとで詳しく話してあげる。でも今は――」

「そうだね、とりあえず――」


 いよいよ、虹色の輝きが強くなってきた。


「――帰ろうか、元の世界に」



 レックスたちの眼前に、果てしない光の壁が広がっている。



 かつて栄華を極めた人類社会を滅ぼし、恐るべき怪物クリーチャー異常存在アノマリーが闊歩する元凶となった、次元災害の残滓。


 文明崩壊の象徴にして、現人類に残された最後のよすが


 旧世界の空間を【遺跡】としてくり抜き、永遠に隔離する次元の歪み。



 その妖しい輝きから、シンプルに、【極光壁オーロラ】と呼ばれている。



 レックスとカンナは肩を並べて、虹色の輝きの中に踏み込んでいった。



 ふわりと身体が浮き上がるような感覚に襲われ、そして――



 暗転。



「――――」



 まどろみにも似た感覚の中で、誰かのささやきを聞いた気がした。



「どうにか――」


 カンナの声。


「――今回も、生きて帰ってこれたわね」


 気がつけば、レックスは、しっかりと石畳を踏みしめて立っていた。


 現実感が戻る。


 街の雑踏、人々の活気が押し寄せる。


 目の前には虹色の壁ではなく、無秩序に家屋がひしめく、雑然とした街並みが広がっていた。



【遺跡】を中心に栄える商業都市。



 現人類の砦のひとつ、【グラント市】だ。

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