Chapter7 : 自信
「カンナ、まだ敵がいるかもしれない」
仕方がないので木の上から飛び降りたレックスは、姿勢を低く保ち、しきりに周囲を気にしながらささやくようにして告げた。
「見たところ、人間はいないわ」
しかしカンナはあっけらかんと答える。
「……少なくとも、半径50メートルくらいには」
一応、レックスに合わせて姿勢を低くしながら、ぐるりと周囲を見渡して付け加えるカンナ。控えめな言葉だが、妙な確信を滲ませる口調だった。見晴らしの良い平野ならともかく、視界の悪い木立でそんなことを言われても――
(と、普通なら思うところだけど……)
今しがたレックスの居場所を一瞬で看破してみせたばかりだし、何よりカンナは、
『何が起こっても恨みっこなし』の殺伐とした世界で、やっていくだけの自信と実力を備えている――その言葉には一定の説得力があると考えるべきだった。
「……さっきの銃声は聞こえた? あれ、別の敵からの攻撃じゃないかなって」
とはいえ、「なあんだ、それなら安心だね!」とすぐに警戒を解けるほどレックスは能天気ではない。こと『狩り』に関しては。
「レックスが撃たれたあとの3連射のことを言ってるなら、撃ったのはわたし」
「えっ」
が、再びあっけらかんと答えられて、言葉を失うレックス。
3連射……3連射だっただろうか。言われてみればそんな気もするが……
「いや、よく覚えてない……3連射だったかな」
困惑気味に答えたレックスは、「……なんで撃ったの?」と逆に聞き返す。援護射撃にしては、当てずっぽうすぎるというか、最悪の場合レックスに当たる可能性もあったわけで。
「確かこっちの方……ついてきて」
立ち上がって、木立の奥へすたすたと歩いていくカンナ。自然体で無警戒に見えるが、足取りはしっかりしているし、さり気なく周囲を見回しているし、銃をいつでも撃てるよう緩く構えているようだった。
レックスも、警戒しながらそのあとについていく。
すぐに、先ほどの
「ビンゴ」
さらに十数メートルほど行ったあたりで、立ち止まった。
「…………」
今度こそ、レックスは絶句してしまう。
また別の、ギリースーツを身に着けた男が茂みの中に倒れていたのだ。
まるで寝落ちしてしまったかのように、うつ伏せのままぴくりとも動かない。その手には狩猟用の大口径ライフルが握られたままだった。
かすかな血の匂い。頭部周辺の土が湿っている。
――頭を撃ち抜かれての即死。
誰にやられたか? 言うまでもない、カンナだ。
木立の外からの3連射で、この男を仕留めた……?
「格好からして、そっちにいたギリースーツ男の仲間みたい。木立に潜むことに特化した偽装、生半可な防弾アーマーじゃ防げない大口径ライフル、帰還者狩りの常習犯ね。これ以上、被害者が増える前に仕留められて良かったわ」
銃を構えながら、死体を足で軽く転がして死亡確認をするカンナ。確かに、この男も、レックスが出くわした擬態男とそっくりなギリースーツを身に着けていたし、フェイスペイントのやり方や装備の付け方なども似通っていた。
おそらくふたりで組んで待ち伏せしていたのだろう。少し距離を離して隠れておくことで互いに援護し合う想定だったのか。
ただ、想定外があったとすれば、多少の茂みなどものともしない馬鹿力の重装甲
「たぶん、俺ともう片方の奴が取っ組み合いしてたから、誤射を恐れて援護できなかったんだろうね」
そしてレックスに相方がやられ、誤射の心配がなくなった瞬間に、今度は木立の外から想定外のカンナの3連射が飛んできた、と――
「すごいね。これどうやったの?」
レックスは思い切って尋ねてみた。
「……言ったでしょ、索敵には自信がある方だって」
カンナはどこかぎこちなく笑う。
「わたし、ある程度の距離までなら、障害物越しでも人が『視える』のよ」
――そう言われて思い出したのは、最初の地下倉庫で見たカンナとアグレッサー4人組の銃撃戦だった。
手榴弾から逃れて飛び出したアグレッサーに、カンナは素早く、正確無比な射撃を浴びせて倒していた。
だが、今考えると、あの射撃は早すぎた。
カンナもまたコンテナの陰に隠れていたのだから、『身を乗り出して、狙いをつけて、撃つ』――という段階を踏む必要があったはずだ。
なのに、あのときのカンナは『身を乗り出した瞬間に撃って』いた。
――まるで最初から狙いをつけていたかのように。
「
レックスは感嘆の声を上げた。
噂には聞いたことがある。ごくごく稀に、超常的な能力を宿した人がいるらしい、とは。
もちろん、レックスの故郷の村にはサイキックなんてひとりもいなかった。ミュータントなら、変異具合に差があるとはいえ、数人はいたというのに。
そう、サイキックはミュータントと比べ物にならないくらい、希少な存在なのだ。
「"
ひょいと肩をすくめたカンナは、申し訳無さそうに表情を曇らせる。
「ごめんなさい、あらかじめ話しておいた方がよかったんだろうけど」
「いや、いいよ。本来なら、こう……もっと親しい間柄になってから打ち明けるべきことだもんね。それに、俺は助けられたわけだし」
足元の、ギリースーツ男の片割れを見下ろしながらレックスは言う。
カンナが即座に仕留めてくれたからいいものの、この大口径ライフルで不意打ちされていたら、いかにレックスと言えどもただでは済まされなかっただろう。
成り行きでカンナを助けたレックスだが、爆速で借りを返されてしまった形だ。
「助かったよ、ありがとう! これで貸し借りなしだね」
「まだまだ。わたし、借りは2倍にして返す主義だから」
良いことも、悪いこともね、と不敵な笑みを浮かべるカンナ。
「とりあえず、帰ったらご飯を奢る約束もしてるし。……この不届き者たちも、治療薬のひとつやふたつは持ってそうだから、剥ぎ取ってさっさと戻りましょ。これ以上誰かと出くわす前に」
「オーライ、そうしよう。このまま別の同業者と鉢合わせはゴメンだよ」
話題は尽きなかったが、キリがないので後のお楽しみに取っておくことにする。
「じゃ、剥ぎ取りは任せて」
「カンナのバックパックは? 俺、取ってくるよ」
ちなみに今のカンナはバックパックを背負っていなかった。戦闘の可能性を考慮して、身軽になるため置いてきたのだろう。
「木立に入ってすぐの茂みに隠してきたけど、わかる? あっちの方」
「足跡たどってみる。すぐ戻るよ」
言うが早いか、レックスはトトトッと軽やかに走り出した。
カンナは、木立の中でも音を立てずに移動する術を身に着けているようだったが、土が柔らかい部分もしっかりと踏みしめて歩いていたようだ。
お陰で、足跡をたどりやすい。
(ま、ここの【遺跡】の大部分は商業施設だもんなぁ)
カンナの立ち回りもそれに特化しているのだろう。つまり森歩きにはそこまで熟達する必要がない。木立なんて行き帰りの通過点にしかならないだろうし……
(そうしてみると、ギリースーツ野郎どもの足跡は、あんまり目立たないな)
さすが、というべきか、木の根や土の硬い部分など痕跡を残しづらいポイントを見極めて移動していたようだ。
本当に、木立での待ち伏せに特化していたのだろう……そんな奴らを無傷で制圧できたのは、運が、良かった。
「……くそっ、自信なくすなぁ」
木立の入り口で、カンナのバックパックをサクッと回収しながら、レックスは小さくつぶやいた。
ビギナーズラックでお宝をがっぽり手に入れたと思ったら、ほとんどゴミで。
戦闘はうまくやれると思ったら、得意な緑のフィールドで遅れを取ってしまった。
結果的にカンナのおかげでアグレッサーの装備や医薬品も回収できたし、五体満足で生き延びたしで、終わりよければ全てよし――ではあるのだが、こんな調子を毎回続けていたら命がいくらあっても足りやしない。
(森での狩りも、命がけといえば命がけだったけど……)
バケモノとはいえ、獣の延長線上にいるクリーチャーたちが主な相手だった。
(やっぱり【遺跡】は……人間が相手だとぜんぜん違うなぁ……)
今回はよかったが、先ほどの擬態男だってそうだ。もし彼らが罠を多用するタイプの『狩人』だったなら、レックスはもっとヤバい状況に追い込まれていたはず。
(熟練者でサイキックのカンナでさえ、一歩間違えたら簡単に死にかける世界なんだもんなぁ)
そんなところに、素人の自分が飛び込んで、果たしてやっていけるのだろうか?
「……やっていくしか、ないんだよな」
こつん、とレックスは拳で自分の頭を小突いた。
「よし。頑張るぞ」
――こんなところでくたばるわけにはいかない。
「立派になって、俺がみんなを語り継ぐんだ」
そのためには、やれることはなんでもやろう。
(とりあえずご飯のときにでも、カンナに色々とコツとか教えてもらおう……)
などと、狡猾(?)に企みながら、レックスはカンナのバックパックを抱えて、何食わぬ顔で戻るのだった。
もっとも、外骨格と複眼で構築されたレックスの顔面には、『表情』なんて高尚な機能はないのだが……
†††
「はぁ」
一方で、不届き者たちの貴重品を物色しながら、カンナも肩を落としていた。
(自信なくしちゃいそう)
今日という日に打ちのめされているのは、実はカンナも同じだった。
(……これでもベテランな方なんだけどなぁ)
カンナは、人生の半分近くを【遺跡】に関わって過ごしてきた、筋金入りの遺跡荒らしだ。
歴戦の遺跡荒らしであった養父の教えを受け、用心に用心を重ね、持てる力と知恵を振り絞り、持って生まれた異能まで最大限に活用して、しぶとく【遺跡】から生還し続けてきた。
の、だが……
(今日は……しくじっちゃったな……)
アグレッサー4人組との、圧倒的不利な銃撃戦。はっきり言ってアレは予測も回避も不可能だった。
【遺跡】では何の前触れもなく、理不尽が襲いかかることがある。カンナは今日、最も凶悪な洗礼を浴びてしまったのだ。
そしてカンナは、どちらかというとそんな『理不尽』を前もって回避するか、先手を打って潰すタイプであり、そのどちらも通用しなかったときに切れる手札が乏しかった。
(まあ大体の遺跡荒らしは同じ状況になったら死ぬしかないけど!)
カンナも、『そんなときはもう死ぬしかない』と割り切っていて、現に今日、精一杯にあがきながらそのノリで死にかけたわけだが。
(レックスがいてくれて助かった)
結果、その命の恩人のドタマをブチ抜きかけたのは御愛嬌だ。
(いやー……さすが辺境には、すごいのがいるわね……)
『未開拓の辺境は人外魔境の過酷な世界』、と噂には聞いていたが、自称『素人』のレックスのポテンシャルの高さには舌を巻くばかりだ。
それこそ、最初は大雑把に見える言動のせいで舐めてかかっていたが……
(圧倒的フィジカル。羨ましいわ)
多少便利な『目』は持っていても、肉体的には普通の娘であるカンナからすれば、レックスのありあまるパワーとタフネスは喉から手が出るほど欲しいものだった。
木立に入ってみて、樹上に隠れているのを見つけたときはびっくりした。ロクにとっかかりもない木のあんなに高いところまで、どうやって登ったのだろう。ジャンプしたとか? まさか。
(それに『足跡たどってみる!』じゃないのよ)
オマケに感覚も鈍くないと来た。確かに、市街戦に比べれば、自然環境下での隠密行動などは自分も甘い点があるとは思うが……それでも素人レベルは脱している自負はあったのに……
「……ふふ」
いつしか、カンナは笑っていた。
『――磨かれる前の原石っていうかな。そういうのを見つけた気分だ』
幼い頃の、養父の言葉が蘇る。
『お前を磨いたら、どれだけ光り輝くのか。オレはそれを見てみたいんだよ』
あのときの養父の気持ちが、わかった気がする。
「原石、か」
レックスが去っていった方を振り返って、カンナは頬をほころばせた。
見てみたい。
磨けば、彼がどれだけ光り輝くのか。
「わたしも、『恩返し』をする日が来たのかな」
かつて、養父が自分に全てを教えてくれように。
自分も、また――
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