Chapter6 : 看破
鬱蒼と生い茂った木立の中。
肉薄。互いに息がかかるほどの至近距離。
ライフルの銃口が自分に向けられる前に、その銃身をむんずと握り込む。
村じゃ一番の力自慢だった。単純な腕力でレックスに勝てる奴はそういない。
擬態男の努力も虚しく、銃身は呆気なく明後日の方向に逸らされ――パッと目の前で火花が散る。
――擬態男が苦し紛れに引き金を引いたのだ。
パチィッと空気の引き千切れる音が、銃声よりも先に頭の横をかすめていく。これからレックスがよく聴くことになる音だった。至近距離を銃弾が通過していった証。
本当に目と鼻の先で発砲されたにもかかわらず、複眼ゆえにまぶたがないレックスは、動じることなく擬態男を観察していた。
「あ、撃つんだ」と思っていた。
カンナもそうだったが、「思わず」とか「咄嗟に」で銃口を向けることは、まあ、あるだろう。レックスは見た目もイカついので同情の余地はある。
だけど引き金を引くのはダメだ。
それはもう敵だ。
しかも、先制攻撃に失敗したにもかかわらず、擬態男はレックスからライフルを奪い返そうと躍起になっている――腕力差があるのでぴくりとも動かないが。
同情の余地なし。
パチンとスイッチが入り、淀みなく身体が動き出す。
……それにしても、突然懐に敵が転がり込んできたときに、
レックスは素人だが、それでももっと他に適した武器があるはずだと思う。たとえば拳銃、ナイフ、あるいは――
拳とか。
ぐい、と銃身を引いて男を引き寄せたレックスは。
「ふんっ」
もう片方の手からショットガンを放り出し。
そのまま握りしめて。
パンチした。
「ごッ」
顔面の芯を捉える一撃。男の短い奇声。メグッゴキンッと鈍い音がして、その首が折れ曲がった。
――本当に幼かった頃を除いて、レックスは喧嘩をしたことがない。
ヘタすると相手が死んでしまうからだ。
木立が静かになった。
そう思った次の瞬間、ガガガァンッと別の銃声がこだまする。
「!!」
近い! 咄嗟に伏せてショットガンを拾う。
油断はしていなかった。『仕留めた』と思った瞬間が一番危ない、その教訓は身に染み付いている。
銃声とほぼ同時に、木立の葉っぱが撃ち抜かれ、土に着弾するビビシッという音も聞こえていた。こちらに向けた発砲。敵の可能性が高い。
(次から次へと!)
伏せたまま横に転がろうとして、リュックが邪魔になった。腰から
戦利品のアグレッサーの装備類も次々に放り出し、多少なりとも身軽になりながらショットガンを抱えて別の木の陰に身を寄せる。
『行きはよいよい帰りは怖い』、カンナの言葉が蘇る。帰ろうとしただけでこれだ、他にも伏兵がいるのかも……カンナ? 今の銃声はどこからだ? 木立の外だった気がする。――カンナが襲われた?
「くそっ」
援護に行った方がいいか。いや、木立の中に、他の敵がいるかもしれない。
どう動く?
自分ひとりだけならどうとでもなるのだが――最悪、戦利品は捨ててこの場から強引に離脱すればいい――『誰かの援護』だなんて。
(どうすりゃいいんだ)
わからない。
辺境の森にはほとんどひとりで潜っていたし、基本的にクリーチャーしか相手にしていなかった。仮に村の誰かが同行したとしても、ひとりじゃ手に負えないバケモノを狩るためで、対人戦における読み合いなんてやったことがない。
ここに来て、経験の浅さが露呈する。
(まあ仕方ないか)
ないものはどうしようもない。
一瞬、木の幹に体を預けて諸々のリスクを天秤にかけたレックスは、
「――カンナ! 木立に敵がいた!」
叫んで、知らせた。
『まだいるかもしれない敵』に自分の居場所を明らかにするようなものだが。
『まだ生きているかもしれないカンナ』への情報伝達を優先した。
その上で、当てずっぽうに木立の奥へショットガンを2発ぶっ放す。
威嚇射撃だ。連射したのは暴発事故でないことを示すため。さらに木立の奥の方にカンナからもらった
じわぁ……と滲み出るように、白い煙が溢れ出していく。『手榴弾』と言うからにはもっと激しいものを想像していたが……
(思ったより勢いないんだな)
頭の片隅でレックスは場違いなほど呑気な感想を抱いた。
じわじわ広がる煙幕をよそに、可能な限り音を立てず別の木陰へと走る。トトトッと軽やかに腐葉土の地面を蹴ったレックスは、ふわりと――その重量級の肉体からは想像もつかない身軽さで宙に舞う。
一般人が見たら目を剥くような大跳躍。
みしり、と大樹の幹がかすかに軋んだ。
まばたきほどの時間で、レックスは樹上に身を潜めていた。ショットガンを再装填しながら、周囲の様子をうかがう。
仮に、レックスの元いた位置に何者かが様子を見に来るようだったら、撃つ。
――いや撃たない方がいい? 相手の人数と装備次第か。最悪、全てを放り出して逃げるとしても、それはあくまで『最悪』のパターン。
レックスは観光でも度胸試しでもなく、
カンナのことは心配だが、それとこれとはまた別の話だ。
で、その別の話なわけだが――彼女はどうしているのだろう。
(あれから全く銃声がしない)
仮にカンナが撃たれたなら死んでいるか、動けなくなったか……反撃の銃声がなかった以上、ほとんど一撃でケリがついたと見ていい。
あるいは、さっきのアレはカンナと全く関係のない銃撃で、彼女も今のレックスのように様子見に徹しているのか。
わからない……
「…………」
静かだった。
災厄のときそのままに、隔離された世界の風が木立を揺らしている。
発煙手榴弾の煙も徐々に風に流され、薄まり、霧のようにして立ち込める。
【遺跡】にいるであろう他の
こうして樹上で身じろぎもせずに、周囲の気配を探っていると、なんだか故郷の森で狩りをしているような錯覚に襲われた。
『――狩人にいちばん必要な素質は何だと思う、レックス?』
ふと、幼い頃の父の問いかけをおぼろげながらに思い出す。
『はんしゃしんけー、かな』
確か自分はそう即答した。それも大事だ! と父は笑っていた。外骨格越しに感じた、頭を撫でる父の手。ゴツゴツとしているのに、柔らかくて、優しかった。
『俺の親父――レックスのおじいちゃんだな――は、忍耐こそが大事だ、って言ってたな。だけどそんな親父もある日、森の中で血のシミだけ残して消えちまった。忍耐強いだけじゃあ、ダメだったってこったな』
鬱蒼とした故郷の森を眺めながら、肩をすくめて父は飄々と。
『だから、俺は注意深さも大事だと思う。忍耐強く獲物を待つだけじゃダメなんだ。森の中じゃ、自分だって誰かの獲物かもしれないんだからな』
狩るか狩られるか。自分がいつ狩られる側に回るかわからない、その緊張感を忘れるな――と父は語っていたのだ。
父は、忍耐強く、注意深い狩人だった。
――だが、そんな父もある日、森の中で血のシミを残して消えてしまった。
それが父の血だとわかったのは、愛用のショットガンがそばに落ちていたからだ。
今、レックスが握っているショットガンに他ならない。
(注意深くても、まだダメだったんだ)
忍耐強く、注意深く、反射神経のある狩人。
それが、レックスだ。
「――――」
だから、スモークが晴れていってわずかに晴れた視界の端で、茂みが不自然に揺れたとき、レックスは即座に反応した。
滑らかに、緩やかにショットガンの銃口を巡らせる。急激に動くと気づかれる可能性があるから。
再装填は終わった。いつでも撃てる。
さあ、何が出るか。
「……レックス?」
ぴょこん、と茂みから銀髪の少女が頭を出した。
(――カンナ!)
無事だったのか、という気持ちと、あまりにも無警戒すぎる! という焦りと。
「今そっち行くから、撃たないで」
無言でどうしたものか迷うレックスをよそに、まっすぐにこちらを見ながらカンナは自然体で歩いてくる。
極力茂みは揺らさず、足音も立てず、するすると木々の間を縫うように――完全に無警戒というわけではないらしい。
……いや待て。
(なんで俺の場所が、すぐにわかったんだ?)
違和感。
レックスは【遺跡】の素人だが、森歩きならば一家言ある。
そして今のレックスは、かなりガチで樹上に潜んでいた。
なのに。
(彼女……茂みから頭を出したときには俺を見てなかったか……?)
きょろきょろと探すでもなく、視線を巡らせるでもなく。
隠れていたレックスを――まるで最初から見当がついていたかのようにまっすぐ見つめていた。
「…………」
全身が外骨格に覆われているレックスは、『鳥肌が立つ』という経験をしたことがない。
だが、この這い上がるような、どこか薄ら寒い感覚が、『それ』なのではないかと思った。
「木に登る同業は初めて見たかも……」
と、いつの間にか木の根元までやってきたカンナが、こちらを見上げてこてんと小首を傾げる。
その、美しい金色の瞳が、やけに艶かしく輝いて見えた。
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