Chapter5 : 突破


「わたしが先行する。なるべく、足音を立てないようについてきて」

「オーライ」


 薄暗い地下倉庫。


 焼け落ちた車両や、コンクリートの障害物。


 そういった遮蔽物から遮蔽物へ、二人は少しずつ、素早く移動していく。


(……意外と静かね、レックス)


 付近の人の気配を探りながら、カンナは思った。


 なるべく足音を立てないで、とは言ったものの、実はそれほど期待していなかったのだ。【遺跡】探索の初心者らしいし、身振り手振りから大雑把な印象を受けたし、しかも今は大荷物まで抱えているし。


 だが蓋を開けてみれば、足音はほとんど聞こえない。アグレッサーたちから奪った装備を身に着けているにもかかわらず、だ。複数のアサルトライフルを紐でくくりつけている都合上、どうしてもカチャカチャと金属音を響かせているが、それだけ。


 自分たちの息の音と、時折、どこかから響くパパパン、パパン……という銃声が、やけに大きく聞こえた。


(さすが、初探索で三人もアグレッサーを倒しただけのことはある……)


 密かに感心しながら進むうちに、出口の明かりが見えてきた。地下倉庫から地上へとつながる、緩やかな傾斜の広い通路。


「さて、ここからが最大の山場よ」


 コンテナの陰で一息入れながら、カンナは言う。


「『行きはよいよい帰りは怖い』」

「……何それ?」

「【遺跡】の格言。入るときより、帰りの方が狙われやすいの。アグレッサーの奇襲はもちろん、同業者が狙撃してくることもある。【遺跡】帰りはお宝をたっぷり抱えていることが多いから……今のわたしたちみたいにね」

「うへぇ。そいつは勘弁」


 カンナによると、自分では探索せずに隠れていて、帰ってくる同業者を狩る悪質な"遺跡荒らしレイダー"もいるらしい。


「わたしは――索敵には自信がある方だけど、遠距離からの狙撃だけはどうしようもない。一番の対策はとにかく走って、狙いをつけさせないこと。とりあえずあの木立まで一気に走るわ」


 カンナは50メートルほど先の木立を指差した。木立までは、空き地や道路があるのみで、見晴らしは非常に良い。


 ――逆に言えば、身を隠せる場所がほとんどない。ところどころ焼け落ちた車両の残骸があるくらいだろうか。


 銃の狙撃眼鏡スコープを覗いて偵察するカンナ。


「……あからさまに怪しい影や偽装はなし、と。奥に隠れられてたら今は見えないけど。レックス、その荷物を抱えたまま全力で走れる?」

「かなり余裕。なんなら【極光壁オーロラ】までノンストップで行ける」

「頼もしいわね」


 即答するレックスに、ニヤリと笑うカンナ。


「でも、木立に入ったら一旦物陰に隠れることをオススメするわ。待ち伏せを受けることもあるから」

「木立の中も安全じゃないのか……」

「むしろ、中の方が危ないかも。視界の悪い木立で待ち伏せに成功したら、漁るときも安全でしょ? 逆に、開けたところで狙撃すると、拾いに行ったら自分も別の誰かに狙撃される可能性がある」

「そういうこと……みんな、もうちょっと仲良くできないもんですかね」

「本当にね」


 その後、カンナから狙撃手の潜みやすい場所についてのレクチャーを受ける。出口から左手にある鉄塔や、背後のショッピングモールの屋上など。


「あとこれ、万が一に備えてスモグレと薬を渡しとくわね」

「ありがとう。スモグレ?」

発煙手榴弾スモークグレネード。爆発する代わりに煙幕を張る手榴弾。うまく使えば遮蔽物がないところでも姿を隠せる」

「ほほう……」

「薬は、いくつかある。まず鎮痛剤。他の感覚は鈍らせずに、痛覚だけを軽減してくれる。しばらく効くから、戦闘になりそうなときはあらかじめ飲んどくといいかも。こっちは治療シート。怪我に貼り付けると止血して傷の治りが早くなる。それでこっちが補完剤、内臓や骨を損傷したときは――」


 アグレッサーから回収したものや、もともとカンナが持っていたものまで、色々と手渡される。初めて見るものばかりだ。辺境の田舎では絶対に手に入らない貴重品。


「あとこれ。救命スティムパック。今まで説明した全部が一緒くたになってるようなすごいやつ」

「わ、噂に聞いたことあるよ。『死にさえしなければ何とかなるやつ』だって」


 ぱっと見は銀色の極太ペンのような、いかつい注射器だ。


「まさにそれよ。アグレッサーに使われなくてよかったわ」


 おそらくはレックスたちの所持品の中で最上級の貴重品だろう。いざというとき、適切に使える自信はなかったが、ありがたくもらっておく。


 ――ちなみに最初の鎮痛剤は、白い粉末を丸く固めたようなもので、ボリボリと噛み砕くと爽やかな甘味があり美味しかった。


「コレ美味しいな。無限に食べたい」

「街の食堂ならもっと美味しいものがあるわよ」

「マジで!」

「帰ったらご飯おごってあげる。行きましょう」


 にわかにテンション爆上がりのレックスをよそに、自らも鎮痛剤を噛み砕き立ち上がるカンナ。


「俺が先に出ようか? 今はアーマーも着てるし、撃たれてもそうそうやられないと思うけど」

「気持ちは嬉しいけど、後でも先でもあんまり関係ないわ。撃たれるかどうかは運次第、当たるかどうかも運次第。お互いのことは気にせず全力で走りましょう、どっちかが撃たれたら……可能な限り、援護するということで」

「オーライ。じゃあ気にせず走るよ」


 銃や装備品をチェックしてから、顔を見合わせて頷く。


「GO!」


 通路から飛び出すと同時、ゴウッと風が渦巻いた。


 凄まじい速度でレックスが駆けていく。あまりの速さに、呆気に取られたカンナの足が止まりかけたほどだ。


「はっや……」


 慌てて追いかけるが、みるみる引き離されていく。カンナも体は鍛えており、重量物も最小限に抑えているのだが、まるで歯が立たない。大人と子供のかけっこのようだった――




 ――一方で、全力疾走するレックスは、(ちょっと飛ばしすぎたかな)と背後を気にしていた。


 互いのことは気にせず全力で走ろう、と言われたので全力で走ったが、流石にレックスが先行しすぎたかもしれない。これではあとから走ってくるカンナが狙い撃ちにされてしまうのでは……


(いや、初心者の俺があれこれ考えても仕方ない)


 迷いを振り払い、目の前の木立に集中する。


(それに木立の中が安全とも限らないし)


 木立に悪質な同業者が潜んでいる可能性があるなら、撃たれても怪我しづらい自分が先に突っ込んだ方がいいだろう。


 安全を確保できたなら、カンナが他所から狙撃されたとしても、自分が発煙手榴弾を投げるなどして援護する手もあるし――


「さあ来るなら来い!」


 腹をくくって、レックスはトップスピードを維持したまま、一切の躊躇なく茂みに突っ込んだ。ガサガサバキバキッと草葉が揺れ、枝が折れ砕けていく派手な音。


 尖った枝は柔肌を抉る立派な障害物だが、あいにくとレックスの外骨格と筋力の前では無力だった。


 茂みを突っ切ったレックスは、カンナの助言通り、まずは遮蔽物となる太い木の陰に転がり込んだ。そして素早くショットガンを構えながら周囲の警戒を――


「っ!」

「あ」


 そして、自分の真隣の『茂み』と目が合った。



 ――まるで草木の化身のような男だった。



 周囲の風景に一体化するような色合いの、枝や葉っぱを模したモサモサな衣装ギリースーツを身にまとい、顔にはべったりと茶色や黒色の塗料を塗りたくっている。まんまるに見開かれた茶色の瞳とその周りの白目が、妙に生々しく感じられた。


 目立たず潜伏するために『そう』していたのだと、ひと目でわかる風体。


 しかもその手には、無骨なライフルが握られている。


 ……少なくとも自分が隣に転がり込んできて、喜んでるふうではなさそうだな、とレックスは思った。


「ええと、こんにちは」


 もしかしたら敵対的な存在ではないかもしれない、というわずかな祈りを込めて、レックスは礼儀正しく挨拶する。


「っ!!」


 一拍遅れて、金縛りが解けたかのように身を翻した擬態男は、その手のライフルをレックスに向け。



 ガァンッ、と銃口が火を噴いた。


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