Chapter4 : 回収


「それじゃ、装備を剥ぎましょ。取り分はお礼も兼ねて全部レックスので」

「お、そいつはありがたい。いいの?」

「もちろん。ほとんどあなたが倒したようなものだし……」


 カンナはみなまで言わなかったが、命を救われた対価としては安すぎるくらいだ。


「あっちの方の剥ぎ取りは任せていい? わたしはこっちからやる」


 言うが早いか、カンナは慣れた手つきでアグレッサーの遺体を探り始める。


 防弾チョッキや胸ポケット、腰のポーチなどを素早く確認し、弾丸や小物を抜き取っていく。


「あー……何を剥ぎ取ったらいいか、教えてくれない?」

「え?」


 バツの悪そうなレックスの言葉に、カンナが手を止めた。


「実は、【遺跡】に潜るのは今回が初めてなんだ」

「……すごいじゃない、初探索でアグレッサーに勝つなんて。しかも今回のこいつらかなりいい装備してるのに」

「運が良かっただけさ」


 おどけた風に肩をすくめる。謙遜ではなかった。カンナが手榴弾を使っていたからこそ、そのあとの石ころのブラフが効いたのだ。正面からやりあっていたら、三人まとめて倒すのはまず無理だっただろう。


 ――と、説明したいところだったが、時間がないのであとにする。


「本当に運だけなら、かなりの強運ね……じゃあレックスは武器と弾薬だけ集めておいて。その他の小物はわたしがやるから」

「オーライ、そうしよう」


 手分けして剥ぎ取っていく。レックスは、自前のリュックがお宝でパンパンなので、アグレッサーのバックパックを拝借することにした。


「カンナ、このバックパックって、何かいいもの入ってる?」

「医療キットが入ってる。鎮痛剤、治療シート……すごい、こっちには補完剤と救命スティムパック! 全部お値打ちもの。あとは食糧ね」

「食糧! そいつは重要だ」


 レックスは喜々として、バックパックに拳銃や弾薬を放り込んでいく。


「バックパックは背中に、リュックは胸側に背負ったらいいかな?」

「足元が見えないのはちょっと怖いわね……リュックには、何を入れてるの?」

「お宝さ! 上の階を探索してて見つけたんだ」


 ふふん、と得意げに胸を張るレックス。対するカンナは怪訝な顔をした。


「……中身を見せてもらっても?」

「もちろん。見たら驚くぞ~」


 リュックの中から、色々と光り物を取り出して見せるレックス。それらを一瞥し、しばらく沈黙したカンナは――


「あの……言いにくいんだけど、それほとんどゴミだと思う……」


 ――遠慮がちに、しかし容赦なく指摘した。


「えっ! そんな馬鹿な。こんなに綺麗なのにゴミってことはないだろ。例えば、ほら、これとか!」


 レックスがつまみ上げたのは、動物をかたどったデザインの、クリスタルガラス製のブローチだ。見たこともないほど精巧な作りで、旧世界の文明の優れた技術力を伺わせる。それは、地下倉庫の薄暗闇の中でもキラキラと輝いて見えた。


「見ろよこの輝きを! 俺の村じゃ、もっとショボいヤツでも家宝扱いだったぞ。特に男がプロポーズするときは、この手のお宝を贈るのがしきたりだったんだ。だから行商人に頼み込んで、方方ほうぼうを探し歩いてもらって、どうにか取引トレードで手に入れてた。すごく価値があるんだぞ!」

「……ちなみに、どういった取引を?」

「ウチはほとんど物々交換だったからな。『弾丸払い』なら実包ショットシェル50発、燻製肉なら10kgってところかな」


 レックスが暮らしていたような辺境の村落では、貨幣制度はほとんど普及していない。物々交換がメインで、特に【遺跡】で発見される弾薬は実用性が高いため、取引に好んで使われていた。そしてそういった取引は『弾丸払い』と呼ばれるのだ。


「ええ……」


 一方、レックスの説明に、カンナはドン引きしていた。


「なんて……なんてボッタクリ商売を……」

「……まあ、辺境だったから、多少のボッタクリは仕方ないさ」

「いや『多少』どころじゃない。例えばこのブローチだけど、街だとどれくらいの価値があると思う?」

「……多めに見積もって、ショットシェル30発くらい?」

「残念。何も交換できないわよ。このブローチが10個あっても、9ミリ拳銃弾1発と交換してくれる物好きがいるかいないか、ってレベル」

「は?」


 唖然。


「いやいや……いやいやいや、それは流石に嘘だろ? 10個? え?」

「…………」

「俺を担ごうったってそうはいかないぞ~?」

「…………」


 カンナは、気の毒そうな、憐れむような、そんな視線を向けてきた。


「……マジで言ってる?」

「マジ」


 カンナは即答した。


「これ、上の階で見つけたって言ってたけど」

「う、うん」

でしょ?」

「……あった」

「ということは、誰でも比較的簡単に見つけて、持って帰られるの」

「…………」

「そして何の役にも立たない」

「…………。いや……でも、綺麗だし、欲しがる人は一人くらい……」

「どうしても信じられないなら、1つ2つ持って帰って、街で取引してみてもいいと思う……そしたら、わかるから。もし高値で取引されたら、また遺跡に取りに来ればいいわけだし」


 また遺跡に取りに来ればいい――その言葉が全てを表していた。


 結局、腰のポーチに入るぶんだけ、持って帰ることにした。


 カンナを疑っているわけではない。


 ただ、今は信じたくなかったのだ。


「……元気だして。綺麗なのは確かだから、贈り物にはぴったりだと思う……」

「う、うん……」


 慰められると、ますます自分が世間知らずの田舎者に思えてきてつらい。


「……それにしても、贈り物のためにそんな取引ができるなんて、レックスの故郷は豊かなところなのね」


 感心したような、カンナの何気ない言葉。


 一瞬、押し黙ったレックスは、「うん」と頷いた。


「豊かな村よ」


 平坦な声。


 ――カンナは、雷にでも打たれたかのように、ギョッとして仰け反った。


「ん? どうした?」


 しかし当のレックスは、何事もなかったかのように、不審な動きを見せたカンナを心配している。


「い、いえ……別に……」

「……そう? じゃあ、拾うものも拾ったし、ぼちぼち行きましょうぜ先輩」


 レックスは軽い調子で、クイッと地下倉庫の出口を示す。


「……そうね」


 頭を振って、カンナも気持ちを切り替えた。


 二人は周囲を警戒しながら、帰路につく。


 敵は倒した。装備も手に入れた。


 だが無事に【遺跡】を出るまでは、『生き残った』とは言えない。



 ――何が起こっても恨みっこなし。それが【遺跡】の流儀なのだから。

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