Chapter3 : 接触


 レックスは狩人だ。凶暴な獣を狩ったことは山ほどあるが、対人戦の経験は数えるほどしかない。


(なんとかなった、か……)


 今更のようにバクバクと早鐘を打つ心臓。


 いや、もともと心拍数は上がっていたが、それを自覚する余裕が今になって出てきた、というべきか。凄まじいプレッシャー、そして緊張感。獣を相手にするのとは、やはり違う。


 少し休みたい気分だ。


 しかし、いつまでもボーッとしているわけにもいかない。


 派手な戦闘だった。銃声につられて、他のアグレッサーや同業者レイダーが近寄ってくるかもしれない。他でもないレックスがその一例だ。


 アグレッサーとの連戦は御免だし、同業者と争うのも避けたい。こっちにその気がなくても、向こうが撃ってきたら反撃せざるを得ない。ましてや、アグレッサーの遺体がそこら中に転がっているとなれば――装備を目当てに争いが起きるのは確実。


 拾うものを拾って、さっさとこの場を去るべきだ。


「……さて」


 深呼吸して緊張をほぐし、立ち上がる。


 その拍子に、自分がリュックを背負ったままであることに気づいた。お宝でパンパンの、ずっしりと重たいリュックを、だ。


 苦笑する。こんな重石にしかならないモノは、戦闘中、下ろしておくべきだったのに。自分では冷静だと思っていたが、そうではなかったらしい。

 

「しかし、あの子はどうしたもんか」


 いまだコンテナの裏で気絶している少女。意識がないままなのは非常に困る。


 背中のリュック、アグレッサーたちの装備、持って帰りたいものだらけなのに、少女までおぶっていくのは無理だ。


「かといって、ここに放置するのもヤバいだろうしなぁ……」


 アグレッサーが来たら殺されるし、心無い同業者が来たら、それこそ何をされるかわからない。


「おーい、起きろー」


 少女のそばにしゃがみ込み、とりあえず声をかける。


「頼むー、起きてくれー」


 ぺちぺちと頬を叩く。


「おーい」


 ぺちぺちぺちぺち。


「置いてくぞー」


 ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち。


「ん……んんぅ……」


 少女の頬が赤くなってきたあたりで、祈りが通じたか、うめき声。


「おっ、気がついたか」

「ん……うぅ…………んっ!?」


 突然、少女がカッと目を見開いた。


 吸い込まれそうな金色の瞳――


 しばし虚空をさまよった視線がレックスを捉える。


「――――ッ!」


 ゴツンッ、と衝撃が側頭部を襲った。


「はッ――!?」


 視界がブレる。一拍おいて、少女の蹴りが炸裂したのだと理解する。自前の甲殻のお陰で大して痛くはないが、思わず膝をついてしまう。


 その隙に少女は転がるようにして距離を取っていた。チャッと冷たい金属音。


 視界に、こちらに銃を向けた少女が映る。


「ちょ――、っと待ったぁ!」


 レックスの叫びに、ピタッと動きを止める少女。


「…………同業?」

「そうだよ!」


 あわや撃たれるところだったレックスは、少しキレ気味に答える。


 少女は、そのとき初めて、自分が地下倉庫にいることに気づいたかのように、キョロキョロと辺りを見回した。


「あれ……わたし、たしか遺跡で…………アグレッサーは!?」

「向こうで死んでるよ」


 親指でクイッと背後を示すレックス。


「……そうみたいね。全部あなたが?」

「いや? 一人はきみがやった。覚えてないのか?」

「記憶がちょっと曖昧で。コンテナの陰に追い込まれたところまでは、どうにか覚えてるんだけど……」

「俺が来たときはすでにそうだった。きみが手榴弾を投げて――」



 ――かいつまんで経緯を説明する。



「なるほどね……」


 頭痛をこらえるように額に手をやった少女は、呻くようにして言った。


「つまりわたしは……危ういところを救われておきながら、目を覚ますなり命の恩人を足蹴にし、あまつさえ発砲するところだった、と……」

「うーむ。まあ、そうなるね」

「ぐぅ……」


 痛恨の表情で唸った少女は、おもむろに猫の香箱座りにも似た姿勢を取り、スッと頭を下げた。


「まことにもうしわけございませんでした……っ!」


 迫真の謝罪……っ。


「えっ……何、その姿勢」

「旧世界の最上級の謝罪方法で、『ドゥゲザー』っていうらしい」

「そ、そうなんだ」


 旧世界の作法には明るくないが、誠意は伝わってくる。


「まあ、気にしなくていいよ。大して痛くなかったし、実際に撃たれたわけでもないし……」

「そ、そう? けっこう本気で蹴ったんだけど。そのフェイスガード、いやアーマーもセットなのかな。ずいぶん風変わりなデザインだけど、高性能なのね。どこで手に入れたの?」

「あ、俺、変異種ミュータントだから。これは生まれつきだよ」


 レックスはコツコツと顔面の甲殻を指で叩いてみせた。さらに「アーッ」と声を出すと、戦闘中は閉じていた口元の甲殻もバシャァッと展開され、ギザギザとした牙が露わになる。


「あっ、そっ、そうなんだ……」


 人様の顔面を風変わりなデザイン呼ばわりしてしまい、焦る少女。


 しかしレックスは、外見で驚かれたり珍しがられたりするのは日常茶飯事なので、特に気にしなかった。


「とにかくお互い大事なくてよかった。それでいいじゃないか」

「……ありがと。わたしにできる限りのお礼はするから」


 立ち上がって埃を払いつつも、目礼する少女。


「でも今は、取るもの取って移動した方がいいかも」

「そうだな。親睦を深めるにしても、もっとマシなスポットがあるだろうさ」


 おどけた風に肩をすくめてみせ、レックスは手を差し出した。


「レックスだ。よろしく」

「カンナよ」


 少女――カンナもまた、ニコッと笑って答えた。


 そうして、しっかりと握手を交わしたレックスとカンナは、戦利品の回収に取り掛かるのだった。


 持って帰りたいものは山ほどあるが、持てる量には限りがある。



 ――何を拾い、何を捨てていくか。悩ましい取捨選択の時間が始まった。

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