Chapter2 : 奇襲
少年の名をレックスという。
辺境の小さな村で、ずっと狩人をやっていた。
獣を相手にしてきたので、対人戦のプロではない。
だが、命のやり取りにおける『危険な』タイミングは熟知している。
『勝った』
『仕留めた』
『生き残った』
そう思った瞬間にこそ――
人は最も油断するということを。
ドバンッ、と派手な銃声が鳴り響いた。
地下倉庫。撃たれた仲間に駆け寄ろうとしていた
(ドンピシャだ)
レックスの放ったスラッグ弾――親指の先ほどもある大口径弾が、狙い通り腹部に着弾したのだ。
『ぐゥゥゥ、ああァァァ……!』
倒れたアグレッサーが腹を押さえてもがいている。分厚いボディーアーマーのお陰で即死はしていない。スラッグ弾は柔らかい目標――つまり、生身の肉など――には強いが、装甲や防弾プレートには弱いのだ。
それでも、大口径弾の衝撃を腹部に受けては、しばらくまともに動けまい。
『デルム!』
『リャドーゥ!!』
残りの二人のアグレッサーが即座に反応する。発砲。大雑把な牽制射撃だが、レックスが身を潜める瓦礫に着弾した。
同業の少女の二の舞にならないよう、すぐに頭を引っ込める。ビシッキュィーンと弾丸が瓦礫をえぐっては跳弾する甲高い音が響く。
すぐに弾幕の『圧』が減じた。二人分の射撃の密度が、一人分に。片方が牽制している間に、もう片方が腹部を負傷した仲間を助ける。そんなところだろう。
悪いが、そうはさせない。
レックスはおもむろに、手のひらサイズの『それ』を放り投げた。
かつん、ころころ……と小気味の良い音を立てて、アグレッサーたちのそばに『何か』が転がる。
『デールム!』
負傷した仲間を引きずっていこうとしていたアグレッサーたちが、毒づきながらその場に伏せた。
『…………!』
だが、何も起こらない。
それは手榴弾ではない。
ハッとして見れば――ただの石ころだった。
"一杯食わされた"
理解した瞬間、死が襲いかかる。
ドバンッ、とショットガンが咆哮した。起き上がろうとしていたアグレッサーの頭部に、ガァンッと火花が散る。
横合いからの一撃。戦闘用ヘルメットが大きく陥没し、その中身もまた同じ末路をたどった。糸が切れた人形のように、力なく崩れ落ちるアグレッサー。
伏せている間に、側面に、回り込まれた――
『――ダッデルムッ!』
無事な最後の一人が、罵りながら銃口を巡らせる。
銃声の聞こえた方へ。憎き敵を撃ち抜かんと。
が、その先に居た『そいつ』の姿に、目を見開く。
異形だった。
化け物だと思った。薄暗闇に溶け込むような、つや消しのゴツゴツとした甲殻が全身を覆っている。最初は悪趣味な装甲服を身にまとっているのかと思ったが、違う。顔面、昆虫じみた青い複眼が、人工的な鎧とは決定的に異なる生々しい存在感を放っている。
少年――レックスは、
それも、目が三つあるだとか、腕が四本あるだとか、そういう『一般的な』変異種よりも、さらに奇抜な外見の、変わり種だ。
あまりにも異様な襲撃者の正体に、混乱したアグレッサーの銃口がブレる。
それは、まばたきにも満たない、ほんの僅かな隙だったが――レックスが引き金を引くには十分すぎる時間だった。
ドバンッ、と鉄の咆哮。
みぞおちの辺りに弾丸を叩き込まれ、アグレッサーは吹っ飛んだ。
『カハッ、――ッッ!』
それでも、死にはしない。肋骨は砕け、呼吸もままならないが、防弾プレートがかろうじて貫通を防いだ。腰のポーチに手を伸ばす。治療薬。どうにか体勢を立て直さなければ。死にたくない。その一心で。
だが何もかもが遅すぎた。
肉薄するレックス。腰のベルトから
(まだ一人いたはず)
最初に腹にブチ込んだ一人。即死ではなかった。もしかすると希少な医療キットを持っていて、治療中かもしれない。
周囲を見回せば、予想は的中した。這いずったような跡、点々と血痕。どうやら瓦礫の裏側に隠れているらしい。
駆け寄る。一刻も早くとどめを刺すべきだ。高級な治療薬を持っているなら、防弾プレート越しの傷なんてあっという間に治ってしまう。
第一、もったいない。使わせるべきではない。アグレッサーたちの持つ医療品は、【遺跡】で手に入るお宝の中でも最上級のものだ――
身の丈ほどもある瓦礫を、一息に飛び越える。
見下ろすと――生き残りのアグレッサーと目が合った。
残念ながら、治療は終えているようだった。瓦礫の山に背を預けて、レックスが右から来るか左から来るか、動きを読もうとしていたところ、突然頭上に飛び出してこられて愕然としている。
「悪いな」
ショットガンの残弾はわずかだが、いつでも撃てる。
着地。
発砲。
瓦礫に赤いものが飛び散った。
この至近距離では、防弾プレートも無力――
「…………」
そのまま低い姿勢を保ったレックスは、腰のベルトから
『勝った』
『仕留めた』
『生き残った』
そう思った瞬間こそ、最も危険なのだとレックスは知っていた。
「……ふぅ――」
そして、もう敵はいなさそうだ、と判断し。
ようやく肩の力を抜いて、その場にドサッと座り込むのだった。
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