第36話 耳がキーンとしました
モンスタールームに落ちた冒険者パーティを救出するこのイベントは、ゲーム時代にもあったものだ。
彼らの見た目も記憶通りで、だから最初に【僧侶】の女が助けを求めてきたとき、状況の説明を受ける前に応じたのである。
しかしそのイベントでは、ユニークモンスターのツインヘッドトロールが出現することはなかったはず。
これもゲームが現実化したことによる変化の一つなのだろう。
だが逆に現実化の恩恵もある。
味方に指示ができることだ。
「【騎士】は盾役を頼む! 他はできるだけバラバラの方向に散らばってくれ!」
「……了解だ」
「わ、分かったわ!」
勝手に俺が高レベルだと勘違いしてくれた冒険者たちが、言われた通りに動き出す。
ゲームのときは仲間に指示などできなかったので、AIに任せるしかなかったからな。
「補助魔法の〈プロテクション〉を使いますっ!」
「待て」
「えっ?」
【僧侶】が【騎士】に防御値を上昇させる魔法〈プロテクション〉を使おうとしたが、俺はそれを制止する。
確かに盾役の【騎士】の防御値を強化するのはセオリーだろうが、今回はそれよりも優先すべきことがあった。
「レベル48の【僧侶】なら〈イミュニティ〉が使えるな? 最初にそれをかけるんだ」
「〈イミュニティ〉を……? でも、【騎士】なら……」
【僧侶】の抱く疑問に、俺は先回りして答える。
「そう、同効果の〈鋼の精神〉スキルがある。だがあいつ相手には、重ね掛けが必要なんだ」
「わ、分かりました! 〈イミュニティ〉!」
〈イミュニティ〉はあらゆる状態異常への耐性を高める魔法だ。
【騎士】がレベル40で習得する〈鋼の精神〉も、状態異常への耐性を上げるパッシブスキルではあるのだが、あえて二重がけしておきたかった。
「「オオオオッ!!」」
「ぐっ……」
ツインヘッドトロールが振り回す棍棒を、【騎士】が盾で受け止める。
普通のレベル50前後の天職がまともに棍棒の一撃を喰らったら、一瞬でHPが全損しかねないが、【騎士】は〈超盾ガード〉という盾の効果を大きく高めるスキルを持つため、しばらくは耐えられるだろう。
「【弓士】はやつの頭を狙え! できればどちらか片方の頭を集中攻撃するんだ!」
「じゃあ左の方を狙うわ!」
【弓士】は岩の上まで駆け上げると、そこから矢を連射した。
「【黒剣士】はトロールの背後から〈シャドウバインド〉をかけ続けるんだ!」
「いや、こんなでかいやつに効かねぇだろ!?」
〈シャドウバインド〉は黒魔法の一つで、敵の影をその場に縛り付けることで、動けなくするというものだ。
効けば非常に有効な魔法だが、特に大型の魔物にはなかなか通らない。
「効く確率は確かに低いが、効かないということはない! 何度失敗しても気にせずやり続けろ!」
「くっ……分かったよ……っ!」
そのときツインヘッドトロールのある予備動作から次の行動を察し、俺は叫んだ。
「っ、〈咆哮〉が来るぞ! 【騎士】以外はやつから背を向けろ!」
直後、片方の頭が凄まじい咆哮を轟かせた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「「「~~~~~~~~~~~~ッ!?」」」
トロール種がよく使用する攻撃スキル〈咆哮〉。
これには相手を一時的に『怯え』の状態異常にする効果があり、「怯え」になると全ステータスが低下し、しかもあらゆる行動ができなくなってしまう。
ただしこれには比較的簡単な回避方法があった。
それはできるだけトロールから距離を取ること、正面に立たないこと、そして背中を向けること、だ。
これらの行動を組み合わせることで、「怯え」になる確率を格段に下げることが可能なのである。
だが盾役をしている【騎士】にはどれも難しい。
特にツインヘッドトロールには二つの頭があるため、〈咆哮〉しつつ同時に棍棒を振り回して攻撃することができるので、後ろを向くわけにはいかない。
だから最初に〈イミュニティ〉をかけさせたのである。
そのお陰で【騎士】は、変わらずツインヘッドトロールの棍棒を盾で凌いでいた。
「ひええっ、耳がキーンとしました……っ!」
「咄嗟に背中を向けてなかったらやばかったわ!」
他の冒険者たちもどうにか「怯え」を回避できたらしい。
しかしそろそろ【騎士】のHPが厳しいはずだ。
【僧侶】が〈プロテクション〉もかけて防御値は上がっているが、いかんせんトロールの攻撃が強すぎる。
「オガアッ!?」
そのとき【弓士】の放った矢が突き刺さったことで、左の頭部がスタン状態となった。
よし、来たぞ。
ツインヘッドトロールの頭は弱点であるものの、遠距離攻撃では直撃しても必ずスタンにできるわけではない。
何度か食らわせ続けなければならないのだ。
そして〈咆哮〉のときと同様、片方の頭がスタン状態になっても、もう一つの頭があるため攻撃の手を緩めることはない。
「〈渾身斬り〉っ!!」
背後から〈気配隠蔽〉状態で飛びかかった俺が、そのもう一つの頭へ〈渾身斬り〉を叩き込んだ。
「~~~~ッ!?」
不意打ちに加えてスタンの確率を上げる〈渾身斬り〉により、ついにツインヘッドトロールの巨体が動きを止めた。
「今だ! 一気に畳みかけろ! 【僧侶】は今のうちに【騎士】を治療しろ! 【黒剣士】も攻撃に加われ!」
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