第3話 むしろワクワクする

 この世界でレベルを上げていくためには、格上の魔物、すなわちレベルが上の相手を倒さなければならない。

 同格や格下の魔物では、経験値が大幅に減らされてしまうためだ。


 同格の魔物に対してステータスで劣ってしまう無職にとって、これは非常に厳しい設定である。


「だが無職は、すべての祠に入ることができる。この称号のお陰でな」


―――――――――

〈神々に見捨てられし者〉天職を授かることができなかった哀れな存在。だが悲嘆することなかれ。数多の試練を越え、自らの力で最強の名誉をその手に。

―――――――――


 無職はこの称号を持つことで、あらゆる天職の祠を攻略可能なのだ。


 俺は祠の入り口前に立つ。

 そこには短剣のマークが刻まれていて、本来なら【盗賊】の天職を持つ者、もしくはその上級職しか入ることが許されない。


 俺は祠の門を潜り抜けた。


「よし、ちゃんと入れたぞ」


 門の先には石造りの通路が続いていた。


 どの祠も、内部の雰囲気はほとんど一緒だ。

 迷路のような構造で、徘徊している魔物を倒しつつ、各フロアにある階段を使って、下層へと降りていく。


 そして最下層のボスを倒せば、スキルを授かることができる。


 この祠の推奨レベルは確か15だ。

 初級中の初級である。


 もっとも、俺の今のレベルは2。

 しかもステータスの低い無職。


「だからどうした。むしろワクワクする」


 難易度が高ければ高いほど、燃える。

 それがゲーマーという生き物だ。


 ゲームのときも、しょっちゅう縛りプレイであえて難易度を上げていた。


「とはいえゲームと違って、一度でも死んだらそこで終わりだからな。無茶は厳禁だ。まぁ、この祠程度ならそこまで慎重になる必要もないだろう。っと、そうだ」


 俺は入口の方を振り返った。

 外と祠は空間が隔絶しているらしく、潜ってきた門だけが、ポツンとその場に佇んでいる。


 ど〇でもドアみたいな感じ、と言えば分かりやすいだろうか。


「この門の裏側に……あった」


 発見したのは宝箱である。

 祠の場合、決まった場所に宝箱が配置されているため記憶していたのだ。


 開けてみると、そこにあったのは一本の漆黒のナイフ。


―――――――――

〈暗闇のナイフ〉攻撃成功時、稀に『暗闇』を付与。攻撃+10

―――――――――


 攻撃性能は高くないものの、特殊効果付きの貴重な武器で、説明文の通り、稀に敵の視界を奪う『暗闇』の状態異常にしてくれる。

 まぁあまり確率が高くないので、入ったらラッキーくらいのものだが。


 すでに耐久限界が近い〈木の枝〉を捨てて、すぐにこのナイフを装備する。


 実は天職によって得意の武器が決まっており、不得意武器だった場合は半分の効果しか得ることができないのだが、無職はこの制約も無視することができた。

 ゆえにどんな武器であっても、本来の性能を発揮できる。


 これもまた無職が万能職たるゆえんの一つだ。


「さて、それじゃ先に進むか」


 そう呟いてから、俺は〈暗闇のナイフ〉をブンブン振り回し始めた。

 そのまま幅五メートルほどの通路を進んでいく。


 実はこの祠、隠密系の能力を持つ魔物が多くいる。

 あまり攻撃力は高くないもの、さすがに不意打ちを喰らっては、レベル2の無職では一溜まりもない。


 隠密を見破る手段もないため、普通の進んでいては命がいくらあっても足りないだろう。


 だが簡単な攻略法があった。

 それは「武器を振って、攻撃する様子を見せる」こと。


「馬鹿みたいな方法だが、魔物は自分の居場所がバレていると錯覚するらしい。もちろんレベルの低い魔物に限るが」


 レベルが上がると知力も上がるらしく、魔物が賢くなるのである。


 そうしてナイフを振っていると、数メートル先に突如として魔物が現れた。

 やはり姿を隠していたらしい。


 ハイドマタンゴという、レベル5のキノコの魔物である。

 柄の部分に不気味な目と口があって、毒の胞子を巻き散らす攻撃をしてくるのが特徴だ。


 俺はすぐにその傘を狙って石を投げる。


「ッ!?」


 スタン状態になるハイドマタンゴ。

 こいつの急所は頭の傘なのだ。


〈暗闇のナイフ〉で何度も斬りつけ、仕留める。

〈毒キノコ〉がドロップし、俺のレベルは3に上がった。








 三十分ほどで、最下層にあるボス部屋へと辿り着いた。

 途中で魔物を十体ほど倒してきたため、レベルは10まで上がっている。


「確か、ボスのレベルは15だったか」

「ひいいいいいっ! し、死にたくねぇぇぇっ!」

「っ!」


 広大なボス部屋に足を踏み入れた瞬間、聞こえてきたのは男の野太い悲鳴だった。

 こちらに向かって、野盗めいた格好の男が逃げてくる。


 どうやら先客がいたようだ。

 この祠に入れるということは、恐らく【盗賊】の天職を持つ者だろう。


「お、お願いだっ、助けてくれえええっ!」


 涙目で俺に懇願してくる男のすぐ後ろを、三つの黒い影が追いかけていた。

 俺は咄嗟に叫ぶ。


「今だ、右に向かって飛べ!」

「っ!」


 見た目の割に意外と素直なのか、言われた通りに男が飛んだ次の瞬間、三つの影のうち、一番左にある影の中から巨大な狼が飛び出してきた。

 祠のボス、シャドウウルフである。


 右側に逃げていた男は、その鋭い牙の餌食にならずに済んだ。


「た、助かった……」

「安心するのはこいつを倒してからだぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る