神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾(くずしちお)

第1話 こんな欠陥品が生まれるとは

「ば、馬鹿な……天職を、授かれなかった、だと……? ライズ、貴様ぁっ、一体どういうことだ!?」


 厳ついおっさんが鬼の形相で俺を睨み、怒声を轟かせていた。


 は? 誰だ、このおっさん?

 ってか、ライズ? 俺はそんな名前じゃないぞ?


 軽く周囲を見回すと、見知らぬ場所だった。

 教会の礼拝堂のようなところで、近くには青ざめた神父らしき人もいる。


 俺は自宅で、自分の部屋に籠ってゲームをしていたはずだ。


 いや、待てよ。

 そういえば、ゲーム中に突然、胸に焼けるような痛みが襲い掛かってきて、強制的に現実世界に戻されたら包丁を持った親父が……。


 そうだ、思い出した。

 あのクソ親父、俺を刺しやがったんだ。


 確かに俺は、親不孝な息子だったかもしれない。

 二十五歳にもなって、部屋に引きこもってゲーム三昧だ。


 とはいえ、別に親の脛を齧っていただけではない。

 ゲームのプレイ動画を配信し、それなりに稼いでいたのである。


 もっとも、そんなものは親父にとって、何の価値もなかったのだろう。

 なにせ、うちは代々の医者家系だ。


 医者以外に人権はないと言っても過言ではない家で、ゲーム動画の配信なんて、仕事をしているうちには入らない。


 だがまさか、実の息子を殺そうとするとは思わなかった。


 ……あれ?

 じゃあ俺は……死んだのか?


「我がアルベール家に、こんな欠陥品が生まれるとは……っ!」


 先ほどの見知らぬおっさんが再び怒号を響かせたことで、俺は目の前の〝現実〟へと引き戻される。

 そうだ、今はこれが現実世界だ。


 そこで急速に、この世界での、ライズとしてのこれまでの人生が脳内に蘇ってきた。


 セントルア王国の三大貴族の一つと謳われる、アルベール侯爵家の当主の長子として生まれたのが、この俺、ライズ=アルベールだ。


 つい先日、十五歳の成人を迎え、そして今は祝福の儀の真っ最中。

 神官を通じた神々の祝福によって、「天職」を授かるはずだったのである。


 平民だと一割程度だが、貴族ならば大抵は何らかの天職を持つのがこの世界だ。

 なのに、どうやら俺は何の天職も授かることができなかったらしい。


「よっしゃあああああああああっ!」


 しかし俺は思わず叫んでいた。


 というのも、実はこの世界、俺がハマりにハマっていたゲーム、『グラウンドワールド』そのものなのである。

 二つの世界での記憶が蘇った今、はっきり確信をもって言える。


 そしてこのゲーム、プレイ開始時に複数の候補の中から天職を選択し、ゲームをスタートするのだが、あえて何の天職も選択せずにゲームを始めることも可能だった。


 天職がないと、レベルを上げてもステータスの伸びが悪く、しかも何のスキルも覚えることができない。


 そのため初心者には絶対にお勧めできない超ハードモードなのだが、最終的に最強の主人公を作り上げることができるのが、実はこの〝無職〟ルートなのである。


「っ……気でも触れたか、貴様ぁっ!?」


 なぜか喜ぶ俺を見て、おっさん、改め、こっちの世界での親父であるアルズ=アルベール侯爵が激怒の叫びをあげる。

 俺は自信満々に告げた。


「安心してくれ。確かに無職は、初心者には難易度が高いかもしれない。だがそのポテンシャルは他の天職の比ではない。やり込みまくった俺なら、いずれ最強になれ――」

「黙れ!」

「ぶほっ!?」


 殴られた!?


 いや、そもそも無職の可能性を、この親父に理解させようとしたこと自体が愚かだった。


「貴様のようなゴミを生み出してしまうなど、我が一生の汚点……っ! 下手をすればアルベール家の存続にもかかわりかねん……っ!」


 親父は頭を抱え、わなわなと身体を震わせている。


 貴族の世界において、俺のような存在は〝神々に見捨てられし者〟として蔑まれ、嘲笑や哀れみの対象となる。

 それがアルベール家のような大貴族の子女ともなると、一族にとってどれほどの恥か。


 なにせこのアルベール家は、代々の当主が【剣帝】の天職を有し、その力で領地を統治してきたのだ。

 たとえ他の強力な天職であったとしても、【剣帝】以外は何の価値もないと言われただろう。


 ……どうして俺が生まれるのは、こんな家ばかりなのか。


 だがまぁ、むしろ好都合だ。

 もし仮に【剣帝】を授かっていたとしたら、俺はこのまま領地に残らなければならなかっただろう。


 せっかく『グラウンドワールド』の世界に生まれ変わったのだから、こんな場所で一生を終えるなんてつまらない。


 無職などという親不孝者なら、家を捨てても誰も文句は言わないだろう。

 考えてみれば、前世でだらだらと実家暮らしを続けてしまったのは大きな間違いだった。


「……分かった。今すぐ家を出て行こう。今まで世話になった」


 俺は自分からそう切り出した。

 また親父に殺されてはかなわないからな。







 ――どうしてこうなった?


 祝福の儀から半日後。

 俺は領地の兵士たちに拘束され、森の奥深くに連行されていた。


「ライズ様、申し訳ありません……侯爵閣下のご命令ゆえ……」


 申し訳なさそうにしつつも、兵士たちはそのまま俺を森に放置し、引き返していく。


 手足を縄で縛られ、身動きすら取れない状態である。

 もちろんこの森には魔物が棲息していて、襲われたら一溜りもない。


 そう。

 どうやら親父は俺が家を出るだけでは満足せず、森の奥で魔物に喰い殺されたということにしたいようである。


「この状況からどうしろってんだよおおおおっ!? あのクソ親父があああああっっっ!!」

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