二話
雨の中に向かって車を走らせると郊外というより農地の広がる場所に出て、そこには小さな熊が武装して軍勢を形成し進軍していた。
小さな熊というのは体長三メートルくらいで、瓜や牙に毒がある。逆に大きい熊は毒を必要としないスペックなので毒がない。
「熊にやられたのかもな」
俺が軽口を叩く。亜沙は熊の毒に耐えられるかな。毒が回ったら直ぐに浄化すればいいか。
「熊に囲まれれば、確かに不覚もあり得るかもしれないが……」
運転席のナオヤがそう言った瞬間、車が左右に切り裂かれた。
何の殺意も感じられなかった。完全に奇襲を受けた。殺人鬼のプロじゃなくてこれでは殺しのプロのように思える。後部座席に座っていた俺と亜沙が車の左右で分断された。道路の真ん中に人影が見える。
亜沙を抱えて車から飛び降りようとしたが、片腕を切断される。クソが。先に迎撃するしかない。
「亜沙、ショゴス呼べ!!」
「うん。わかった」
亜沙の返事を聞きつつ、俺はワイシャツの胸元を引き千切り天叢雲剣を引き抜く。
車から飛び降りる。亜沙はショゴスを召喚して着地を任せたようだ。
亜沙の
ナオヤも車からの飛び降りに成功しているが、直ぐに熊に囲まれている。
よく見たら熊も浅葱色の羽織を羽織っていて腰に大小の刀差しているな。
「新選組の格好した熊か。初めて見るな」
狩人の銃を奪い取り、人間を銃で襲うようになった熊は前にニュースで見たが。刀で武装した熊は珍しい。
新選組の羽織を羽織った眼鏡の男が間合いを詰めて来る。男は雨と共に迫ってくるようだった。年は二十代くらいに見える。若いわりに随分刀を振っているようで、隙の無い立ち居振る舞いに見える。たぶんこれが犯人か。
「天叢雲剣とお見受けする。天叢雲剣がこのような美しい女性とは思わなかった」
意外と声が高いな。老け顔の未成年か?
「ガワを褒めてくれてありがとな。人間社会では
喋りながらさっき切断された腕を繋げる。完治まで十秒くらい、動かすだけなら三秒というところだな。
「私は怪人ヘビーレイン。お命頂戴致す」
眼鏡の男の頭が割れて、中からクレーンが生えてくる。手足も錆びた鉄板を溶接したような材質に変わっていく。怪人じゃねえか。
ほんの百年前には影も形もなかった人間が人間のまま怪異に変じるようになる病。あるいはそういう人体改造技術全般。生霊とか怨霊とは全く質の異なる怪異。
ただの人間よりスペックが高いし、行動原理がようわからんくなるから厄介だな。
「
雨雲が俺たちの上まで覆って、雷がヘビーレインに直撃した。電気を帯びたままワイヤーを伸ばし、フックをぶつけてくる。
さっきの斬撃と比べれば全然スローリーで余裕で避けれるはずだが、直撃した。
身体が重い。力が入らない。俺の美しい顔が半分吹き飛んだんじゃねえか?視界が半分ないし。
「お前の能力、雷じゃあないな。
雨に濡れて身体が寒くて動けねえとかじゃあないな。この雨もコイツの能力だろ。
「ご名答。我が雨に当たりし者はその身体も心も重くなり、動くこと能わず」
周囲を見ると熊は元気そうだが、ナオヤや亜沙は地面にうずくまっている。全部俺が
この俺の魂たる天叢雲剣には無から水を創造する力があり、また空気中の水を操作する力がある。それも他者が先に能力を使っていない場合ならだ。相手の能力が操作・出している水分ばかりの空間で俺の能力で水をまともに操作できそうにない。操作を上書きするほど出力が安定して出せる自信がない。昔だったら怨霊になっているような連中が生きながらそれになったのが怪人だ。それと能力対決なんざしたくねえ。
なら単純暴力で上回るしかない。
「誇れ人間。出したくもねえ本気でお前を殺してやる」
服が俺の変身に耐えられず引き千切れる。大蛇の姿でお前を圧殺する。
見よ、我が姿。天叢雲剣を持つ腕、鋼のような黒き光を
この身体になると、小さきものに対して加減が効かない。ナオヤや亜沙が巻き込まれないように祈ろう。自分を親のように慕ってくれるガキや昔から面倒見てきた土御門の一族を俺が巻き添えにするのか?それは道理が通らん。
長き身体で全身の力を乗せた斬撃をヘビーレインにぶつける。腕力差でヘビーレインを押し斬る。斬撃が長く遠くまで伸びて地面に長い切れめが入る。地平線まで伸びている。だいぶセーブしたと思うんだが、加減難しいな。
「これが……刃が身体に入る感覚か」
すげえキモいこと言いながら、ヘビーレインは死んだ。人を斬るのが楽しいとかは見たことわりとあるけど、斬られる感覚に興奮する奴はキモい。マゾのサムライか?
ヘビーレインが死んで人の姿に戻っている。刀で武装した熊は山に散っていく。できるだけ俺も斬撃飛ばして数を減らすが、コイツら逃げ足が速い。
熊は逃げるに際して、亜沙を連れていこうとしている。ショゴスの守りが抜かれて熊の前足が亜沙に触れる。触れたので潰した。
人間の身体に変身する。服買い直さねえとな。
「申し訳ない。全てアンタに押し付けたみたいだ」
ナオヤが俺に膝をついて額を地面に擦り付ける。まあ呼ばれた分の仕事したし俺こそお前らに危害が及んだのを防げなかったし、そんな謝らんでもいい。
「俺は頼まれた分手を貸した。あとはお前の方で適切に処理しろ」
これで終わりじゃないと思うが、この件はナオヤには荷が勝ちすぎると思うしどうにか別の奴に仕事押し付けろよ。
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