第29話緑ババア

「あっ! 桃瑠、アレ・・・・・・ッ!」



 慈雨が桃瑠の肩をバシバシ叩いてある方向を指差す。



 慈雨が指さした先に、漣がシルバーカートを押した老婆らしき人物と歩いている後ろ姿が桃瑠の目に入った。



「え、蓮水サンじゃん・・・っ、て隣のアレ緑ババアじゃん!」



 ヤバッ!と桃瑠は叫ぶ。漣が気遣うように並んで歩いている老婆は、全身緑色のファッションに身を包んだ老婆であったからだ。

 この、廃墟化が進んでほぼ末期の好矢見町で、ごく普通の老人が歩いている筈が無いとよく言われる。



 当然大半の住民は引っ越してしまっているからだ。



 そして老人や、か弱そうな女子供の姿で困った風を装って、話しかけた者に襲い掛かる妖が沢山いるからだ。だから好矢見町内では、どれ程困っている者が居ようと無視をするよう言われている。



「・・・・・・ねえ、どうしょう助けた方が良いのかな?」

「ええ・・・でもみんな助けちゃダメ、って言ってるし・・・・・・」



 桃瑠は反対した。

 下手に巻き込まれて慈雨に何かあっては皆に合わす顔が無いし、緑ババアがどれ程危ない存在か分からないからだ。



「かわいそうだけど、ココでのルールを忘れちゃダメだよ慈雨。それに、慈雨になにかあったら祇鏖さん正気でいられないよ」



 祇鏖の名を出されて、流石に慈雨もハッ、としたような顔になる。



「そっか・・・そうだよね・・・・・・ごめんね、桃瑠」

「ううん、ココのヘンテコなルールのせいだもん。しようがないよ」



 とは言え、そのまま見捨てるのも目覚めが悪い。

 ふたりは祇鏖に電話して漣の事を知らせる事にした。



『・・・・・・分かった、後の事は俺達に任せてお前達は早く帰りなさい』



 携帯の向こうから何時もより重く低い声がそう言って、幼いふたりに早く帰るように促してから通話が切れた。



「・・・・・・これで良かった・・・んだよね・・・・・・?」



 慈雨は桃瑠と顔を見合わせるも、桃瑠も困ったような顔になる。

 何が正解かなんて、桃瑠にだって分からない。



 此処では妖の理不尽がまかり通る。何の力も無い人間は、ただ顔を背けて避けるのみである。



 それから慈雨はアパートに戻ってから晩ご飯の準備を始めたのだが、何時も帰って来る時間になっても帰って来ず、大分時間が経ってから慈雨の携帯のチャットアプリからメッセージが来て短く、『残業で遅くなる』とだけ書かれていた。



 それを見て初めて、慈雨は祇鏖が漣の探索をしているのではないかと不安になった。

 有り得ない話ではない。しかし、その為には堅須山方面にも足を延ばす必要があるのだが、祇鏖達警備員は、余程の事がなければ宵闇町の住民外の人間を救助する事は無い。



 無いのだが、こうも遅いと不安になる。



「・・・・・・」



 慈雨は携帯を抱きしめるようにしながら、時々玄関の方を見た。

 桃瑠は、テレビを見ながらやはり同じように時々、何かを確認するように自分の携帯の待ち受け画面を覗いたりしていた。



 それから三時間ほど過ぎてから、階段を上って来る重い足音が聞こえた。



「祇鏖さん・・・・・・っ」



 慈雨は逸る気持ちはあったが、玄関を開けずに待った。例え宵闇町の中でも、決して安全ではないからだ。

 慌てて玄関を開けて、悪意ある妖であったら目も当てられない。



 しかし果せるかな、玄関の鍵を開け中に入って来たのは祇鏖であった。



「祇鏖さん・・・・・・良かった・・・・・・っ」



 ただいまを言う間もなく泣きそうになりながら抱き着いてきた慈雨に、祇鏖は慌てて抱き留めた。



「もお~~~、心配したんだよッ!」




 桃瑠は対照的にプリプリと怒っていた。

 それらを見て、随分心配をさせてしまったのだな、と気付いた祇鏖は苦笑しながら謝った。



「・・・ああ、済まん。今日は漣の事とは関係なく残業しただけだ」



ちゃんと言えば良かったな、と祇鏖は慈雨達の頭を撫でていた。



 

 



 




 












 



 



 



 

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