第21話人面犬
好矢見町では、野良犬野良猫の類を見掛けない。
色々な活動もあって全国的に減った、と言う話では無くて昔からそうであった。
飼い犬や猫を、外飼いすれば妖に喰われるから、飼うなら必ず家の中に入れろと言うのはこの町では常識であった。
もし、何かあって脱走した場合は『諦めろ』と言われているくらいだ。
「・・・・・・なあ、人面犬のナワバリ、ってこの辺だろ?」
そう言ったのはユウキだった。彼は隣町の、校区違いの少年だ。
「うん・・・・・・そのハズだけど・・・・・・」
辺りが余りに静かなので挙動不審になっているのは、ヤスヒロだった。
ヤスヒロもユウキとは隣町の小学校のクラスメイトで、友達同士だ。
今日は彼らの他に仲の良いクラスメイトのナオトとカズヤ、サトルの計五人で来ていた。
車通りもだが、立ち並ぶ家々が殆ど廃墟と化しており人間の気配が殆ど感じられず、こんな身近に廃墟があるとは思っていなかった彼らは、物見遊山のつもりで自転車でのこのこ此処までやって来たのだ。
一応、一番のメインは”人面犬“のつもりでいたのだが、既にそれ処ではなさそうな雰囲気になっている。
「つーかさ、一応この辺って人住んでんだろ?」
サトルが辺りを見渡す。廃墟化して半ば緑に埋もれた家や、半壊した建物。
それ以外の、まだきれいそうな家も覗いて見れば、電気メーターには引っ越し等で停止した時に針金で括り付けられる紙片が見えた。
「・・・の、ハズだけど。一応さっきだってオレらと同い年くらいのヤツら見たじゃん」
道中オバケ商店街の横を自転車で通り過ぎた時、数人の小学生を見掛けたのだ。
彼らは此方を見てぎょっ、とした顔をしていたがどうしてだろうか。
「まあ良いじゃん、とりあえず人面犬呼び出そうぜ」
「おー、そうだよ。オレらの目的は人面犬に会うことだしな」
人面犬とは犬の胴体に人間の、中年男性の頭部を持つ妖である。
ユウキ達は人面犬に会い来たが、目的は無い。会って写メのひとつでも撮れば自慢できると思ったからだ。
「で、どうやって呼び出すの?」
「えー? 知らね」
などと会話していたら背後からいきなり怒鳴られた。
「・・・コラァッ!! こんな所で何をしとるッ!」
五人はびっくりして足を竦ませながら慌てて其方を見て、更に顔色を変えた。
人面犬だ。色々な媒体で言われていた通りの、犬の胴体に中年男性の頭部を持つ妖が其処に居た。
「う、うわ・・・っ」
「マジかよッ!」
ニヤニヤと、黄色い歯を見せながら厭らしい笑みを浮かべ、柴犬めいた脚を動かして此方に二歩、三歩と近づいて来た。
「ヒッ・・・キモッ・・・・・・」
誰かがそう言った瞬間、人面犬の顔色が変わった。
「・・・今、何つった?」
ユウキ達は困惑したが、直ぐに何の事か気付いたが謝るより先に犬が吠えた。
「今何つった、って聞いてるんだよぉッ!!」
今すぐ自転車に乗って逃げたい。しかしそれより先に誰かが襲われるだろう。
それがユウキなのか、サトルなのかは分からない。
「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ごめんなさい、許してくださいっ!」
半泣きになりながら必死に謝ったが、人面犬は許さず兎に角ネチネチと責め立てた。
時間は優に一時間は過ぎた。辺りは薄く暮れ始めている。こうなると子供達は更なる命の危機にさらされる事になるだろう。
しかし、そんな事もお構いなしに「なぁにがごめんなさい何だよ、あぁ?」だとか「誰がキモイだって? あーあー、傷付いたわあ、慰謝料払ってもらわねえとなあ?」などなど・・・・・・言ってる事は確かに正論だが、悪質である。
「おい、そこで何をしている」
薄闇の向こうからそう言ったのは、低く錆を含んだような声。
「ぅげえっ・・・!」
奇妙な呻き声を人面犬は上げた。間に入って来たのは祇鏖であったからだ。
「祇鏖の旦那・・・っ、へ、へへ・・・・・・ど、どうも」
先程までの勢いは何処へやら、途端に尻尾を脚の間に挟んで完全に怯えた態度で卑屈なくらい下出に出始めた。
「君達は・・・校区外の子達だね、こんな所で何をしているんだ」
人面犬を無視して祇鏖は子供達に話しかけた。怖いことに変わりは無いが、警備員の制服を着た、話の分かりそうな大男の存在に少年達は泣きながら先程の出来事を必死に説明した。
「・・・・・・成程。おい、次郎。今の話は間違いないな?」
「・・・へえ、間違いないです・・・・・・」
次郎と呼ばれた人面犬は、不服そうにしながらも同意した。
「やれ、仕方ないな。俺が途中まで送って行こう。次郎、後で話を聞く」
取り敢えず、校区外の人間と無駄に軋轢を生むような事象は放っておけないので祇鏖は無理矢理ではあるが、間に入る事で仲裁した。
そして、比較的安全な商店街の近くまで送り届けた。
「あ、あの・・・ありがとうございました」
ヤスヒロがおずおずとそう言うと、他の子達もそれに倣って次々にお礼を言った。
「うむ、もう此処には来ちゃいかんぞ」
祇鏖が少ししかめっ面しい顔でそう言うと、子供達は殊勝な顔で頷いて、はいすいませんでしたと帰って行った。
実は祇鏖がこんなにもタイミングよく間に入れたのはその、彼らを目撃した子供達のお陰である。
もう放課後を過ぎた時間に商店街の外を歩くのは、死にに行くようなものだからだ。
大急ぎで警備員詰所に連絡が行って、こうして祇鏖が助けに入れたのだ。
とは言え、相手が気の弱い人面犬の次郎で良かった。他の、話や道理の通じない妖は幾らでもいるからだ。
次郎は性格は悪いが、祇鏖のように強い相手だと下出に出てくれるからまだマシな方である。
それに、日が暮れると祇鏖ですら危険だと思うような妖が出没し始める。
まだ間に合う時間で良かったと、祇鏖は溜息を吐いた。
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