鉄壁の歌仙結界! 言の葉の庭に仕掛けられた罠!(結の句・後編)

「わらわのターン!

 くふふ……《黄金錬成》!」


「壺中天」の世界――

壁も床も真っ白に染まった人工空間にて。


シァン・クーファンは偽りの黄金をまとう。

運命力の発露、現実を変える意志が結実した金色の光――フォーチュン・ドローとは似て非なる錬成魔術、運命を嘲笑う《黄金錬成》によるカード創造。


光の粒子がカードとなり、手中に収まった。


――奴は望みのカードを手にした。


ここまではウチの計算通り。

後攻の第一ターンではバトルが可能となる――間違いなく、箱の外の決闘デュエルで見せた銀毛九尾による無限攻撃コンボを仕掛けてくるはず!



先攻:シァン・クーファン

【表徴:『金丹Tao』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《上尸虫「彭倨ほうきょ」》

BP300


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:「壺中天」のイサマル

メインサークル:

《決闘六歌仙シケイダ・マール》with《沓冠くつかぶり

BP1455



ウチの考えをなぞるように――

シァン・クーファンが動く。


「わらわは手札から《中尸虫「彭躓ほうしつ」》を召喚するぞ。さらにフィールドに「闇」のスピリットが2体以上いるとき、《下尸虫「彭蹻ほうきょう」》を追加召喚じゃ!」


「三尸の虫を揃えた……」


「くふふ。この虫けらどもには、先の決闘デュエルでは発動しなかった効果があるのじゃ――《上尸虫「彭倨ほうきょ」》の特殊効果!「三尸の虫」がフィールドに揃ったターン、わらわは召喚権を行使せずにスピリットを召喚できる!」


「……ッ!」


そんな効果が……?

さっきの決闘デュエルでは使わなかった能力……!


「――先攻の第一ターンでは攻撃することができなかったからのう。戦力を揃えたとしてもバトルで汝を責め苛むことが叶わない。わらわと言えども、そのルールを曲げることは出来ぬ……だが、今回のわらわは後攻じゃ。攻撃については何の制約もなく、それ故に、存分に汝を叩き潰せるというもの……!」


召喚権を必要としないスピリットの召喚!

絶対的なピンチの中でも……ウチは勝機を見出していた。


「(やはり、ウチの思ったとおりや……!)」


銀毛九尾――シァン・クーファンの弱点。

絶対的なカードパワーを持つ自身の分身をデッキに3枚投入し、さらには《黄金錬成》による完全なドロー操作、おまけに錬成ユニゾンを自在に操る実力まで。


あいつが最初から全力だったとしたら、

ウチに勝ち目なんて存在しない。


だけど、奴には致命的な欠点がある。

それは――慢心。


「(たとえば――先攻の第一ターンは攻撃することができないが、代わりにデッキ破壊による勝利は狙えるはず。「三尸の虫」にあんな効果があったなら、尚更のこと。だけど、奴はウチが《十絶の陣》で攻撃封印をするまで無限ドローコンボへ移らなかった……いや、移れなかった!)」


シァン・クーファンにとっては数千年ぶりの自由。

カードから解放されて、我が世の春を謳歌する奴にとっては――どうしても、自分の力を振るいたいという欲望が抑えられなかったんだ。


《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》――


確かに強力なカードではある。

だが、シァン・クーファンは自身の手による決着に執着してしまっている――それはダメージがフィードバックする「闇」の決闘デュエルということを抜きにしても、奴にとっては決して抗えない誘惑……!


「(それだけじゃない……大きな弱点を真由ちゃんが作ってくれた)」


本来は世界に1枚しか存在しない《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を真由ちゃんが裏技で複製したことで、シァン・クーファンのデッキにはナインテイルズが3枚投入されている。


それによって生まれた同名カード同士でのループコンボ。

二枚の銀毛九尾を循環させる無限攻撃コンボで相手を蹂躙したいという欲望が植え付けられて――シァン・クーファンに付け入るスキが生まれた!


ウチが読んでいることも知らずに――

シァン・クーファンは己の分身を呼び出した。



「二体の虫どもを生贄にして――

 

 現れよ、我が分身。

 神仙黄白術、九環金丹妙訣……!


 丹砂結実、九転環丹!

 《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》ッ!」



トライ・スピリットのオーラが支配する。

新古今に歌われた絶景、水無瀬の里の草原に降り立つのは九本の尾を持つ大いなる獣。『スピリット・キャスターズ』三強に数えられる一柱が出現する!


神にも等しき頂点に立つカード。


白銀色の銀毛九尾――

その降臨は魔力による大爆発を引き起こす!


「わらわが召喚されたとき、全てのカードを破壊する!

 魔風列破……!」


「させんわっ!《沓冠くつかぶり》が装備された「決闘六歌仙」はカード効果では破壊されない!お前の破壊効果からシケイダ・マールを守るでぇ!」


荒々しき魔力の暴風の中でも、

魔道具の加護を受けた蝉頭の歌人は悠々と歌を詠んだ。



先攻:シァン・クーファン

【表徴:『金丹Tao』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

BP4000


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:「壺中天」のイサマル

メインサークル:

《決闘六歌仙シケイダ・マール》with《沓冠くつかぶり

BP1455



「はっ、そのような効果のカードだったとはのう。先ほどの決闘デュエルの後で追加したカード……対策は立ててきた、というわけか」


「ご自慢の爆風も、ウチにとっては屁のつっぱりや!」


「下品なっ……どのみち、汝の《沓冠くつかぶり》はスピリットをバトルから守ることはできぬのだろう?今死ぬか、後で死ぬかの違いだけじゃ」


シァン・クーファンは、その美貌を醜悪に歪めた。


「わらわは、わらわ自身を生贄にして――二枚目のわらわを召喚する!」


「(来たか……っ!)」


エンシェント・スピリットは、エンシェント・スピリット1体をコストにすることでも召喚が可能――!


場の銀毛九尾と入れ替わりに、次なる銀毛九尾が出現する。

これで場と墓地に銀毛九尾が一体ずつ――


「くふふ。さぁ、バトルといくぞ……!」


バトルシークエンスへの突入宣言。

ならば――


「この瞬間、《ファブリック・ポエトリー》で付与した領域効果が発動や!」


篝火が燃える。

噴水のように散らばっていくカードたち。


広大な平原にばらまかれる《歌仙結界》――

そのいずれもが、スピリットの攻撃を無効にするスペルだ。


互いに《歌仙結界》を取り合う『歌仙争奪』――

ウチが敷いたルール。


それを銀毛九尾は狙い通りに、


「くどいっ!わらわは『歌仙争奪』には乗らぬ――その役に立たぬ紙切れを手札に加えるがよいわ……っ!」


お手付きにより『歌仙争奪』を拒否。


全三局の『歌仙争奪』は全勝扱いとなり――

ウチは3枚の《歌仙結界》を手札に加える。


銀毛九尾はひるまない。

何枚の《歌仙結界》があろうと、踏み潰す準備はできているのだろう。


「かまわぬ。バトルを続行じゃ!」


「(…………よし)」



カード効果から守る《沓冠くつかぶり》も――

回数制限付きで攻撃を無効にする《歌仙結界》も。


すべてのカードが、奴の思考を縛る。

狭窄した思考の中で、誤った「正解」へと誘き出す――!


「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》で攻撃じゃ。

 ――天地陰陽玉砲秘穴!」


「《歌仙結界・恵慶法師えぎょうほうし》で攻撃を無効やっ!」


決闘礼装にスペルカードを挿入する。


迫り来る魔力の弾丸――否、大砲を前に百人一首に数えられた歌人の織りなす歌が空中に展開して、編まれた防護壁は銀毛九尾の放つ威力を減じていく。


歌仙結界は有効。シケイダ・マールは健在なり!


ならば、次なる手は――



--》――」



「来たか……っ!」


シァン・クーファンが見せた一枚のカード。

決闘礼装のモニターを操作して、テキストを再確認する。



《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》

種別:スペル(インタラプト)

効果:

 カード名を《殺生石》として扱う。

 バトルシークエンス中にのみ発動可能。

 いずれかの墓地からエンシェント・スピリット1体を選び、フィールド上の指定したサークルへと配置する。



こいつを絡めた銀毛九尾の無限攻撃コンボ――

仕組みはシンプルだ。



一体目の銀毛九尾(以下、九尾①)が場にいる状態で《傾国反魂香》で墓地にいる二体目の銀毛九尾(以下、九尾②)を配置する。


九尾②の魔風列破で九尾①は破壊されて墓地へ、九尾①が破壊されたことで墓地のスペルカードを好きな数だけ手札に戻せる――《傾国反魂香》を回収。


九尾②はバトルが可能なため、攻撃。


ふたたび《傾国反魂香》で今度は墓地の九尾①を配置すると、今度は九尾②が破壊されて――《傾国反魂香》は手札に戻る。



このコンボは無限に繰り返すことが可能なため、墓地から配置され続ける銀毛九尾は無限に攻撃を繰り返すことができる――だが。





「……お前!?」


「わらわが気づかぬとでも思ったが、たわけが。四元体質アリストテレスの餓鬼と「光の巫女」が決闘デュエルしたとき、わらわはウルカ・メサイアの肉体に憑依していた……《箱中の失楽パンドラ・ボックス》の仕様など、当然のように理解しておるとも」


箱中の失楽パンドラ・ボックス》で生まれた二つの世界、箱の中と外では同時に決闘デュエルが実施されて――二つの世界で同時に決着が着かないかぎり決闘デュエルが終わることはない。


片方の世界におけるライフコアが健在であるかぎり、

もう片方の世界でライフコアは復活し続ける。


無限の攻撃回数を誇る銀毛九尾だろうと、

ウチのライフコアを砕ききることはできない……!


銀毛九尾はウチの狙いの一端を見抜いていた。

それだけではなく、その先の話までも。


「じゃが……汝は忘れておるのではないか?《黄金錬成》が発動した「闇」の決闘デュエルにおいては、プレイヤーへのダメージが実体化していることを」


「くっ……!」


「ライフコアが砕けぬだと?かまわぬ、かまわぬ。わらわによる無限の攻撃は――文字通り、汝の魂へ無限の苦痛を与えることになる……くふふ!我慢しようとしても、無駄なことじゃぞ?ヒトの魂など、もろくて儚いものじゃ。魂を削る拷問のような激痛の中では、生半可な覚悟など、我慢など文字通り吹けば飛んでしまう。その証拠に……箱の外の決闘デュエルでも、たった一度の対人攻撃ペネトレーションで汝は意識を喪失するほどの苦しみを味わっておっただろうに」


シァン・クーファンが言っていることは正しい。


魂が耐えられるダメ―ジには限界がある。

気合や根性だけで解決するものじゃない。


魂へのダメージが限界を超えたとき――魂にヒビが入り、砕けて、消滅するとき――互いの魂の分離を条件にして成立している「壺中天」は、その結界条件を維持できなくなって崩壊する。


二つに分離した魂は元に戻る――

あの絶望的な盤面にウチは戻らなくてはならない。


仮にそうなれば、今度こそ敗北は不可避だろう。


――それでも。


「……お前こそ、忘れとることがあるやろ」


「なんじゃと?」


「お前の無限攻撃コンボは、銀毛九尾の破壊を前提としとる。けれども、「闇」の決闘デュエルでフィードバックするダメージはプレイヤーへのダメージだけやない……スピリットへのダメージもフィードバックする。さっきのお前はウルカに寄生しとったから、同じ肉体を共有する真由ちゃんに痛みを押しつけることができた……」


だが――「壺中天」の決闘デュエルは違う!

ウチは虚勢を張るかのように、ギュっと拳を握った。


「ウチが《箱中の失楽パンドラ・ボックス》が発動した本当の目的は、分離したお前の魂をウルカと切り離すことにあった。無限攻撃コンボは、実行するたびにシァン・クーファン――お前の魂へダメージを与える!」


もう、ダメージを肩代わりさせるような真似はできない。

真由ちゃんを傷つけさせたりしない……!


「ウチをいじめるのはかまわない。せやけど、お前に覚悟があるんか?ウチを攻撃するたびに、自身の分身へ発生するダメージを引き受ける覚悟が……!」


シァン・クーファンはきょとん、と目を丸くした。


く、く、く、と忍び笑いを漏らすと――

くふふふふふふふふ!!!!と腹を抱えて爆笑する。


「く、ふふ、ふふふ!愚か者よ、愚にもつかぬ低能よ!」


「なにを……」


「愚か愚かとは言ってきたが、ここまで愚かとなれば付ける薬もないわ。かの魏伯陽が練った丹薬であろうとも、汝には効かぬだろうよ。馬鹿は死ぬまで治らないというが――ひとたび死して、転生した身となっても汝は汝のままじゃったなァ!」


増幅する悪意に飲まれそうになる。


シァン・クーファン――

ザイオンテック・ジャパンCEO。


かつて、玉緒しのぶだった頃に一度だけ会った女。


齢六十、いや七十をとうに超えているにもかかわらず、さらさらとした流れる銀髪と、ハリのある肌、完璧なまでに整った顔立ち、女性的な抜群のスタイルに、この世の生き物とは思えないような深き青をたたえたサファイアの瞳。


誰よりも美しいのに誰よりも汚らわしい。

人間の形をしているのに、人間じゃない。


あのときは、怖くて仕方なかった。

恐ろしかった。指一つ動かすことができなかったんだ。


――妖怪。


そんな怪物が、どういうわけかスピリットとなり果てている。

真由ちゃんを、ドネイトくんを、エルちゃんを……ウチの大切な人たちをも呑み込もうとしている。


妖怪仙人は唇を歪ませて言った。


「言うたじゃろうが……!プレイヤーへのダメージは、スピリットへのダメージとは比にならぬ苦しみになると……!たまたま運よく意識を失えたおかげで、汝は学習できなかったようじゃなァ……わらわと汝が互いに魂へのダメージを受けるにしても、痛みの総量は汝の方がはるかに上!」



「せ、せやけど……それでも!」


ウチは鼻を鳴らし、声を震わせて涙声を作る。

べそをかくように……半泣きの子供のように。


「全部、全部、耐えきってやるわ。ウチはお前なんかに負けない……!賭けてもええで、先に音を上げるのはお前の方や……賭けるチップは、ウチの命……!魂をすり減らして、先に許しを乞うのはシァン・クーファン――お前や!」


どうや――極上の獲物やろ?


泣き虫の玉緒しのぶから引き継いだ、ウチの……イサマル・キザンの得意技や。

……ウチの誘惑に耐えられるか?


シァン・クーファンの貌が嗜虐の色に染まる。


「なんという……なんという、愚物。もはや愛おしい……楽しみで仕方ない。幾千年を生き、神仙境まであと一歩のところまで手をかけた、崇高たるわらわと――才を食い潰し、仙人骨を無駄にしている、汝のようなちっぽけな凡俗が……くっくっくっ、魂の削り合いで勝負を挑むだと?その思い上がりを……汝の罪を……わらわが、わらわの手によって断罪してくれるわ!」


このゲームを終わらせる引き金を――

奴自身が、引く。



「《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を発動じゃっ!」



――かかった!


傾国反魂香――

脳髄をとろけさせる不死の霊薬の香りがただよう。


墓地から二体目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が蘇生して――魔風列破によって一体目の《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が消し飛んだ。


「ぐっ、ぐううう………!」


口から唾を漏らしながら、

シァン・クーファンはダメージに耐える。


腕輪型決闘礼装が起動し、

墓地で効果が発動したことを発光により知らせた。


《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の特殊効果――墓地に送られたとき、好きな数のスペルカードを墓地から回収できる。


「わらわは、埋葬されしわらわの効果を発動――《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を回収する!」


「いいや……この瞬間を、待っとったんやーっ!」


ウチはスペルカードを介入インタラプトさせる。

これがウチの秘策。


銀毛九尾によって歪められた「闇」の決闘デュエルでしか使えない……シァン・クーファンを詰みへと追い込む、必殺の一手だ!


介入インタラプト

 スペルカード《本歌取り》を発動やっ!」


介入インタラプトだと……!?」


「このカードは【セイレンシャウト】をおこなうスペルカード、自分のフィールドに「決闘六歌仙」がいるときのみ発動できる!【セイレンシャウト】の指定条件は互いの墓地のカードと手札のカードで、達成条件は3!」


半虫半人の異形の歌人精霊セイレーン――シケイダ・マールが筆を取った。

彼が手にするのは短冊だ。


ウチは指定条件のカードを選択して、歌を完成させていく。


【セイレンシャウト】に組み込むカードの一つは、手札のスペルカード《字余りに》――このカードは【セイレンシャウト】専用のカードで、このカードを組み込んだ和歌は最大一文字までは「字余り」が許されるようになる。


五・七・五・七・七――この和歌に六文字や八文字のカードを使用できるようになる。更に《本歌取り》の達成条件は3なので、作るべき歌は五・七・五。


残る素材は互いの墓地から選ぶことにする。

ウチの墓地から選ぶカードは《歌仙結界》だ。


――出来た。


蝉頭の歌人と頷き合い、ウチは歌を詠む。



《字余りに》《歌仙結界》

《殺生石》



シァン・クーファンは目を見張った。


だと……!?馬鹿なっ!」


「何も馬鹿なことはあらへんで。「殺生石」は六文字やけど《字余りに》の効果で五文字として代用できるし――《本歌取り》の指定条件は互いの墓地が含まれる――当然ながらお前の墓地のカードも含まれるってわけやからな」


「わらわの墓地だと……!?

 だが、わらわの墓地に《殺生石》など……」


――いや、違う、と。


シァン・クーファンはこの局面になって気づく。



「《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》は、

 ……!」



「そういうことや……!《本歌取り》の効果はウチの墓地にあるカード名が五文字・または七文字のスペルカード、または【セイレンシャウト】の素材となったカードのうち1枚を手札に加えることができる――ウチは《殺生石》もとい《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を手札に加えるで!」


字余りの作法。

母音を縮めて読む場合はリズムを崩さないため字余りが適用しやすい――「せっしょうせき」を「せしょうせき」と読むような感じだ。


決闘礼装は字余りのカードを組み込んだ【セイレンシャウト】を認証した。


先に処理されたインタラプトによって墓地から《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》が回収されたことで、《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》のスペルカードを回収する効果は不発となる。


これでシァン・クーファンの無限攻撃コンボは途切れた。

それだけじゃない――


「《決闘六歌仙シケイダ・マール》の特殊効果、バルルンコーラス!【セイレンシャウト】成功時、対象スペルの効果をコピーして唱えることができる!」


フォフォフォフォフォフォ……。

筆と短冊を手にした腕を上下に揺らしながら、シケイダ・マールは分身忍術によって二人に分かれ、同時に二つの歌を詠んだ。


《本歌取り》の効果が倍となる――!


「墓地から《本歌取り》を回収や!」」


これでウチの手札には《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》と《本歌取り》が加わった。墓地には《歌仙結界》と《字余りに》が置かれている。


条件は満たされた。

――覚悟を決める。手を汚す、覚悟を。


「……ウチは、ひどい奴かもしれん」


イサマル・キザンは――『デュエル・マニアクス』の攻略キャラクターであるイサマルくんは、性格も口も頭も悪く、大切な人――主人公であるユーアちゃん以外には、本当にひどい奴。


でも、ウチはイサマルくんを好きになった。

イサマルくんを推すことにした。


それは――好きな人にだけは一途なイサマルくんが、他人とは思えなかったから。

まさか他人どころか、転生して本人になるとは思わなかったけど。


玉緒しのぶだった頃の前世の記憶を取り戻して――ドネイトくんやエルちゃん、ウィンドくんといった大切な人が他にも出来て……元のゲームとは、全然違うことになったけれど――それでも、そうなったとしても、根っこの本性は変わることはない。


大切な人のためにはどんなことだってできる。

冷酷で残忍な選択を。


そう、どんなことだって……!


「……《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を発動。シァン・クーファン――お前の墓地から《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を蘇生させる」


「なにを……!?」


ふたたび墓地から蘇る銀毛九尾――

大精霊の帰還は、魔力の大爆発を引き起こす!


「《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の特殊効果――魔風列破!フィールド上の全てのカードを破壊する……!」


「く、ふふ……ははは、愚か者めがッ!わらわのスピリットは《黄金錬成》によって得た表徴で、例外なく「闇」のエレメントを有しておる。「闇」のスピリットは相手のカード効果では破壊できぬ……汝の魔風列破は無効じゃ!」


相手のカード効果……だって?

ウチは目を細める。



「この魔風列破は、ウチのカード効果じゃない。

 ?」



「…………は?」


シァン・クーファンは盤面を確認した。



先攻:シァン・クーファン

【表徴:『金丹Tao』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

BP4000


領域効果:[呪詛望郷歌・歌仙大結界『百人一呪ひゃくにんいっしゅ』]


後攻:「壺中天」のイサマル

メインサークル:

《決闘六歌仙シケイダ・マール》with《沓冠くつかぶり

BP1455



銀毛九尾の蘇生先としてウチが指定したのは相手のサイドサークル――つまり、蘇生したシァン・クーファンの《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》の効果により、元々の場にいたシァン・クーファンの《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》が破壊されることになる。


魔風列破――

魔力の大爆発に巻き込まれ、銀毛九尾は灰塵と化す。


それだけでは終わらない。


「《黄金錬成》が支配する「闇」の決闘デュエルではスピリットへのダメージはプレイヤーへとフィードバックする……」


「ぎ……ぎやあああああっ!!!」


銀毛九尾が破壊されたことで、シァン・クーファンの魂を闇の力が削り取る。

身もだえして、ぜぇはぁと息を吐く女を、ウチは冷たい目で見下ろした。


「……墓地にナインテイルズが置かれたことで、スペルカードの回収効果が発動する。さぁ、早う回収したらええ。《傾国反魂香》のカードをな」


「はぁ……はぁ……か、回収じゃと?」


もっとも、その効果が機能することない。


介入インタラプト。ウチは《本歌取り》を発動や」


五・七・六――


ウチの墓地の《字余りに》、

ウチの墓地の《歌仙結界・恵慶法師えぎょうほうし

相手の墓地の《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》


この三枚で詠まれる歌は――


「《字余りに》《歌仙結界》《殺生石》」


「ま、また同じ歌を……」


「これでウチはお前の墓地から《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を回収する。さらにシケイダ・マールのバルルン・コーラスで複製した《本歌取り》の効果で《本歌取り》自身を回収や」


「これは……ループコンボ……じゃと!?」


そうだ。ループコンボはお前だけのお家芸じゃない。


《決闘六歌仙シケイダ・マール》と組み合わせた《本歌取り》は、回収効果に自身を組み込むことで、互いの墓地に眠る五文字・七文字のカードを無限に回収して撃つことが可能となる。


《字余りに》を組み込むことで、適用範囲は六文字・八文字にも拡大する。


このコンボに気づいたのはドネイトくんだった。


「そうや、ドネイトくんはすごいんや。ウチは何もできんのに……ドネイトくんがおったから、ウチは強くなれた。ウチみたいなんが一時は「学園最強」になれたんも、このコンボをお前に決められたのも……全部、あの子のおかげなんや……!」


それでも――ウチの所持するカードプールでは勝利に結びつくようなコンボパーツは見つからなかった。


今回だってそうだ。


別に《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》を無限に回収して撃ったって、勝利に結びつくわけじゃない……ライフを削れるわけでもなければ、デッキを削るわけでもなく、特殊勝利に結びつくわけでもない。


本来ならば……

お前が「闇」の決闘デュエルなんか仕掛けてなければ!


「ふたたび、墓地から《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を蘇生――魔風列破!」


「ぎゃあああああああっっ!!!!」


このコンボを繰り返すたびに、お前のスピリットは破壊される。

スピリットが破壊されることで、お前の魂にはダメージが蓄積していく。


「ま、待て……いくら繰り返そうと、このままでは決着はつかぬぞ!?」


「…………魔風列破」


「よ、よせ、止めろ……!ぎぃぃやぁぁぁあぁぁっ!!!」


魔の風がスピリットを粉微塵に粉砕する。

シァン・クーファンは苦悶に喘ぐ。


ウチはそれを見ながら、感情を押し殺した。


目から、口から、鼻から、身体中の穴という穴から体液を漏らし、失禁し、膝を折り、声を荒げ、罵倒し、にらみつけ、気勢を張り、喉を枯らし、瞳から光が消えて、脱力し、媚びを売り、いずれは許しを乞うように手を伸ばしても、ウチが反復行動を止めることはない。


シァン・クーファンには打つ手は無かった。


魂が分離された「壺中天」においては、

真由ちゃんの魂にダメージを肩代わりさせることも叶わない。


「――なぁに、決着なら着くって」


だって、真由ちゃんを痛めつけたときに言ってたじゃん。



……」



消してやるよ。



☆☆☆



――箱の外にて。


「……真由ちゃん。お願いだから目を閉じて」


「しのぶちゃん……」


白い箱の中で繰り返される凄惨な惨劇――

それを前にして真由ちゃんは言葉を失っていた。


箱中の失楽パンドラ・ボックス》の特性で中の音こそ聞こえないものの、箱の中にいるウチの意図と、引き起こされた事態は明白だった。


「……ウチは、銀毛九尾を消す。

 いや、こんな言い方……よくないね」


消す。

倒す。

潰す。

やっつける……?


――いいや、全部、違う。



「……。「闇」の決闘デュエルでダメージがフィードバックする状況で、ウチはスピリットを破壊し続ける。破壊し続けて……いたぶり続けて……あいつの魂を跡形もなくなるまで殺し尽くす」



「…………っ!」


「真由ちゃんは知らないかもしれないけど、箱の中での姿を見てわかった。シァン・クーファン――ウチや真由ちゃんが生きてた世界の人間なんだ、あいつ。どうやってスピリットになったのかはわかんないけど……ウチは人を殺すことになるね」


「……私の、せいで」


「違うッッッ!」


ウチは握る真由ちゃんの手に力をこめた。


「ウチは、元からそういう人間なんだよ」


玉緒しのぶとイサマル・キザンは同じ魂の形をしている。

前の世界では――本性が出る前に死んだだけ。


だとしても……!


「みんなのことは絶対に助ける。人でなしに救われても、嬉しくもなんともないかもしれないけど……真由ちゃんたちがいない世界なんて嫌だ」


「……しのぶちゃんが罪を犯すなら、私も同罪」


真由ちゃんが手を握り返す。


「しのぶちゃんの罪を、私にも背負わせて」


「……わかった」


これも嘘。

残念だけど、真由ちゃんとはお別れだ。


ウチはとっくに、切り捨てるべき命を選んだのだから。

それはシァン・クーファンだけじゃない――


「(真由ちゃんに憎まれてもかまわない……)」


自分が何を優先するかは、すでに決まっている。


心根が冷えていく。

悲壮に染まった真由ちゃんの目を見つめながら――心の中では目を逸らした。



★★★



一方、箱の中。


シァン・クーファンは、幾度も繰り返された魔風列破により憔悴しきっていた。

それでもウチがカードを手にすると、ビクリ!と身体を震わせる。


「ご、後生じゃ……やめて、もう堪忍して……!」


「幾千年を生き、神仙境まであと一歩のところまで手をかけた、崇高たるなんちゃら……やったっけ。ずいぶんと吹いてたわりには拍子抜けやね。まだまだ、せいぜい千を超えた程度やろ?まったく……お前の魂がダメになるか、それとも箱の中でウチが餓えて死ぬのか、どっちが早いか……ぐらいの覚悟で始めたんやけどな」


奴が降参サレンダーしても拒否した。

『スピリット・キャスターズ』では降参サレンダーには互いの合意が必要……ウチは決してシァン・クーファンを逃がすことはない。


魔風列破――

何度も、何百回も響いた聞き苦しい断末魔の悲鳴が箱の中を満たす。


「ウチも腕が疲れてきたし。そろそろ、おっ死んでくれへん?箱の外で見とる真由ちゃんとか、あっちのウチも退屈やろ。なんや、ひらひら動き回る割に、悲鳴も踊りもバリエーション少ないから……令和のコンテンツとしてはおもろないねん、お前」


「な、汝……!」


「あぁ――今は令和やのうて神札暦やったな?」


《傾国反魂香》を手に取ると、銀毛九尾は命乞いの趣向を変えた。


「汝はわかっておるのか!?わらわを殺せば、汝の部下――ドネイトやエルをカードから戻す手段は存在しなくなるのだぞ!?」


「……知っとるよ」


原作の知識でウチは知っている。

『デュエル・マニアクス』では「闇」の決闘デュエルに敗北してカードに変えられてしまった決闘者デュエリストが多数存在した。


その多くは作中ではカードから戻ることがなく、生涯を終えた――なぜならカードから元に戻すことができるのは、「闇」の決闘者デュエリスト本人だけだったから。


「闇」の決闘者デュエリストの多くは、主人公であるユーアちゃんに敗北すると自分が仕掛けたゲームの代償としてカードに封印されてしまう。


こうなっては、カードから戻すことができる人間がいなくなってしまうわけだ。


『デュエル・マニアクス』名鑑の原作者コラムによれば、作中では正体を明かさなかった黒幕――最高位の「闇」の使い手ならば、自分以外の決闘者デュエリストが封印したカードでも戻すことができるらしいが……。


――そんなものを当てにすることはできない。

――なら、ウチの選択肢は一つ。


「……そやね。ええよ、助けたる」


「……へ?」


「エルちゃんとドネイトくんをカードから戻せ。それから真由ちゃんの身体も解放しろ。そうしたら助けたる。この決闘デュエルはウチの負けでええし、降伏サレンダーしたるわ。ウチの身体も好きに使ってええ――ただし、聖決闘会カテドラルのみんな――エルちゃん、ドネイトくん、ウィンドくんと真由ちゃん――ウルカ・メサイアには二度と手を出さへんこと」


決闘礼装には互いにアンティの履行を守らせる強制ギアスの魔法がかかっている――それを簡易ながらも真似る。


始原魔術の呪言により、即席の強制魔術を編み上げる。

互いが同意することでお互いの行動に制約をかける――


呪言の文字が空中に浮かび上がり、契約書を形作った。


「契約しろ。それ以外にお前が生き残る方法は無い」


「け、契約……」


「判断が遅いわ」


魔風列破。


「ぎゃあああああああっっ!!!!」


「……ウチの気が変わる前に、さっさと署名した方がええと思うで」



・契約後、イサマル・キザン(以下、甲)とシァン・クーファン(以下、乙)には以下の行動が確約される。


乙はドネイト・ミュステリオン、エル・ドメイン・ドリアードの両名をカードから解放すること。

上記の履行が確認された後、甲は乙に対して降伏サレンダーすること。


アンティ決闘デュエル後、アンティに従い甲は乙に肉体を明け渡すこと。

乙はドネイト・ミュステリオン、エル・ドメイン・ドリアード、ウィンド・グレイス・ドリア―ド、ウルカ・メサイアに対して直接的あるいは間接的にも一切の危害を加えてはならない。



「早うせんと……どっちでもええんや、ウチは。あの子らが助かろうと……お前を殺そうと。単に腕が疲れたから、そっちでもええか……っちゅう気分でしかないんやからな」


「わ、わかった!署名じゃ……契約するぞ!」


空中の文字にシァン・クーファンが触れて――契約は成された。

銀毛九尾は二枚のカードを取り出すと、魔の真言を唱える。


「……っ……っ……っ……っ!」


やがて――箱の中に、二人の人間が現れた。


緑髪のあどけない少女と、水色の髪で目元を隠した青年。

学生服姿の二人は、眠ったように目を閉じて倒れている。


「エルちゃん……!ドネイトくん……!」


二人の姿を見て、枯れ果てたと思っていた涙がこぼれた。

そうだ、これまでのは全部芝居。


二人を取り戻すための演技だ……!

それを知ってか知らずか、シァン・クーファンは勝ち誇る。


「さぁ、汝も契約に従ってもらうぞ。降伏サレンダーじゃ!とっとと降伏サレンダーせい!」


「ええよ」


ポチポチ、と決闘礼装を操作する。

シァン・クーファンのモニターにウィンドウがポップアップした。



[対戦相手の降伏サレンダーを了承しますか?]

 OK / NG



シァン・クーファンは狂ったように画面を連打する。


「了承!了承!了承じゃ!くふふ、これでわらわの勝ち!汝の肉体はわらわのもの!長かった……本当に永かった……!幾千年を生き、並みの道士など相手にならぬ霊力を身に着けたこのわらわが……ただ「仙人骨を持たない」というだけで門前払いをされて、神仙境の門はその扉を閉ざした!至高たる存在に……仙人になるべき者はわらわを置いて他にはないというのに。凡俗どもがッ!わらわを、奴らは妖怪仙人と蔑んだ……!許されることではない……!汝という六一泥、天に選ばれし至純の器をもってわらわは遂に神仙境へと昇仙する……!」


哄笑するシァン・クーファン――


「くふ、くふふ……くふふふふふ!」


だが――


「くふふ……」


いつまで経っても――


「ふ……?」


決闘デュエルが終了することは無い。


「ど、どうして……」


「どうしてもヘチマもあるかいな。この世界は「壺中天」――壺中の天地で決着が着いたとしても、二つの世界で同時に決着が着かないかぎり決闘デュエルが終わることはない」



☆☆☆



先攻:ウルカ・メサイア

【表徴:『金丹Tao』】

【全スピリットに「闇」のエレメント付与】

メインサークル:

なし

サイドサークル・デクシア:

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》

BP4000

サイドサークル・アリステロス:

《「錬金闘虫ゲノムセクト仮相アーマー」ブラッドマサクゥル・ビートルX》with《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》and《巫蟲の呪術師》

BP2900(+500UP!)=3400


領域効果:

[神話再現機構ゲノムテック・シークレット・ラボラトリー]


後攻:イサマル・キザン

【シールド破壊状態】

メインサークル:

なし



★★★




「あ、ああっ……ああーっ!」


「何度も魔風列破を喰ろうて、頭が疲れきっとるようやね。助かりたい一心で、苦痛から逃げ出したい一心で、安易な契約に飛びついた……安心しぃ、もう頭を働かせる必要はあらへん。とっと死ねや」


魔風列破――

そう唱えるだけで、シァン・クーファンの魂に鞭を叩きつける。


「ループ証明が終わった今、ウチは手順を省略して過程を繰り返せる……。カードをセットする必要すらない。ここまでの千回をまだるっこしくやっとったのは、お前をじっくりと痛めつけて、命乞いを引き出し――エルちゃんとドネイトくんを救うためや。それが終わった今、もうお前を生かす必要はない」


「ぎっ、やっ、でっ、おっ、ウルっ、ぎやっ」


「あぁー?何言っとるか聞こえへんわ。まぁ、たぶん真由ちゃんのことやろ。はっ――仕方ないわな。全員を救うことはできへん」


助からない一人を――

誰を犠牲にするかを、選ばなきゃいけない。



 お前がここで死んで消滅すれば「壺中天」は崩壊して――さっきの降伏サレンダーも無効になるしな。あとは向こうの世界で、口八丁で言いくるめた真由ちゃんに降伏サレンダーさせればウチの勝ち」



ウチは繰り返す。魔の暴風を吹き荒れさせる。

何度でも蘇生するナインテイルズ、終わりなき責め苦。


省略したループを繰り返し、無限の苦痛を与えていく。

魂を殺し尽くすまで――「壺中天」が維持できなくなるまで。



「そういうわけで、さいならや。

 往生したれや、クソババアが」



「ふっ、ふっ、ふざけるなぁぁぁーっ!!!」


ウチは手を止めた――

シァン・クーファンが少女を抱きかかえている。


「お前ッ……!」


銀毛九尾の手にあったのは、意識を失って倒れていたエルちゃんだった。


「く、くふふ。こんな札遊びなど知ったことか。わらわはこの肉体を捨てる……この餓鬼を新たな依り代としてなァ!」


「何やと……!?」


――予想外の出来事だ!


本来の計画なら、このままシァン・クーファンの魂を殺して「壺中天」を崩壊させるつもりだったのだが……!


シァン・クーファンが締め上げると、エルちゃんは目を閉じたまま唸った。


「……その薄汚い手をエルちゃんから放せ」


「ドリアードの末裔、完全なる四元体質アリストテレスか。汝には劣る器じゃが――まずは仕切り直しじゃ。くふふ、この餓鬼を見ていると我が義妹いもうとである玉石琵琶精を思い出すわい」


「ざけんなや。その子はウチの妹やぞ」


ぶち殺してやる……!

殺意のままにウチは破壊ループを再始動する――だが!


「魂へのダメージが効かない……!?

 ウルカ・メサイアの肉体とのリンクが切れとるんか!」


シァン・クーファンは決闘デュエルを放棄した。

もはや『スピリット・キャスターズ』では決着が着かない――!


「壺中天」での姿は魂の本質となる。


シァン・クーファンの姿は銀白色の光に包まれ、その本性であるシルヴァークイーン・ナインテイルズへと変わる――そして、エルちゃんの肉体に憑依しようと襲いかかった!


『スピリット・キャスターズ』ではない決着だと――!


「……はっ、それはウチの望みどおりやっ!」



☆☆☆



「精霊縛術なんて、いまどき学んでも仕方ないやろ――って顔をしているねぇ、イサマル?朕はお見通しだよ」


「そ、そんなことは……」


あるんだけど。


まだ、ウチが玉緒しのぶであったことを思い出す前。


宮殿の庭園にて。

みかどはニコニコと微笑んでいた。


ウチも苦笑いに見えないように会釈を返す。


イスカの象徴的支配者。

青き血の末裔――お飾りの君主。


キザン家によって軟禁された、高貴なる囚人。


……この人は苦手だった。

ウチも知らないウチの中身を、その眼で見抜いているような気がしていたから。


「――イサマルは『スピリット・キャスターズ』に対する適性ではずば抜けているからねぇ。『六門魔導』を軽視するのも仕方ないかな」


「……実際、勝負にはならんじゃないですか」


「うん。アルトハイネスの精霊魔法に比べれば、イスカの始原魔術は出力で大きく劣るのは事実。なにせ始原魔術は、所詮は人間が自身の魔力を媒介にして起こす魔法――同じ火を起こすにしても、種火の強さからして違うのは否めない。向こうの種火は人間なんか相手にならない、精霊だからね……」


四元素にまつわる魔法も、物理法則に作用する魔法も、因果律に作用する魔法も、いずれも例外なく――始原魔術は精霊魔法の下位互換。


そのくせ、習得には個人の資質が要求される上に難度も高い。


「(まぁ、ウチは天才やから簡単やけど)」


「ただし、始原魔術には一つだけ精霊魔法よりも優れるものがある。イサマルにはわかるかなー?」


「……精霊縛術ですね。精霊魔法の捕獲キャプチャーは始原魔術の精霊縛術をベースにしてはいますが――スピリットを直接封印することはできず、弱らせて無防備な精霊核にしてからでないと空白ブランクカードに封じ込められない」


「わかってるじゃあないか!そういうわけで、しっかり勉強だよ。ツイてるねぇ、朕の直伝で精霊縛術を学べるのなんてイサマルぐらいだ……だって、朕は宮殿に監禁されてるしっ!面会できるのも将軍家ぐらいだからっ!はははっ」


「ブ、ブラックジョーク過ぎますよ……」


帝は狐のように笑う。


「……イサマルは、来月には「学園」に行くことになるからね。そのときには精霊縛術は他の生徒には無い、イサマルだけの武器になる」


「ウチだけの、武器――ですか」


「大切な人を守るための力さ。あっ、朕のことじゃないよー?ほら、赤くならない赤くならない。……これから「学園」で出会う、大切な人って話」


大切な人。


そんなもの、できるだろうか。

自分よりも大切に思えるような――そんな人が。



★★★



エルちゃんの肉体に銀毛九尾が憑依しようとした、その時――白銀の魂を、無数の鎖が縛った!


「な、汝ッ!?」


「第五世代型決闘礼装は、決闘者デュエリスト波動障壁バリアーで危害から守る――せやけど、先に決闘デュエルを放棄したんはお前やッ!」


決闘デュエルを放棄した者を波動障壁バリアーが守ることは無いッ!


人差し指と中指を揃えて、刀のように整える――

空中に指を走らせ、九字を切る。


これは物理的動作をもって圧縮した詠唱。

魔力の鎖を血脈として、己の魔力を血潮とする。


唱えるは精霊縛術。

イスカ最強の魔術師、始原の防人――みかどの直伝だ!


「不動三種印明、仏眼印明、愛宕三種印明――」


東方に霊山あり。

三世一体、これをもって衆生悦びと成すが故に、

三千世界の諸神が通ずるは無量大数の神意の陣――



「五行を揃え、朱砂を七返すれば元へと返る!

 金液を九還すれば真へと還る!


 生と死を超克する者よ、

 天然自然の道理に背きし者よ、

 巌となれ――物言わぬ巌へと帰れ!


 妖怪仙人、ここに封神つかまつる――!」



銀毛九尾は、その身を石へと変えていく。

魔力の鎖は肉体と一体化し、徐々に静物として停止する。



「やっ……やめろぉ……!わらわは……せっかく……やっと……仙人になれると……わたしの夢……こんなことなら……あの子供の誘いになんて……!た、助けて……いやぁっ……いやぁぁぁっっっ!!」



やがて、箱の中からは一切の音が消え失せる。

パラリ――と一枚のカードが床に落ちた。


ウチはカードを拾い上げる。

《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》を。


「……終わった」


そのとき、一つの世界が終ろうとしていた。

「壺中天」が軋む。


揺れは徐々に大きくなり、空間にヒビが入った。

箱が崩壊する――対戦相手を封印したことで。



あとは――ウチに残された仕事は一つだけ。

命を、切り捨てるだけだ。



☆☆☆



箱の中で起きている出来事に、私は驚くばかりだった。


イサマルくん――しのぶちゃんが何かを仕掛けたことで、銀毛九尾はドネイト先輩とエルちゃんを解放した。

さらに今度はエルちゃんに襲いかかって――しのぶちゃんの始原魔術で、カードに封印されてしまったらしい。


その様子をしのぶちゃんは神妙に見つめている。


「……終わりやね。向こうのウチもようやったわ」


「これって、どうなるの?対戦相手が消えたら――」


やがて白い箱が、揺れた。

箱の外壁がパラパラと剥がれ落ち、軋んでいく。


あっ、と声を出すヒマもなく――



箱中の失楽パンドラ・ボックス》は崩壊した。



箱が消えたことで、中にいたエルちゃんとドネイト先輩も戻ってきた。

二人とも助かったんだ……!


「しのぶちゃん……!」


「――真由ちゃん、合図や。

 せーの、で一緒に降伏サレンダーするで」


降伏サレンダー!?」


そうだった。

しのぶちゃんの合図で降伏サレンダーするって話だった。


「ここで互いに降伏サレンダーしたら……!」


「箱の中は対戦相手が封印されたことでノーゲーム。「壺中天」が消滅することで、勝敗の行方はこちらの盤面に移る――ウチと真由ちゃんが同時に降伏サレンダーすれば引き分けや」


「そうか……しのぶちゃんは引き分けを狙っていたのね!」


……でも。大丈夫だろうか。


「《黄金錬成》は決闘デュエルの敗者を封印する。引き分けは、名目上は敗北ではないというけど……見方によっては両者敗北とも言えるわ」


もしも、両者敗北として扱われたら――

私もしのぶちゃんも、どちらも封印されてしまう。


不安に思う私に、しのぶちゃんは語りかけた。


「……大丈夫だって。真由ちゃん、ウチが『スピリット・キャスターズ』を何周もしてるの、知ってるでしょ?」


「ええ……」


「原作でも「闇」の決闘デュエルで引き分けを狙うシチュエーションはあったんだよ。他でもない、アスマくんルートで……ああいいや、とにかく、引き分けは敗北扱いにならないから」


「でも……それってゲームの話よね?銀毛九尾に乗っ取られてドネイト先輩たちを襲ったときに、二人が話してたわ――この世界はゲームなんかじゃないって。万が一にでも、しのぶちゃんがカードにされてしまうなんてことがあったら……」


「大丈夫!何の心配もないから!ほらほら、いくよ!」


「え、ええ……」


――他に打つ手はない。


イサマルくんの少女のように可愛らしい顔を通して、しのぶちゃんが――私の大事な親友が、心配させまいと笑顔を作る。


「真由ちゃん。ウチを信じて、ね?」


「……信じるわ」


私はしのぶちゃんを信じる。


その選択を信じる――

信じて、命を預ける。


だって――





[対戦相手の降伏サレンダーを了承しますか?]

 OK / NG




せーのっ、の合図で――私は画面をタッチする。




ダンジョン『魔科精霊遺伝総研・LvEX』非公式アンティ決闘デュエル

立会人:不在

勝者:ウルカ・メサイア

敗者:イサマル・キザン

アンティ獲得:敗者封印によりアンティ不成立




「え……?」


事態が理解できない。

引き分けじゃない――ウルカの勝ち?


私の勝ち?

なんで?

私、勝ってない……。


二人で一緒に降伏サレンダーしたのに。


「しのぶ、ちゃん……?」


しのぶちゃんの指は画面に触れていなかった。

画面の直前で――ピタリと静止していた。


しのぶちゃんは、私の敗北を了承してなかった。

私の了承だけが承認されて――私が勝利した。


「どう、して……」


「……ウチは嘘を吐いてた。本当は、引き分けじゃ救えないんだ。引き分けは両者敗北扱いになる――アスマくんルートのバッドエンドの一つで、知ってた。へへへ、これも原作知識チートってやつ」


救えない?じゃあ、え、嘘……。


「しのぶちゃんが……負け、たの?」


「うん。敗者の魂が封印される《黄金錬成》が発動した時点で、ウチが勝利する目は消えた。真由ちゃんを封印なんてできるわけない。勝利を狙えるわけがない。本来なら、そこで降伏サレンダーしてもよかった――銀毛九尾の目的を考えるなら、それがベストだっただろうに。性格悪いよね、あのババア」


眠るように意識を失っている、ドネイト先輩とエルちゃんを――寂しげにしのぶちゃんは見つめた。


「ドネイトくんとエルちゃんの命を救うには、ウチが勝たなきゃいけない。勝っても負けてもウチの負けみたいなもん――ダブルバインドってやつ。ほら、パワハラ上司がガン詰めするときにあるじゃん?真由ちゃんもよく会社のこと愚痴ってたよね、『わからないことがあるなら俺に聞け』、『そんなことをわざわざ聞くな』……」


紫色の瘴気がしのぶちゃんを包んだ。

瘴気はしのぶちゃんの――イサマルくんの肌にしみこみ、しみこんだ箇所は墨色となって色を失っていく。


そんな、嫌、嫌、嫌……


全てを助けることができないアンフェアなゲームで、しのぶちゃんが選んだ選択――切り捨てた命――それは、しのぶちゃん自身。


「そんな顔しないでよ。ウチはよくやったと思うし。『スピリット・キャスターズ』とか、カードゲームとか、正直なとこよくわかんなくて……ウチにとっては乙女ゲームを遊ぶための作業って感じだったけど――ドネイトくんに教えてもらったり、エルちゃんやウィンドくんと遊ぶのは楽しかったな……ウルカに――真由ちゃんに負けたときはくやしかったけど。へへへ、あのときだよ。あの決闘デュエルが終わったとき、真由ちゃんにデコピンされたときに気づいたんだ」


「あっ……あ、ああっ……」


「……この世界が何だったのか。ウチや真由ちゃんだけがどうして転生したのか。わからないことはいっぱいあるけど、現時点での仮説は聖決闘会カテドラルのみんなと共有してる。ウチが託したって言えば、きっと、みんな真由ちゃんの力になってくれるはず。みんな頼りになる子たちばっかりだし……真由ちゃんもユーアちゃんとの関係は良好みたいだから、特に不安は無いかな」


まるで、退職する先輩が引継ぎをするかのように。

なんでもないような顔をして、しのぶちゃんは言う。


その四肢はすでに真っ黒となり、侵食は胴にも進み、首元にまで迫っている。

私は――声をかけることができない。


こんなときに、どんな言葉を持てばいいのかわからず。

ただただ、赤子のように意味を結ばない嗚咽を漏らすことしかできない。


すると、ぽろりと雫が落ちたのを見た。


「うん……。やっぱ、ダメだわ」


「え……?」


「このまま、全部、何もなかったみたいに……カッコよく、死んじゃえばいいのに……これが最期だって思ったら、黙っていらんない。そうだよ、ダメなんだ。ちゃんと終わらせなきゃダメだ……!」


終わらせる……?


わからない。わからないけれど、

しのぶちゃんは大切な話をしようとしている……!



「ウチ、真由ちゃんのことが好き」



しのぶちゃんは言った。

息を吐くように――吐ききるように言った。


「友達として、とか……親友として、とかじゃなく……女の子として好き。ずっと、好きだった。そういう目で見てた。気持ち悪いよね……こんなこと、言われても困るって思う。玉緒しのぶは、死ぬまで言えなかった。真由ちゃんが好きなの」


「しのぶちゃん……」


「言わないで。へへへ、ちゃんと失恋しなきゃダメなのに。お願い、その返事は胸に収めて。中途半端だな――聞きたくない。聞かなきゃ……う、ううう……!」


しのぶちゃんの口が止まった。

「闇」の侵食は頭部にも及び、下あごから鼻先にまで至っている。


でも、耳はまだ残ってる。

ここで話せば、しのぶちゃんに届くはず。


言わなきゃ。私の、本当の気持ちを……!

失恋なんて、勝手なことを云わないで。



「しのぶちゃん。聞いて、私――!」



だが――言葉が届くことはなかった。


目の前の人影が黒く染まり――カードが床に落ちる。

描かれているのはイサマル・キザン。



私の――大切だった人。



「あ、あぁ……」


カードを手に取ると、そこに雨粒のような雫が落ちた。

ぽたり、ぽたりと――失われたものを実感するように。


喉を枯らさんばかりに声を絞り出す。

言えなかった、届かなかった言葉の代わりに。



――慟哭だった。



☆☆☆



部屋の影に隠れるメルクリエは表情を硬くする。


「きひ、きひぃ、きひひ……!」


メルクリエにしか聞こえない耳障りな声で、黒いドレスの少女が哄笑した。


「私としては百点満点の結果になったわね。転生知識があるから面倒くさい玉緒しのぶと、魔術の腕だけはこの世界で最高だから排除が難しい老害が共倒れ。まぁ、あの婆さんも勝手に仙人だかなんだかになってどっかに行ってくれる分にはかまわなかったんだけどさァァァ。きひひ、まぁ、勝負はイサマルの負けだねェェェ」


きひひ、と腹を抱えるハートにメルクリエは不快感を隠さない。


「……イサマルは、お嬢様を立派に守り抜いた」


「あーね。まー、あくまでこのイベントはイサマルが勝ち残ってメインキャラになり続けるかどうかの試練ってだけで――婆さんが勝っても、ウルカ・メサイアの身体は元通りにしとく約束だったよ?万が一、イサマルが――玉緒しのぶが勝つようなことがあれば、そのときは主人公交代。でもさぁ……玉緒しのぶが主人公になったら、あいつの武器って原作知識でしょ?そういう作品、私はあんま好みじゃないんだよね」


これは、あくまで私の創作論なんだけどさ――と、ハートはささやく。


「位置エネルギー、って言葉があるじゃん?高いところにあるものは、落下することで運動エネルギーを得る――つまり、高いところに位置するということ自体がエネルギーを持ってるってこと。玉緒しのぶはキャラクターとしてそのタイプでさ……でも、正直サブキャラとの関係性とか、本人のパーソナリティとか、もうやれるとこは掘り尽くしちゃったと思うんだよね。決闘デュエルの腕も大したことないし。新川真由の転生前の親友、っていう位置エネルギーは、ひとたび落下したら戻らない、使いきりの物語力なんだよ」


「…………」


「まぁ、負けちゃったからにはおしまい。私としても気に入らないキャラが整理できて万々歳だし、しばらくは新川真由を主人公にできそうで安心してるよォォォ」


「……イサマル・キザンは、負けてなどいない」


「あぁ?」


「貴様は言ったはずだ。この世界は、より高潔な美徳が勝利する世界だと――この決闘デュエルでイサマルほど高潔な者はいなかった。大切な仲間とお嬢様、二つを天秤にかけられた上でどちらも離さなかった。この戦いで勝利するべきはイサマルだ。勝ったのはイサマル・キザンだ!それが果たされていないのならば……イサマルを負けさせて、あまつさえ、その敗北を嘲笑うというのならば……貴様の書いた物語は意図プロット通りには進行していない。まったく、破綻している」


「テメェ……どういうつもりだ?」



「貴様の駄作にこれ以上付き合うつもりは無い、と言ったんだ」



メルクリエは幻影の少女を振り払い、主の元に――ウルカの下へと進む。


この決闘デュエルを見届けた者として……

立会人として、真の勝者を示すために。



ダンジョン『魔科精霊遺伝総研・LvEX』非公式アンティ決闘デュエル

立会人:メルクリエ

勝者:イサマル・キザン



☆☆☆



「――お嬢様。こちらをお使いください」


涙が尽き、喉をしゃくあげることしか出来なくなった頃――私の前に、ハンカチが差し出された。

上品な刺繍がされたハンカチ。見覚えがある。


「……メルクリエ?」


「私めも、見届けておりました。イサマル様の決闘デュエルを」


「そう、だったの……」


ハンカチを受け取り、べしゃべしゃにお化粧が崩れた目元をぬぐった。


「ありがとう、メルクリエ」


メルクリエが伸ばした手にハンカチを返す――が、彼は動かない。


「…………?」


「そちらの、カードを。イサマル様のカードを、私めに渡してくれませんか?」


「イサマルくんの……カードを?」


これはしのぶちゃんが封印された大切なもの。

おいそれと渡せるはずがない……が、

それでもメルクリエの真剣な顔を見ていると、不思議と渡してしまった。


「……どうするの?」


「これが、私めの最後のご奉公でございます」


メルクリエの周囲を紫色の瘴気が包み込む。

これは――「闇」のエレメント!?


「メルクリエ……!」


「離れなさいッ!」


メルクリエは聞いたこともない剣幕の声を出す。

私が知らないメルクリエ。


ウルカとして生きていた私の知っているメルクリエは――いつも穏やかで、余裕たっぷりで、決して声を荒げることのない人物だった。


それが……!


「ぐ、ぐう……ぐおおおおおおおおおっ!!」


顔を苦悶に歪ませながら「闇」のエレメントを操っている。

「闇」の力を――その身に引き受けている?


「あなた、どうして……どうして、そんなことができるの?」


やがて、全ての「闇」を吸い込み終えると――

カードは消失し、イサマルくんが――しのぶちゃんが横たわっていた。



「しのぶちゃん……!

 しのぶちゃん、ああ良かった……!」


私は眠るように意識を失ったしのぶちゃんを抱きかかえた。

温かい。生きてる。無事でいる。



でも――


「どういうことなの……?」


メルクリエが「闇」のエレメントを操り、しのぶちゃんを助けてくれた――嬉しさと困惑、相反する二つの感情で頭がいっぱいになる。


脳裏に、過去にメルクリエが放った言葉が浮かんだ。

アスマとミルストン先輩の決闘デュエルの時――



----------------------------------

メルクリエはお母さんに拾われた孤児だった……。


「メルクリエ。あなた――オーベルジルン会戦で孤児になったの?」


「……お嬢様には、話していませんでしたな」

----------------------------------



オーベルジルン会戦では多くの人々が犠牲になった。

アルトハイネス軍の軍人――敵国の軍人――更には、設計局に勤めていた人たち。


マロー先生の授業でも習った。


当時のオーベルジルン一帯には「闇」のエレメントを操る少数民族ストラフ族が生活していた――しかし決戦兵器ゼノサイドの投下に巻き込まれて死滅したと。


「メルクリエ……あなた、ストラフ族の孤児だったのね」


「お嬢様。お嬢様の母君に救われた恩――片時も忘れたことはございませんでした。今まで、お嬢様のお傍にいれたことも望外の幸運でございます。「光の巫女」であるユーア様にも恨みはありませんとも。ですが……」



「闇」を引き受けたことで、メルクリエの半身は黒く染まっていた。

片眼鏡モノクルの奥の瞳も深淵のような穴と化している。


執事服は裂けて、鍛え上げられた肉体が露出していた。

波のように乱れた黒髪は――まるで幽鬼の如く。



「闇」の決闘者デュエリストは云う。



「私めには世界を呪う理由がある。

 私めは、まぎれもなく――お嬢様の敵でございます」



それは――この世界への宣戦布告だった。




第一部『王立決闘術学院アカデミー』編、了――

Episode.7『《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》』End




第二部『堕ちたる創作論イディオット・フェアリーテイル』編、開幕――

Next Episode.Ⅰ…『[夢幻廻想廻廊スイートフル・ドリーマー]』


「ホフマン物語」部門セクター・ホフマンユニバース B クラスエージェント

 ”ザントマン” 登場

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