筆談と麻雀?

太田さんはどこに行ったんだ?

フロアにも居ないし、トイレにも居ない。とりあえず、酒井さんに伝えに行かないと。

『すみません。酒井さん、太田さんがフロアにもトイレにも居ないんですけど、どうすればいいですか?』

『ん?太田さん?あー。今日入浴日だから、もしかしたら浴室にいるんじゃないかな?』

なるほど。浴室にいたのか。デイサービスを利用する人は入浴もして行くからな。

『浴室見学してもいいけど、初日だからね、太田さんもびっくりすると思うから、浴室出るまで他の利用者さんとコミュニケーション取ろうか』

『わかりました。どなたが良いですか?』

『うーんそうだねー』

酒井さんがワーカー室からフロアを見渡して、利用者さんを確認してる。

『あっ。じゃあ、武田さんにしようか。あのテレビの前に座ってる、紺色の上着を着てる人』

僕もフロアの方に視線を送り、テレビ前の紺色の服を着てる人を探す。

『あの、紺色の服を着てる男性の方ですか?』

『そうそう。武田さんは人当たりも良い人なんだよ。ただ、耳が遠くてね。武田さん自身もコミュニケーション取るのが難しいんだけど、筆談なら円滑にできると思うから』

『筆談ですか?やったことないんですけど僕でも大丈夫でしょうか?』

『大丈夫だよ。誰もがみんな初めてなんだからさ。それに実習なんだからやったことないことも、どんどんチャレンジしてかないとね』

確かにそうだ。初めての実習なんだからやったことがないのは当たり前だ。それに、チャレンジすることも実習だしね。

『わかりました。上手くできるかは分かりませんが、チャレンジしてみます』

『そうそう。その意気だよ。失敗しても僕たちがフォローするから大丈夫だから。じゃあこれ、ミニホワイトボードとペンね。これに書いて本人に見せればいいからね』

ホワイトボードとペンを受け取り、お礼を言ってから、僕は武田さんの元へ向かう。

『さて、初めはなんて書こうかな。とりあえず、挨拶からだよねやっばり』

ホワイトボードに書いてみよう。

(武田さんおはようございます。本日から実習に来ました高尾といいます。よろしければお話ししませんか?)

初めはこんな感じでいいかな?

早速、コミュニケーション取るぞ。

『おはようございます』

聞こえてるか分からないけどちゃんと声に出して挨拶しないとね。そして、ボードを見せて笑顔を向ける。

『おはよう。随分若いね。高校生かな?』

武田さんは僕の方を見て問いかけてきた。

僕はすかさずボードに新しく文字を書く。

(津久理高校から介護の実習で来ました。良かったら僕とお話しませんか?)

ボードに書いて、武田さんに見せる。

『ほう。津久理高校の学生さんか』

ゆっくりとした口調だけど、しっかりと聞こえる。

『わしも津久理高校を卒業してるんだ。若い子と話せるのもいい機会だから、こっちに座って話をしよう』

武田さんの正面の椅子に僕は腰をかける。

ボードでのコミュニケーションにもだいぶ慣れてきた。

ボードを使って武田さんの学生時代の話や昔話を聞くことが出来た。自分の知らない事や経験したこと無いことが聞けて、とても勉強になった。

しばらく、武田さんと話をしてたら、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『涼ー。ちょっといいか?』

後ろを向き声をかけてきた人物を確かめる。

やっぱり、カントだった。

『どうしたのカント?今実習中なんだから遊んでられないよ?』

『お前に言われるとなんか癪だな』

失礼だな。癪とはなんだ癪とは。

『ちょっと向こうで俺の担当してる利用者さんの松尾さんがな、友達を連れてきてくれって言うから声かけたんだよ』

なんだそういうことか。カントの担当利用者さんはなんで僕に会いたいんだろ。

『そういうことなら、わかった。行こうか。』

その前に武田さんにも話しておかないとな。

(すみません。少し席を外します。また戻って来ますので、また、お話しましょう)

ボードに書いて、武田さんに見せる。

『そうか。また、来て話しようね』

武田さんは笑顔で手を振ってくれた。

僕は、武田さんに軽くお辞儀をしてから席を立つ。


カントと一緒に、カントが担当している利用者さんの所へ向かう。

『それで?なんで僕に会いたいんだろうね』

僕はカントに疑問だったことを聞く。

『いや、それがな、友達を一人連れてきてくれとしか言われてないんだよ』

カントにも分からないのか。

そんなことを話してたらカントの担当する利用者さんの松尾さんのところに着いた。

『松尾さん。同じ学校の実習生の友人を連れてきましたよ』

カントが松尾さんに声をかけた。それにしても普段のカントとは思えない口調だな。

『高尾といいます。よろしくお願いします』

僕も松尾さんに挨拶をする。

『おーやっーときたな。ちょいと君たちに聞きたいだが、いいかな?』

声大きいな。でもなんだか、地元のおっちゃんみたいで話しやすいな。

『良いですよ。なんですか?』

カントが松尾さんに聞く。

『君たち麻雀は出来るかい?』

麻雀?確かに俺たちは学校で麻雀をやっていたから出来るけど。

『えっと。はい俺たちも学校で麻雀して遊んでいたので出来ますけど』

『おーそうか。君たちは麻雀が出来るのか』

松尾さんは楽しそうだな。

『おーい。小林さん。この子達麻雀出来るらしいから一緒にやらんか?』

松尾さんが近くにいた別の利用者さんに声をかけている。小林さんと言ってたな。

『なに?この子達もできるんか?よし。早速始めよう』


いつの間にか、僕たちは麻雀をやることは決定したみたいだ。

『ところでこれは何を賭けるんですか?』

カントがそんなことを言った。

『賭けるって。賭博はだめだぞ?君たちはまだ未成年なんだから』

『そうだそうだ。学生さんに賭け事なんかさせられないよ』

松尾さんと小林さんが少し慌てながら注意してきた。

僕からしたら普通なことなんだけどな。でもお金は賭けない。良くてジュースとか学食のコロッケとか、一発芸とかなんだよな。

『いえいえ。お金は賭けませんよ。そうですね。僕たちが負けたら面白いことしますよ。それで、松尾さんと小林さんが負けたら昔の恥ずかしい話を聞かせて下さい。どうですか?』

『まぁそれくらいならいいか』

松尾さんは納得してくれた。横を見ると小林さんも頷いていた。


『涼。こうなったら大人しく麻雀をやるぞ。面白いことをしたくなかったから勝つしかないからな』

こいつ。考えなしで賭け麻雀しやがった。

『わかったよ。勝つしかないってことだね』


いざ、尋常に勝負!!

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