第26話 生まれたからには


「その昔……平安の時代の話だ。

伊勢国に大嶽丸という鬼神が現れた。

大嶽丸は峠を往来する民を襲い、都への貢物を奪うなどといった悪事を働いていたんだ。

そこで討伐を命じられたのが坂上田村麻呂。

三万の討伐軍を率いて向かったが、返り討ちにされてしまう。

大嶽丸は強力な神通力を持っているからな。

山を黒雲に覆い隠し、暴風雨や雷電、火の雨などで数年にわたり進軍を阻むほどの力を持っていた。

日本が総出で掛かっても敵わないとされるほどの強さだった。」



俺は生唾を飲み込んだ。

情景を想像するだけで恐ろしい。




「奴はその力の源である三明の剣を所持していた。

まさに最強の鬼神。

三明の剣に守護されているうちは、誰も奴を倒すことは叶わない。」



「じゃっ、じゃあ一体どうやって俺の先祖は……」



「そこで鈴鹿御前の登場だ。

大嶽丸は鈴鹿御前に惚れていたのだ。」



「えっ」



「だがその鈴鹿御前は、当時大嶽丸討伐の旅をしていた坂上田村麻呂と恋に落ちていた。

鈴鹿御前は田村麻呂に助力するため、何度も童子に変化してはしつこく尋ねてくる大嶽丸にこう言った。

自分は田村麻呂に狙われているから武器が必要だと。

そうして鈴鹿御前は大嶽丸を騙して三明の剣のうち、大通連と小通連を奪うことに成功したのだ。」



「それで……田村麻呂と鈴鹿御前は大嶽丸を倒すことができたってこと?」



「いかにも。

だがもう一つの剣である顕明連はその後、大嶽丸の側近の男の手に渡っていた。

おそらくそいつが密かに大嶽丸をよみがえらせる算段を立てており、今まさに叶ったところなのだろう。

着々と勢力を上げていると噂を聞く。」



俺は無意識に鳥肌が立っていた。

事実を知った今、これは想像以上のヤバさなのではないかとようやく気がついた。


大嶽丸は今、長年の憎悪を爆発させたいに違いない。


なぜなら自分が惚れていた女に裏切られた上にライバルに盗られたようなもんなのだから。

想像を絶するであろう鬼神のその憎悪は計り知れない。


そしておそらく、まず狙うは俺だろう。

坂上田村麻呂も鈴鹿御前ももうとっくにいないからだ。



「お前の最初の質問に戻るが昴、

大通連も三種の神器も具体的な在処は知らんが、この京都内にあることは確かだ。

それはおそらく、歴史上の偉人たちが当時巧妙に隠した可能性が高い。」



「ってことは…俺みたいな誰かの末裔を探すべきってことか…?」



マジか…。

そんなのどうやれば……


だって現代では絶対に苗字なんか違くなってるはずだし。


あ〜っ!もう〜っ!!




「………あれ……?」



考え込んでいた俺は、なぜかこのときふと思い出した。


非常にアホだと自分でも思うが、

そもそも俺が神の仕事を始めた理由についてだ。


なんでだっけ……?

なんで俺ってそもそも、こんなことしてんだっけ……



「あぁっっ!!天照大神!!アマテラス様は?!」



神の中の神。

八百万やおよろずの神の最高位。

神の頂点である日本最大始祖の女神。



その人に会うために頑張ってきてたんだわ俺!!


多忙すぎて本来の目的すっかり忘れ、ただ仕事で疲れ果ててた俺ってアホすぎるじゃんか!!



「どこにいるんだよその神!こんな時なんだからどうにかしてもらえば一発解決なんじゃね?!」


希望に満ちた表情でそう言うと、タカ龍は難しい顔をした。


「天照大神様は、ここ数十年ずーっと天界の岩戸に隠れている。」


「は、はぁ?!なんで?!」


あっ……思い出した……

確か……いっちばん最初の頃……

彦とデンが言っていたな。

天照大神は引きこもってるって。



「さぁな。まぁいろいろあったんだろう。」


「なんだよそれ!テキトーだな全く!」


「ただ……天照大神様はある物を求めている。

それがない限りは、岩戸から出ないらしい。」


「ある物……?」


「三種の神器だ。」



俺は目を見開いた。


三種の神器……?!


それってよく聞く御伽噺の世界の話じゃないか。

実在したのか?!



「三種の神器とは……草薙剣くさなぎのつるぎ八尺瓊勾玉やさかにのまがたま八咫鏡やたのかがみ

この3つの秘宝である。」



「な……なにそれ……どこにあんの?」



「……さぁな。」



はぁ〜……とため息をつく。


俺が神仕事始めた頃、あんなに天照大神に会う会うって息巻いてたのに、結局どんなに仕事頑張ってたところで会えなかったってことじゃん。

今まで何やってたんだよ、俺。



「じゃ、もういいや。天照大神さんに頼るのは諦める。

とりあえず今は、大嶽丸をやっつけに行く仲間集めをしないと。

タカ龍、お前はもちろん協力してくれるよな?」



「…………あー…ふむ。」



「なっんだよその煮え切らない返事は!

お前はめっちゃ凄い龍なんだろ?!

強くて綺麗だし賢くて物知りだし!

俺にはお前の存在が必要なんだ!!!」



鱗をビビっと立たせ、カッと顔を赤くしたタカ龍は、いつもの如く、照れ照れとしだす。


前述したように、この龍は褒められることに非常に弱い。



「おっ、お前がそこまで言うならっ……

う、うむっ!やってやらんこともないぞ!最強の鬼退治をな!このっ!日本一の龍神がなっ!ふんすっ!」



俺はニヤリと笑った。



「だ、だが……」



タカはいきなり真顔になり、心配そうに俺を見つめてきた。




「本当に覚悟はできているのか昴。

お前はまだ、奴に正体を知られていないかもしれんのに」



俺は視線を逸らし、空を見上げた。

幼い頃から、一人ぼっちで何度も見てきた空だ。



気がつけばもう夕方で、

ちらほらと星が出始めていた。



" 下ばかり向いてちゃダメよ昴。

どんな時でも、上を向くの。

そうすればきっと気づく。あなたは1人じゃないんだと。"


母さんは生きていた頃、友達のできない俺によくそう言っていた。



" すばる。お前の名前は、お前が生まれた時に見た綺麗な星空から取ったんだ。

何百もの星が集まって1つの昴になるように、昴の未来にもきっと、何百もの仲間が力を貸してくれるようにと。"



父と見上げた満天の星空とその言葉は、今でも忘れられない。





「……俺さぁ、そいつに、大事だった両親殺されてんだぜ。

これだけでも鬼退治の充分な動機だろ。」



それに………もう1つある。



人生には意味なんてないってずっと思ってた。


どうして人と同じように生きられないのかも

きっとそんなのに意味なんてなくて、全部たまたまなんだと。


俺が生まれ、生きているのもたまたま。


親が死んだのもたまたま。


たまたまこういう奴らが視えて話せて、

たまたま神仕事なんかをするようになって、

そして今、たまたまこんな状況になって……


そこに意味なんかなんにもないって。


生きることも死ぬことも全部たまたまで、無意味なものなんだと。



けど、違った。


それは全部、たまたまじゃない。

偶然じゃなくて、全てが必然なんだと気付いちまったんだ。


俺が生まれた時からこれは決まっていたんだと。




「俺しかできないって気付いちまったんだよ」




自分で自分に1番驚いてるよ。



まさかこの俺が………



「生まれたからには、最高の人生にするために世の中を救いたいんだ。」



こんなふうに思う日がくるなんて。

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