第18話 ウタの話



当時まだ幼かったウタはヤンチャで、塩爺は手を焼いていた。

なぜならすぐに人間に紛れて遊びに行ってしまうからだ。

ウタは破天荒な性格な上に好奇心旺盛で人間が好き。

塩爺はそんなまだ知識の浅いウタに、常日頃から言って聞かせていたことがあった。


「おぬしが愛しておる人間という生き物は、この世で1番欲が深く、残酷で身勝手な生き物じゃ。

自分を守るためなら平気で裏切るし、私利私欲で生きておるから息をするように嘘もつく。

しかしそれは、人間の寿命がとても短いせいなんじゃ。

だから人間は皆、神に祈りながら自分のために必死になって生き急いでおる。

大変傷つきやすく、脆くて容易く壊れる、儚く健気な生き物なんじゃよ。

それを承知の上で付き合わんと、おぬしは深く傷つき悲しむ日が必ず来るだろう。」



ウタはある日、いつも通り人間の子供に化けて人間たちと遊んでいた。

その日は隠れんぼをすることになったのだが、子供たちが選んだ場所は、ウタがいつも避けている林だった。

一見すると何の変哲もない林なのだが、実はそこは人間嫌いの妖怪たちが支配している縄張りだった。


「ねぇ……別の場所で遊ばない?」


「えー?なんでー?ウタちゃん怖いの〜?」

「隠れるところいっぱいあるしここがいいよ!」


皆を止められず、まぁ少しくらい大丈夫かと思いそこで隠れんぼをすることになった。


しかしその最中、案の定、子供たちは妖怪たちのイタズラにあって怪我をしてしまい、その上、一人は崖から落ちて重症。


全部自分のせいだ。

知っていたのにちゃんと皆を止められなかった。

私が人間を守らなきゃいけないのに。

自分の力で妖怪たちをどうにかできていれば…



親たちも交えて大変な騒ぎになった。


「どうしてあんな林の方になんか行ったの!」


親にそう言われた子供たちは、パニックになり泣きながら、


「だってウタちゃんが行こうって…」

「ウタちゃんだけ怪我してない!だから自分だけ慣れてる場所で隠れんぼしたいって」


「うちの子は悪くないわ…」

「悪ふざけに誘う友達がいるせいよ」


切羽詰まると誰もが皆、自分を守るための嘘、責任転嫁をしだした。


そしてその日を境に、誰もウタと遊んでくれなくなった。

全員に避けられ、仲間はずれにされてひとりぼっちになった。


しかし、ウタの中に怒りは湧いてこなかった。

ただただ可哀想だと……それしか思わなかった。

人間とはなんと弱くて脆くて必死な生き物なのだろう…と。

塩爺の言っていた言葉を一気に思い出した。



「どうしてあんなことをしたのよ!」


ウタは例の林に行って妖怪たちに言った。


「ふははははっ!人間が憎いから。それ以外にないだろう!殺さなかっただけ良いと思え。」


「あの人間たちはアンタたちに何もしてない!」


「存在している。それだけで害なのだ。

貴様も人間らに酷い目にあわされただろう」


「……でも…それでもアタイは…人間と仲良くしたい…」


「はっはっは!バカを言うな!これ以上我らに歯向かうと、貴様も子らも、もっと酷い目に合うぞ」


「〜〜っ!いつかっ!いつかアンタたちなんか成敗してやる!」


「っ!なんだと小娘!」


ウタが泣きながら追いかけられているときにぶつかったのが、昴の両親だった。


「まぁどうしたの?!大丈夫?!」

「何かから逃げてるのか?!」


ウタはこの2人に害が及ぶことを恐れ、2人を押し飛ばそうとしたのだが、ギュッと強く抱きしめられた。

その時既に妖怪たちが迫っていた。

ウタだけに見える。

もう終わりだ!なんとかこの人たちだけでも!

そう思って姿を変えようとした瞬間、なぜだか妖怪たちは夫婦を避けるようにして散っていった。


「あ…れ……?」


突然大人しくなるウタに、2人は少しホッとし、公園のベンチに移動した。

ジュースをくれてお喋りをしてくれる2人に、ウタはいつのまにか楽しくなっていた。


やっぱり人間って好きだ。

でも……いつかは……


「オジサンもオバサンも、嘘ついたり裏切ったり…する?」


2人は驚いたように顔を見合せた。


「そうだなぁ…正直、嘘をついたことは何度もあるよ。きっと裏切ったこともあるかもしれないな。」

「えぇ…そうね。自分じゃ自覚無く誰かを傷つけてしまっていたり…。でも人ってそうやって成長していくから、必要な過程でもあるのよね」


優しくそう言ってくれたが、ウタは目の前で遊んでいる子供たちを見ながら眉をひそめた。


「みんな、アタイと遊んでくれなくなっちゃったのも、必要なこと?」


「「・・・」」


2人は困ったような顔で沈黙した。

今思えば、旅行中だったはずなのに長時間自分に付き合ってくれた2人は、本当に優しい人たちだったのだろう。


「そうだ!今度うちの子たちを連れてくるから一緒に遊んでくれる?」

「息子と娘がいてね。ちょうどウタちゃんと同じくらいの歳の子もいるよ!」


ウタはパァっと笑顔になった。


「わぁ本当?!約束ね!絶対だよ!たのしみ〜!」


そのあともまだまだお喋りをし、久しぶりにはしゃぎ疲れたウタはいつのまにか眠ってしまった。


「どうしましょう……この子の親御さんはどこかしら…やっぱり交番に届けるべきだったわ」

「つい可愛くて一緒になって遊んでしまったが、これってよく考えたら犯罪なんじゃ…」


「娘が大変お世話になりました」


「「!!!」」


2人の前に、自然な人間の父親の姿になった塩爺が迎えに来た。

突然物音も立てずに現れたその人に、2人は警戒した。


「だから儂のっ、いや私の娘だと言っておろうが!」

「証拠がないと渡せませんよ!」

「少しくらい似とるじゃろう!ほらこの可愛いほっぺたとか」

「えっ、どっ、どこがです?!警察呼びますよ?!」


こんな押し問答を繰り返して20分以上たってしまい、痺れを切らした塩爺は、「起きろ」と言ってウタの額にトンと人差し指を当てた。


「っわ!あれっ?あ!塩爺!」

「パパじゃろうて」


安心して抱きつくウタの様子を見て、2人はようやく安心した。



「絶対にまた遊ぼうね〜!約束ね〜!

アタイたち、塩釜神社にいつでもいるから!」


「えっ、塩爺神社?」

「そんな奇遇な……」


2人は驚いたように小さく呟いた。


「でも、明日でいいわね今日は楽しかった思い出だけ胸に」

「あぁ、そうだな。これは明日にしよう」



塩爺と手をつなぎながら去っていくウタは最後、振り返ってそう言った。


「あら……うふふ」

「おぉ…っ」


そんなウタに狸の尻尾が出ていることには、2人しか気が付かなかった。




後日、2人はなんともう塩釜神社に来た。

何をしていったかというと、とある刀を奉納しに来たのだ。


「これを……隠していてくれませんか。」


塩爺を住職と思い込んでいる昴の父はその刀を渡した。


塩爺はそれを見て驚愕した。


まさか本当に存在したとは・・・


なぜ隠したいのかを問うと、


「これは古くからうちの家系で代々受け継がれてきた大切なものです。

言い伝えによると、これを使役できるものが生まれた時はこれが必要に迫られる時、そしてその時にまた力を得るとかなんとか……。

しかし、我々凡人にはただ奇妙なだけで使い方も分からず、子供も3人いるので怪我をしてしまわないか気が気じゃないのです。

それに…我が家は平和に暮らしたいので、そのような気味の悪いものはさすがにもう手放したくて……

供養してください。よろしくお願いします。」


「わかった…。が……なぜここに……」


「昔、曽祖父が生きていた頃に言っていたんです。

ここには素敵な神様がいたって」


塩爺は思い出した。

かつての親友だった人間を。



その後、2人はまたウタと遊び、帰り際、まだ遊びたいとダダを捏ねるウタに、2人はあるものを渡した。

それは、刀にいつも着いていた小さな古い鈴だった。



" 友達に嘘をつかれたり、裏切られたりしても、人と関わることを恐れないで。

あなたのことを心から大切にしてくれる人がこの先たくさん現れる。楽しいことがたくさん待ってるから。

はい、これ御守りよ。

ウタちゃんがたくさんハッピーになれる御守り。"



2人のおかげでウタは、人間を嫌いにならずに済んだ。


ウタはあれからこの鈴を胸に、ずっと待っていた。

2人が子供たちを連れてまた来てくれるのを。


けれど……


1年経っても5年経っても10年以上経っても、

結局一度も来てくれなかった。



やっぱり人間は嘘つき?裏切り者?



そうじゃなかった。



2人はその帰り道に、事故にあって死んでいたのだ。

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