第24話 新しい仲間

「口ほどにもありませんでしたね」


 生徒会室から一部始終を見ていた麗奈に、副会長が声をかける。


「……何も言わないで」


「始末されているはずの阿仁盟子はピンピンしていて、しかも空野達と一緒に戦ってましたし」

「……何も言わないで」


「やることなすこと裏目に出てますね」

「……何も言わないで」


「次の刺客もどうせ役に立たないんでしょうね」

「……何も言わないで」


「根本的に作戦を変更した方が──」

「何も言うなって言ってるでしょ!」


 あまりのしつこさに、ついにぶち切れた麗奈の両手が副会長の首に伸びる。


「ぐぇえぇぇ」


 首を絞められ、踏みつけられた牛蛙のような悲鳴を上げる副会長。しかし、喉を押さえられているため、ヘルプの声は上げられない。

 そしてそんな副会長が、はっと我に帰った麗奈により解放されたのは、彼女が気を失ってからだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「助かったよ、盟子」

「別にあなたを助けようと思ったわけじゃないわ。波佐見には『同好会、同好会』ってバカにされてきたから、ちょっとあたしの力を見せてやりたかっただけよ」


 盟子は照れ隠しにプイと横を向く。


「けど、また俺達と戦うってことはないんだろ? あんたも俺達と同じように刺客を送られてるくらいなんだから」

「……そうね」


 自分の置かれている状況を改めて認識し、照れた顔もどこへやら、盟子の表情が途端に暗くなった。


「……だけど、何故あんた程の人が生徒会なんかに組みしてたんだ?」

「仕方なかったのよ、アニメ同好会を守るためには……」


「どういうことだよ」

「友達と始めたアニメ同好会も、一人減り、二人減り、今じゃ残っているのはあたしだけ。このままじゃ消滅するのは時間の問題。これをなんとかするには、同好会を部に格上げするしかないと思ったのよ。部になれば、同好会と違って部費も貰えるようになるし、箔も付くし……。だから、何か成果を上げれば部にしてもらえるという条件で、生徒会の傘下に入ったの」


「そんなの~健全なクラブじゃないですよ~。そんなことして部活動続けてもきっと~おもしろくないと思います~」

「そんなこと……、そんなこと、あたしだってわかってるわよ!」


 鋭い口調に、とろりんがシュンとなるのを見て、盟子は表情を和らげる。


「……ごめん。あなたに当たってもしょうがないのにね。はぁー、けど、これで何もかもおしまいね。生徒会長には見限られちゃったようだし」


 盟子はふっ切れたような顔で肩をすくめてみせた。


「生徒会長?」


「ええ。今回の生徒会の暴挙の首謀者は生徒会長なのよ。今の生徒会は、完全に生徒会長の意のままにされているわ」

「嘘だろ? あの麗奈がか?」


 彼方には盟子の言葉がにわかには信じられなかった。今回の生徒会の横暴を聞いた時に、生徒会長の麗奈がいる限りそんなことはありえない、麗奈がいるならそんな暴走は食い止めてくれるはずだ、と思ったのに、よもやその麗奈自身が黒幕であるなどとは、予想さえしなかった。


「本当よ。天文部潰しだって、直接生徒会長に言われたことなんだから」

「まさか、あの麗奈が……」


「あたしも信じられなかったけど、いきなり生徒会を掌握して独裁を始めたのよ。つい一週間ほど前に突然ね」

「俺が留守にしてすぐくらいってことか……。そんな……信じられん」


 彼方は額に手を当て、混乱を抱えることで重くなった頭を支えるようなポーズをとる。


「さっきから聞いてれば、麗奈麗奈って、やけに親しそうね」

「いや……、特に親しいというわけじゃない。ただ、小学校の時から同じ学校なんだよ。同じクラスになったのは小学校の時の一度だけだが」


 顔をしかめ続けていた彼方。だが、いつまでもウダウダ悩んでいるたまじゃない。ふとした思いつきだけでハワイに行ってしまうくらいの行動力が彼方にはある。

 天啓を得たかのように、彼方の表情が真っ直ぐなものに変わった。


「俺は直接麗奈と話し合わないと納得できない。俺は生徒会室に行く! 麗奈のことだから何か考えがあるのかもしれないしな」

「でも、生徒会長に近づくのは用意じゃないわよ。向こうにはあたし達みたいなクラブマスターがほかにもいるし、何よりも権力を持っているもの。今の生徒会は学校をも支配しつつあるわ」

「そんなことが可能なんですか? 所詮は生徒会なんですよ」


 非常識人の品緒とは思えないまともな発言。


「生徒会長の祖父はこの学園の理事長なのよ。先生達もはそう簡単には逆らえないわ」

「それでもやるさ。恐れているだけじゃ、何も変わらない」


 らしくない、力なく消えていきそうな盟子の声を遮ったのは、迷いを断罪するような彼方の静かだが迫力のある声。


「失って嘆いているだけじゃ、なくなったものは返って来ない。だったら、思い切りあがくしかないだろ。その結果、自分が不利益を被ることになったとしても、自分が精一杯やったのなら後悔はしないはずだ。たとえ、それでも後悔をすることになったとしても、それは何もしなかったためにする後悔よりも絶対に小さい。それだけは言える」

「……言うじゃない」

「だてに天文部部長はやってないさ」


 相変わらず根拠のない発言。それでも、盟子はその言葉を心強く思う。


「彼方君、僕もお手伝いしますよ」

「部長~、私も一緒に行きます~」

「とろりんはともかく、品緒、お前はいい。余計話がこじれそうだ。頼むからどっか行ってくれ。転校してくれても構わんぞ」

「僕が構いますって!」


 冗談だか本気だかイマイチ掴めないやりとり。だが、三人の顔には笑みがこぼれる。

 とろりんも品緒も、彼方の決意になんの躊躇いもなく賛同してくれる。自分達に大きなメリットがあるわけでもないのに。彼方が、品緒のことを時にわずらわしく思いつつも、いまだ腐れ縁を続けているのは、品緒のそういう優しさを知っているからかもしれない。


「盟子、あんたはどうする? 協力してくれるか?」

「調子に乗らないでよね。あたしはあなた達の味方になったわけじゃないのよ」


 彼方や品緒の関係を羨ましく思う盟子。一人でアニメ同好会を続けてきた盟子は、そういうのに抵抗感を持っている。それは、嫌悪しているわけではなく、単に慣れていないというだけのことだが。


「盟子さ~ん」


 とろりんが寂しそうな顔を盟子に向ける。初めて会った時からとろりんは盟子に対して好感を持っていた。いつも実年齢より低く見られがちのとろりんは、背が高くプロポーション抜群の盟子に憧れのような感情を持ち合わせているのだ。

 偏見の目で見られることの多い盟子は、他人に対して意地を張り気丈に振る舞うことが多々ある。それだけに、とろりんのような素直の感情を向けられると、対処方法に非常に困る。意地を張っている自分が滑稽に思えるてくるから。


「……でも、生徒会長をなんとかするしかアニメ同好会を続けていく方法はないんだし、あたしもとりあえずはあなた達と一緒に行動してあげるわ」

「盟子さ~ん!」


 今度のとろりんの顔は笑顔で輝いていた。

 その眩しい表情に、盟子は少しはにかみ、その手をとろりんの頭に伸ばして彼女の頭を優しく撫でてやる。高校生が高校生にする行為ではないが、とろりんは嬉しそうなとろんとした瞳で盟子を見つめている。


「それじゃあ、戦力も充実したところで、生徒会室目指して出発するか」

「待ってください!」


 士気を上げて行動を開始しようとした彼方を止めたのは、それまでずっと地面に四つん這いになってうなだれていた波佐見だった。もはや存在され忘れかけていた皆が、波佐見に注目する。


「この期に及んでまだやる気?」

「いや。あの勝負は私の完敗だ」


 首を振りながら立ち上がる波佐見の顔は、今までにないほど晴れ晴れとしていた。


「これ以上恥の上塗りをするつもりはない。……ただ、私もあなた方と共に行動させてはもらえないだろうか?」

「作戦に失敗し、自分も用なしにされそうだから、生徒会に対抗しようとしているあたし達の仲間になりたいっていうの? 随分と虫のいい話ね」


 同好会と馬鹿にされてきたことをまだ根に持っているのか、盟子の言葉は痛烈だった。


「そう言いたくなる気持ちはわかる。私自身、そういう考えが全くないとは言わん。だが、それがすべてではない! いや、むしろそれより、もっと大きな心の要請があるんだ!」

「それは?」

「自分の限界への挑戦だ。私は彼方殿に言われて初めて気がついた。今まで自分が、将棋の常識という小さくて狭い殻の中で満足している矮小な人間だったことに。私はその殻を破りたい! だが、今の私では自力でその方法が見つけられそうにない。だから、私の限界を気づかせてくれた彼方殿と共に行動し、そのきっかけを見つけたいのだ!」


 論理的で冷静が信条の波佐見(自分がそう思っているだけで、事実に則しているかどうかは不明)にしては珍しく、それは熱い魂のこもった言葉だった。


「どうするの?」


 盟子は胡散臭そうな顔で彼方に問いかけるが、彼方の顔は満足げな笑顔だった。


「俺には断る理由はない。仲間は多いにこしたことはないからな」

「ありがたい、彼方殿!」


 こうして盟子に続き、波佐見までもを味方にした彼方たち一行は、最終目的地である生徒会室目指して歩みを開始した。

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