第17話 腹原操猛攻
「……もちろん言っていられるよ。だって、僕の友達は大勢いるんだから」
「それはどういう──!?」
メイコはふいに背後から突き刺すような視線を感じ、振り向いた。
「な、何、こいつら?」
そこにいたのは、一人は白いタキシードに身を固めた、鳥の空揚げ屋のイメージキャラクターでもある、白髪白髭の小太りのおじいさん。一人は、赤と白の縞模様の服を着て、おなかの前の太鼓を叩いている、不気味ににやけたおじさん。一人(?)は体長五十センチ程もあるうえ、二足歩行をする緑のカエル。一人は、身長は一メートル近くあるのに、厚みが数センチしかない少年。「飛び出すな」とか書かれた文字が印象的である。
その他にも、多種多様な不気味な者(物?)達がそこには集っていた。
そしてそれらはすべて人間ではなかった。人形なのだ(中には「人形」でなく、「標識」というべきものもあるが)。
「こ、これは……」
『恐れ入ったか、これが腹話術部の力ダ』
腹話術人形のくせに操より表情の豊かなみーくんはしたり顔でメイコを見据えるが──
「全く強そうには見えないけど、そこはかとなく不気味ね」
『ホットケ!』
「まぁ、いいわ。いくら数を集めようとも所詮は人形。さっきのようにとっとと倒してあげようじゃないの」
「……やれるものなら、やってみてよ」
『まずはカーネルおじさん、行ケ!』
メイコは油断なく構えたまま、名前の挙がった空揚げ屋のマスコットに目をやる。
「……どうでもいいけど、こんな手と胴体、さらに両足が互いにくっついて身動きとれないような奴に何をさせる気?」
そんな人形が果たしてここまでどうやって歩いて来たのだろうか? そんな疑問さえ浮かぶような人形相手に、とりあえず警戒している自分が何だかバカらしく思えてくる。
だが、しかし──
『いけっ。サンダースきぃぃぃっくぅ!』
どうやってジャンプしたのか不明だが、みーくんの声に合わせ、カーネルおじさんがその態勢のままドロップキックで飛んできた。
「────!?」
バカにはしていたが、油断はしていなかったメイコは、なかなかの反射神経で、突拍子もない攻撃を辛くも回避する。しかし、一撃目をかわしたと思って安心していたところに、一度着地したカーネルおじさんが休む間もなく再びその場からドロップキックで飛んできた。
そしてそれをかわされても、また着地するやいやな折り返して飛んでくる。
カーネルおじさんが目の前を高速で横向きに飛んで行く姿は、傍目にはなかなか滑稽なものがある。だが、その出来事の渦中にいるメイコにはそんな悠長なことを考えている余裕などあるはずがなかった。見かけによらないカーネルおじさんの俊敏な連続飛び蹴りに、メイコは防戦一方。
「くうっ、サッカーアニメで、どう見ても反則技のスライディングタックルを受ける主人公の気持ちが痛い程にわかるわ」
それでも、そういうしょうもないことを言う余裕はあるようだった。
「でも、ちょっと相手が悪かったようね。誰に喧嘩売ったか教えてあげるわ!」
盟子はカーネルおじさんの動きを見切り、飛んで来るおじさんの真下にスライディングで潜り込む。
「あんたはね、タイガースファンに川に投げ込まれるのが定めなのよ」
そして、タイミングよくおじさんの背中を蹴り上げた。横向きのベクトルに上方向のベクトルが加わったカーネルおじさんは、着地する地点を遥かに飛び越え、商店街のそばを流れる川に向かって落ちていく。
「ふーん、なかなかやるもんだね」
仕向けた人形が呆気なくやられても、相変わらず操の口調はまるで他人事のよう。メイコはすぐに起き上がって態勢を整え、その操を睨み付ける。
『けどオレらの攻撃はまだ終わりじゃないゼ』
メイコの前に次なる刺客が進み出る。赤と白の縦縞の服を着て、体の前に太鼓を吊るしたチンドン屋風のにやけた黒縁メガネのおじさん。それは、次にタイガースが優勝したら、今度はカーネルおじさんに代わって、川に投げ込まれるのではないかとも言われている人物である。
「見かけはたいしたことなさそうでも、さっきのようなこともあるし、油断はできないわね。けど──」
険しく歪む眉間。数学の三次関数の授業の時だって、メイコのこんな苦悩の顔を見たことはない。
「最大の疑問点は、何故この人形がこの町にあるのかってことね。この町には、飲食店のくせに客が引きそうになる名前の店なんてないに……」
『うるさい女ダナ。この町の状況がどうあれ、今ここにそいつが存在している。それがすべてなんダヨ!』
ダンダダダダ
どこから来たのかわからないその人形。そいつが首を振りながら太鼓を叩き始めた。
無表情なマネキンも、飛ぶカーネルおじさんも、かなり不気味だったが、この人形の動きはそれ以上に不気味だった。普段と同じ動きで、腹話術部の奥義により何か特別なことをしているわけではないにもかかわらず。それは、まるで悪魔的な恐怖感を感じさせえする。
「
ふいにメイコの肩に激痛が走った。まるで見えない拳で誰かになぐられたような感じ。更にそれが、太ももに、腹に、と次々に襲ってくる。
「い、一体これはどういうこと――なーんて言うと思ったの! どう見ても、そこで太鼓叩いている人形が怪しいに決まってるじゃない! 訳のわからない衝撃もそっち方向から来てるんだし」
『ハッハッハ。なかなか頭がきれるじゃないカ』
「誰でも気づくわよ!」
『そうサ。奴はその太鼓の振動を利用して、空気を貯蓄、凝縮し、さらにその高密度の空気の塊を任意の方向に射出することができるのダ』
調子に乗ってアニメの敵キャラみたいに余計なことまで喋ってしまうみーくん。
「ちょっと、そんなこと教えちゃって大丈夫かい?」
操は自分の人形に自分でつっこむ。
『構わないサ。なにせ相手は空気だからナ。見えない攻撃をかわせるわけないッテ』
「確かに、空気を相手にしてたんじゃ、かわすのは無理そうね。でも、そんなまどろっこしいものを相手にする必要はないのよ」
身を固め、不可視の攻撃に耐え続けていたメイコの口元に笑みが浮かぶ。
『はぁ?』
「あっ! まずいよ、みーくん」
重要なことに気づいた操が何か手を打つよりも、メイコの方が早かった。
「所詮は人形ね。そんなことも理解できないなんて。ようは、それを作り出す元を叩けばいいってことよ!」
メイコが刃渡り一メートル近くもある、どう考えても投げるには不向きな剣を、投擲のようにして投げつけた。光の軌跡を残して一直線に飛んでいく剣。それが叩き続けられている太鼓に突き刺さる。破れて張りがなくなった太鼓はもう鳴りはしない。
それでも人形はそれと気づかず無意味にバチを振り下ろし続ける──が、見えない攻撃はもはや発生していない。
「まぁ、ざっとこんなものね」
メイコの前にいまだ残っている、剣が通った後の光の軌跡。メイコはその光を掴み、引き寄せるように引っ張る。すると、紐がついているわけでもないのに、太鼓に突き刺さっていた剣がメイコの元に飛んで戻ってきた。
『なかなかやるじゃないカ』
「……確かに。天文部ごときに負けたとは思えないね」
お調子者のみーくんも、他人に無関心の操も、メイコがただのオタクでないことを実感した。
「負けたわけじゃないって言ってるでしょ! 急用ができたから引き分けにしてあげただけよ!」
「……そんなことはどうだっていいさ」
「……そうね。とりあえずはあなたを倒してから、後のことを考えることにするわ」
珍しく意見が合う操とメイコ。これを、本当に合っていると言うかは謎だが。
メイコは再び剣を青眼に構え直した。だが、大技を連発した影響でか、本人は平静を装うとはしているが、抑えきれずに肩が小さく上下に動き、息が上がってきているのが傍目にもわかる。
『このオレらを倒すダッテ? まだそんなことを言ってやがるゼ』
「当たり前じゃない。今のあたしの戦いぶりを見てなかったのかしら」
疲れを悟らせないように、努めて余裕があるように見せる。先程までの乱れていた呼吸を根性でなんとかし、あくまで普通に、かつ高慢に言ってみせるあたりはさすがメイコ。
「……状況が見えていないのはそっちの方だよ。周りをよく見てみなよ」
その言葉が終わると同時に、操の後ろから大量の人影が前に進み出た。操を守るように立ちふさがるそれらは、もちろん人形達。その数はさっきまでの比ではない。メイコが今まで倒した数の数十倍はいる。
そして更に、メイコの後ろにも同じように人形の山が現れた。しかも、それらはまだ増え続けている。
「……商店街なんかで戦ったのが運の尽きだったね。彼らをみんな倒して、僕らと戦えるほどの体力があるかな?」
『これが田んぼの真ん中とか山の中とかだったら、展開は違ってただろうにナ』
二人の声は聞こえてくるが、その姿は人形達の壁に隠れて全く見えない。
人形一体一体の力はそれほどたいしたことはない。普通に戦えば、メイコの力ならば問題はあるまい。しかし、これだけの物量作戦でこれらると話は変わってくる。下手に手を出せないメイコは人形達にじりじりと追い詰められていく。
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