第13話 阿仁盟子戦決着?
「……このクラブ・パワー、並じゃないぞ。ただのアニメ同好会ではないと思っていたが、ここまでとは!?」
彼方の中での盟子の評価がまたアップした。しかし、今彼にできるのは、その盟子と品緒とのクラブの誇りを賭けた壮絶な戦いを見守ることのみ。なにしろ、片や敵、片や鬱陶しい奴という、どちらにも味方したくない状況なのだから。
「消し炭におなり! 鳳凰乱舞!!」
解放される盟子のクラブ・パワー!
そして、彼女の周りに生まれる数十にも及ぶ火の鳥!
それらが一斉に品緒に向かって飛び立った!!
しかし、その圧倒的な編隊飛行を前にしても品緒の表情は変わらない。
「甘いですよ。マジック部必殺、水芸!」
品緒の五指からいきなり放水が始まった。いや、指からだけでなく、頭と言わず足と言わずどこもかしこからも。
そして、それらの水が襲いかかってくる火の鳥のことごとくを消し去っていく。
「な、何ですって……」
「部長、水芸ってマジックなんですか?」
「さあ? しかし、水の通る管も水道もないところから常識を無視して放水するあたり、さすが品緒だ。訳がわからん」
彼方ととろりんはさっきから傍観者を決め込んでいる。
「まだまだこんなものじゃなですよ。マジック部必殺、火炎放射!」
前に突き出した品緒の右手から炎が伸び、盟子を焼かんとする。
「部長、火炎放射ってマジックなんですか?」
「さあ? しかし、火を出す装置もないのに常識を無視して火を放つうえ、自分自身は火傷一つしないあたり、さすが品緒だ。訳がわからん」
「セーラー火星のこのあたしが、火に攻められるなんて……」
常識を越えた品緒の攻撃に動揺する盟子。
その彼女の耳に、いきなり繰り広げられた大道芸に引き付けられて、少し離れた所から様子を見ていた関係のない生徒達の声が飛び込んできた。
「なんかこいつら凄いことやってるな。学園祭の練習か?」
「いくらうちの学校でもこんなことはせんだろ。第一まだ学園祭には早すぎる。テレビの撮影じゃないのか?」
「だけどさ、あの女の格好見てみろよ。あれって『セーラー月』のキャラクターじゃないのか?」
ピクッ。盟子の柳眉が少し動いた。
「ああいうのをコスプレって言うんだぜ。アニメオタクが喜んでやってるらしいぞ」
ピクピクッ。
「マジ? きっついなぁ、それ。あそこまで行ったら駄目だろ」
ピクピクピクッ。
「あいつ、きっと本物のオタクだぜ」
「……そうよ」
盟子が壊れた。
「どうせあたしはアニメおたくよ! ドラマよりバラエティーよりアニメが好きよ! 高校生にもなってアニメキャラに憧れて、アニメキャラに恋をしてるわよ! あなた達にしてみれば、幼稚で現実と非現実との区別もつかない人間なんでしょうね! そうやって、みんなあたし達を変な目で見るのよ! いつも、いつも! 同人誌描けば変な趣味と言われ、コスプレすれば変態扱い。そのくせ露出度の高いコスプレにはスケベ心で我先にと群がってくる! あんた達なんて、あんた達なんて……」
誰もそこまでは言ってないのに勝手に喚き散らした盟子は、両手で肩を抱えながら全身を小刻みに震わせる。
盟子について喋っていた生徒達は、目を点にしている。
「あんた達なんて、みんな燃えておしまい! ヘルファイヤー!!」
見境のなくなった盟子のクラブパワーが地獄の業火へと姿を変えて、周囲に吹き荒れた。それはまさに蔑みに対する行き場のない盟子の想いの現れ。偏見に対する反抗の象徴。渦巻く炎の熱さから、彼女の怒りの深さがうかがい知れる。
その炎は、対峙していた彼方や品緒や、盟子のことを悪く言った生徒達だけでなく、ただ傍観していただけのとろりんにまで見境なく襲いかかって行く。
品緒は水芸でそれを防げるし、彼方も惑星をうまく使えばなんとでもなる。しかし、何の技も持たないとろりんには、この荒れ狂う炎を防ぐ術(すべ)などありはしない。
「ひっ!」
さすがのとろりんも、生き物のように動きながら自分の方に迫ってくる炎を前にして、恐怖にひきつった顔を浮かべてその場に硬直する。──だが、とろりんに届く前に、その炎は横合いから現れたバリアによって侵攻を止められた。
「切れた女は始末に負えんな」
「部長~」
バリアに続いて、彼方もとろりんの盾となるように彼女の前に立つ。
とろりんを守ったバリアは、水金地火の惑星が密着して棒状に一列に並んだものが、端の水星を中心として円を描くように高速回転してシールドと化したものだった。
「天文部必殺、地球型惑星大車輪。狙いも定めない無差別攻撃相手なら、これで十分だ」
とろりんの安全は確保された。だが彼女と同じように何の能力もない一般の生徒は……口は災いの元ということで諦めてもらおう。
しばし後──
そして嵐は過ぎ去った。品緒はたいした被害もなくつっ立っている。とろりんも彼方のおかげで無傷。彼方も天文部の技を極めた男。服には所々焦げた跡があるものの負傷はしていない。盟子の悪口を言った生徒達は――こごではあえて触れまい。
そして当の阿仁盟子はというと、急激かつ大量のクラブパワーの消費して、今や肩で息をしている状態。
「凄まじいクラブパワーだな。だが、負の感情を拠り所としていては、いつか自分自身の身を滅ぼすことになるぞ」
「うるさいわね! あなたなんには私の気持ちはわかりはしないのよ!」
盟子はいまだ興奮気味だった。
「いや、そんなことはないぞ。天文にしろアニメにしろ、情熱を傾けているという点で俺達は同じだ。そして、命懸ける程に打ち込んでいる人間の姿が、普通の者には奇異として映り、偏見の目で見られるというのも同じだ」
「……空野彼方」
「お前の気持ち、俺にだってわかるぞ」
「…………」
彼方を見つめる盟子の表情が何とも言えない複雑なものに変わつた──と思ったら、次の瞬間には、はっとした表情に猫の目のようにめまぐるしく変化する。
「わ、忘れてた!」
「ん? 何だ急に?」
「な、なんでもないわよ! ……そうね、今回は引き分けってことにしておいてあげるわ。でも、次に会った時こそあなた達の最期と思いなさい!」
盟子はいきなり一人で戦いを完結させると、彼方達の返事も待たずに校門に向かって駆け出して行った──コスプレしたままの姿で。
「……なんだったんだ、あいつは?」
全く事情が飲み込めない彼方達は、そんな盟子の後ろ姿を訳もわからずただ唖然としながら見送るだけだった。
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