第28話 音羽リュウジと自室
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彼女は立ち上がり、僕のまえに移動した。床にひざまずいて横になった僕に顔を寄せる。
「そんな強がりを言えるということは、お医者さんの言ったとおりしっかり治っているみたいですね。体温も平熱まで下がったそうです。気分は悪くないですか?」
「どれくらい寝てた?」
「丸一日……でしょうか。お医者さんは明日から登校できるとおっしゃっていました」
「それは良かった。気分は悪くないよ」
「本当に良かったです。ずっと死んだように眠っていて……」
「寝ている時間が短かったからかな。サッカーやってたころは一日一〇時間くらい眠ってたからね。休むのも仕事だった」
サッカーしか人生経験がない男だ。
他に話すことがないのかこいつは。
「人間ってそんなに眠っていられるものなんですか?」
「身体が資本な仕事だったからメンテナンスしないとダメだよ。今はそうじゃないけれど」
ここ最近はシサの作品を履修するのに忙しかったから。
「今も大事ですよ! 心臓以外に持病があるわけではないんですね?」
シサは心底心配そうに僕を見ている。
「ないよ。えっとさ、ここにいるってことは俺の家族と話したんでしょ?」
うなずくシサ。
というか異性の同級生を気軽に家に上げすぎだろ。家族にシサのことなんて一言も語ったことがないのに。流石に一階にいると思われるがまだ僕の部屋に上がってこようとはしない。恐らくあのとき近衛さんもこの家にきてくれて、僕がショッピングモールで倒れた事情について説明したのだろう。非常に恐縮である。
僕は床に置かれた小さなクーラーボックスに気がついた。
「それは?」
「それはその、素敵なものですよ」
首を傾げる。
「アレルギーはないと教えていただきましたが、気に入ってもらえるか……」
なかからでてきたのは切りわけられた手作りのアップルパイ、そしてアイスクリームのカップだ。北欧っぽいネーミングだがその実アメリカの有名ブランドの。
シサは持ちこんできた小ぶりの皿にパイを乗せ、スプーンでアイスクリームをたっぷりとそえる。うーん、美味しくないはずがない。病後に食べていいものなのかはわからないが知ったことじゃない。
僕はベッドに腰かけ、その皿を受けとった。
「召し上がっていただけませんか?」
「君が一緒に食べてくれるなら」
「よろこんで……」
彼女は喜びから眼を細め、僕のすぐ隣に座り、同じデザインの皿にパイとアイスをのせた。
僕のすぐ隣に。
「家に他に誰かいないの?」
「お母様ですね? 今は外に買い物に行ってらっしゃいますよ。それがなにか?」
「不用心だな……」
自分にいいきかせる。彼女がそこにいるのは単に他に座る場所がないからだ。ベッドに並んで座るくらいのことで勘違いするなよ→自分。そういうことを意識するな。
食べてみた。文句なんてつけられない。甘さが控えめのパイにアイスクリームの濃厚な味があっている。生地は硬めでつくられてからそれほど時間は経っていないだろう。
「これは
「アマゴイ? それってどこの方言ですか?」
「気にしないで、ただのキャラ付けだから。すっごく美味しいよ。それより気になったんだけど……」
ベッドテーブルにおいてあるスマホのモニターを見た。時刻は午後二時をすぎたところだ。
「今授業中だよね?」
「ええ。早起きしてつくりました。大変だったんですよ?」
「それはありがとうなんだけど……。学校は?」
「リュウジ君を看病するために休みました。部活には参加しますよ」
「普通逆……」
どうしてこんなに僕を慕ってくれるのだろう。
同級生の看病で休む高校生ーーもちろん担任の教師には別な理由で休むと報告しているのだろうが。
食べ終えるとシサは皿を洗うために一階へ移動した。人の家で好き勝手にしてくれるな……。そういえば部活の休憩中僕を含め部員たちと写真を撮っていたっけ。あれを見せれば家族からも信用される……。
というかシサは国民的な人気子役だったのだからそんな小細工なしに信頼される存在だったのか。顔だけで信頼するなよ→母親。
戻ってきたシサはおかゆでもつくりましょうか? とたずねてきた。もうお腹はふくれたよと僕は答える。
僕はまたベッドで横になり、シサはクッションに座り部屋を見渡す。
「部屋にあるものには手をつけていませんよ。……自分の記事が載った雑誌を集めてらっしゃるんですね」
「見ていいよ」
スポーツ専門誌の表紙を飾ったものもある。
世界大会で優勝したときに発行された臨時増刊号だ。GKの頭上をぶち抜くロングシュートを決めた直後の僕、破顔して走り始めたあの瞬間の僕の姿を写している。当時は前髪を左右にわけてオシャレしていたっけ。あの青いユニフォームを着て戦った最後のゲーム。代表監督が僕にあたえた背番号は15だった。あれは僕の番号だ。
「私のコレクションにないものはなかったので」
「
「今さらではないですか?」
彼女は至れり尽くせりだった。数分後には水筒にいれてもってきた紅茶を勧めてくれた。また起き上がりそれを飲む。熱い液体を少しずつ喉に流しこんだ。
そうしながら僕は不謹慎にも少女の身体に触れた記憶を思い出していた。初めてキスをしたときにくちびるが震えていたことを、右手に彼女の下着の感触が残っていたことを。さらにその奥も。
飲食になにか入れられているのかもしれない。
「看病してくれて助かるよ。二日も学校を休んで……どう恩返しすればいいか」
「そんなこと気にしなくてけっこうです。私が勝手にやったことですから。もう少ししたら学校にいかないと」
「授業じゃなくて部活に参加するために」
「少しくらい休んだって支障はありません。ここでも勉強していましたから」
学習机に見慣れない参考書が置いてあった。
「……寝ているときに変なこととかしてないよね」
「人の好意を無意にする人ですね」
「そういう性格なの」
「逆の立場だったら私になにかしてたんですか?」
「女の子が寝ている部屋に男の同級生が看病しにきたりしないと思うよ」
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