第23話

佳奈多は初めて、大翔からはっきりと好意を聞いた。きっと聞き間違いだ。佳奈多は思った。

大翔の手が、佳奈多の目の前に伸びてきた。大翔はベッドに手をついて上半身を起こしたようだ。佳奈多は慌てて目を閉じる。頬に何かが触れて、ちゅうっと吸われる感触がした。

「かなちゃん、好き、愛してる、かなちゃん」

ぬろりとなにかが頬を伝って、佳奈多は叫びそうになった。ぐっと堪えて寝た振りを続ける。聞き間違いなんかじゃない。今までも、きっと佳奈多の勘違いだと思い込みたかった。だって言葉ではっきりと好意を示されたことはなかったから。

佳奈多はシーツを握りしめた。やはり大翔は佳奈多に好意を抱いている。それも、性的に。知ってしまったら、友達でいられなくなる。

恋人同士は、どちらかがどちらかを支配する関係だ。父と母のように。

このままだと、友達でいられなくなる。

佳奈多は聞かなかったことにした。大翔は大切な友達だ。この居場所を、失いたくない。大翔の、体を這う手から身を捩って逃げる。佳奈多は必死に寝た振りを続けた。




目覚ましが鳴った。聞き慣れないそれは大翔の部屋のものだ。

あれから何度も、佳奈多は大翔の家に泊まりに来ていた。父からいくらかお金をもらい、スーパーで弁当を買って大翔の家に行く。家政婦さんが佳奈多の分を用意してくれることもあった。

佳奈多は起き上がって、大翔と共に洗面所に向かう。間近で身支度を見られるのももう慣れた。大翔は佳奈多の一挙手一投足、見逃したくないと言わんばかりにぴったりとくっついていた。大翔は佳奈多を、まるでお姫様のように扱う。佳奈多は萎縮しながら大翔の行動を見守った。勝手に泊まりに来た佳奈多が拒否するべきじゃない。

食事の時に膝に乗せられることも、お風呂に一緒に入るのも、佳奈多は受け入れた。食事は大翔の手から与えられて、風呂では佳奈多の体を大翔が丁寧に洗っていく。

お風呂では、くすぐったさに佳奈多が勃起してしまう時があった。どうにかしてあげると言う大翔に首を振り、佳奈多は風呂から出てトイレで自慰をする。あまりくすぐらないでほしい、それに、見ないでほしいと懇願すると、大翔は頷いてくれた。時にはいじわるに両手が動いたが、大翔はそれ以上求めては来なかった。

髪を乾かすのも勉強を見るのも、さすがに歯磨きは自分で行ったが、大翔は甲斐甲斐しく佳奈多の世話を焼いた。何をするにも傍に大翔がいた。



でも夜の、あるいは明け方の、大翔の自慰だけは見て見ぬふりを続けた。

「かなちゃん。起きてる?」

一度、大翔に問われたことがあった。佳奈多は身を丸めて耳をふさぎ、首を横に振った。いつかの修学旅行の時のように。

自分は眠っている。眠っているから、何もせず放っておいてほしい。

大翔はしばらくその場に留まり、部屋から出ていった。戻らない大翔に恐怖が募っていく。大翔が戻ってきたら、何をされるのだろう。今何をしていて、何を持って戻ってくるのだろう。

佳奈多の呼吸が早まっていく。扉が開き、思わず体を大きく揺らしてしまった。ギシリとベッドが沈んで、佳奈多は息を呑んだ。背後で大翔が横たわる気配がする。佳奈多は気づかれないように慎重に、眼の前の壁に向かって体を移動させた。少しでも大翔と距離を取りたかった。全身を震わせて、佳奈多は声を上げないように必死だった。

「トイレ、行ってきた。…おやすみ」

大翔の手が佳奈多の頭を撫でて離れていった。しばらくして、こっそり覗き見た背後の大翔は佳奈多に背中を向けていた。トイレで自慰をしてきた、ということなのだろうか。佳奈多にはわからない。これ以上怖いことがなれば、佳奈多にはどうでもよかった。

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