第21話

父の目に暗い影が走る。父はキッチンを睨みつけていた。佳奈多はギュッと父に抱きついた。縋るように胸に顔を擦り寄せる。

お母さんに、ひどいことをしないでほしい。

父は佳奈多の頭を撫でた。

「佳奈多。パパにはもう、佳奈多だけだ」

一体、二人に何があったのだろう。佳奈多はただひたすら、父の矛先が母に向かないように、父に甘えて縋りついた。



それから、何日経っても両親の関係は変わらなかった。家の中は荒れて、父は帰宅すれば母に手を上げていた。叫び声も、母の傷も日に日に増えていた。

佳奈多が父に甘えればその場は落ち着くものの、あらを探さしては父は母に絡んで殴っていた。佳奈多は震えて、ソファで怯えていることしかできなかった。佳奈多が母に声をかければ、父はより怒りを増すだろう。じっと目をそらして震える佳奈多に、母は声をかけた。

「佳奈多。晩ごはん、何食べる?」

見上げると、いつもの母の笑顔があった。涙をこぼす佳奈多が口を開く前に、父が母の横っ面を張り飛ばした。

「そんなもんっ、自分で、考えられないのかぁっ!」

机を殴りつけて、父が叫んだ。母は丸くなってうずくまっている。佳奈多の中で、ぷつりと糸が切れてしまった。

この家は狂っている。みんな、父も、母も、自分も。壊れている。

佳奈多は駆け出した。階段を上がって2階の自室に入る。リュックに思いつく限りの荷物を入れて、制服をハンガーにかけたまま取り出して片手に抱えた。佳奈多は荷物を抱えて階段を降りる。リビングを覗いて、佳奈多は両親に声をかけた。

「ぼっ、ぼ、僕、ひっ、大翔くんの家に、泊まる。いっ、行ってきます」

佳奈多は精一杯の笑顔を浮かべてリビングを離れた。父がなにか言おうとしていたが返事は聞かず、外に飛び出した。外は真っ暗になっている。あの夜を思い出した。コンビニのおじさんに、脅されて動画を撮られたあの日。佳奈多は周りの景色に怯えながら、前に進んでいく。佳奈多のスマホが鳴った。父からの着信だった。佳奈多は通話を拒否して大翔に電話をかける。間もなく大翔の声が聞こえた。

『かなちゃん?どうし』

「と、泊めて、今日、今、お家、向かってるから…」

『どうしたの、突然…』

「ゲーム、ひろくんと、っ、ゲーム、したくて」

『…迎えに行くから。今どこ?』

「もう、ひろくんちの、お外、にっ」

電話は切れた。話しているうちに、もう大翔のマンションの目の前に来ていた。息を切らせてエントランスに飛び込む。すぐに大翔が姿を見せた。佳奈多を見るなり、大翔は佳奈多を抱きしめた。頬に触れられて、そういえば泣いていたことを、佳奈多は思い出した。

「泣いてるの?何が、あったの?」

「う、ぁ…お、お父さん、と、喧嘩、して」

佳奈多は笑ったつもりだったがうまくいかなかった。涙がボタボタと垂れた。佳奈多のスマホからはずっと着信音が流れている。大翔が佳奈多のスマホを取った。

「…すみません、佳奈多君の友人の松本大翔です。佳奈多君の、お父様ですか?」

何を叫んでいたのかわからないが、大翔が電話に出た瞬間父の怒鳴り声が聞こえた。大翔の声を聞いたからか、電話は一気に静かになった。

「今佳奈多君と合流しました。今日はうちに泊めます。明日はうちから、一緒に登校します。よろしいですね?」

有無を言わさぬ大翔の言葉に、父はすっかり大人しくなったようだ。大翔からスマホを渡されて、佳奈多は恐る恐る耳につける。

「も、もし、も、」

『佳奈多か?くれぐれも、絶対に、粗相のないようにな?印象を、良くするんだぞ?』

「は、はい」

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